第163話 シーフ
「あ、それそれ。あそこの壁の所に一部くぼんでるとこあるっしょ」
獣の牙2層を移動していると罠を発見したらしく、サイラークが影治を呼び止める。
隊列はサイラークと技術習得中の影治を先頭に、前衛にバキル。中央に女魔術師二人組が固まって動き、最後尾をボミオスが担当していた。
「あれか。上層のせいかしらんが、割と素人でもすぐ見つけやすいものだな」
「ま、ねえ。勿論より深くもぐるほど罠は見つけにくくなるし、危険なものも増えてくよ。こいつはこの壁のくぼみ部分から油が流れてくるって仕組みだね」
「……それまた随分としょぼい罠だな」
「上層だとこんなもんだよ。一応こんな罠でも戦闘中に転んだりして危険だし、松明なんかをうっかり引火させると結構燃えるよ。ちなみに解除するには手前側にある感圧板と通じるコードを探す方法や、罠その物を取り外す方法などがあって――」
説明しながら実際に作業して見せるサイラーク。
今回は罠そのものを取り外すことにしたらしい。
後学の為にも、影治はその作業をジッと見ている。
「――とまあ、こんな感じ。1回見ただけだと中々覚えられないだろうけど、慣れるとこれくらいならすぐに解除出来るようになるさ」
今は影治に見せる為にゆっくりとやったが、この程度なら本来は2~3分もあれば解除出来るらしい。
罠の解除を終え、周囲に気を配りながらも斥候としての役目と罠の発見に注意を払い、その後も探索が続く。
2層を突破し、3層に入って少し経過した頃。
前を歩いていた影治がふと足を止める。
「お、気付いたみたいだね」
「ああ。もう少し進んだ天井のところに罠がある……そうだろ?」
影治が発見した罠は、天井から何かが落ちてくるというものらしく、あからさまに天井部には不自然なひび割れのようなものが走っている。
「そうそう。天上に設置される罠は、洞窟タイプのものだと何種類か存在するけど、この辺の上層部分だと何かが降ってくる系だろうね。じゃあその場合の解除方法はどうだったかな?」
ダンジョンの罠というのは、どのダンジョンでも規格のようなものがあって統一されているらしい。
ダンジョンのタイプや、階層の深さによって設置される罠が異なったりはするのだが、同じ規格なので解除方法を覚えれば失敗さえしなければ解除が出来る。
なお規格に当てはまらない罠も存在するが、それは他にダンジョンに潜っている者が仕掛けた罠である可能性が高い。
影治は探索の最中に、上層部に設置される罠の話をサイラークから聞いている。
ただそう頻繁に罠に出くわす訳でもないので、実際に解除する場面は見ていない。
だが別種の罠ではあるが、1度解除場面を見ていること。
それと上層の簡単な罠だということもあって、影治は天井罠の解除にさくっと成功する。
「ふむ、器用なもんじゃのお」
「凄いわね、エイジ。私は魔術だったらお手の物だけど、罠の解除なんて無理よ」
「シリアは壊滅的に不器用だからな」
「うっさいわね! バカ面狼!」
「なぁぁ!? バカ面狼ってなんだよ! バカ面狼ってよお」
ちょっと揶揄う言葉をかけただけなのに、痛烈な悪口がシリアから飛び出してきたせいで、思いのほか精神的ダメージを負うバキル。
余り難しいことを考えたりしない性格のせいか、こういった単純な悪口がバキルには意外と良く効く。
「いや、でもほんとたいしたもんだよ。移動の最中においらが教えたことを、時折質問してテストしてるんだけど、ちゃんと全部覚えてるんだよねい」
紙に書いておくという方法もあるが、咄嗟の時にいちいちそんなものを確認してるようでは、ダンジョン探索者としては失格だ。
そこへ行くと影治は、1度聞いたことは確実に覚え、なおかつそこから高度な質問が飛びだす。
そうして返ってきた高度な内容もすぐに吸収し、別の罠の話の時にそうした知識でもって解決策を提案したりする。
これまで何度か新米冒険者に指導したことがあったサイラークだが、影治は断トツに優秀な生徒だ。
「それにさあ。これは罠とは関係ないシーフ職の話なんだけど、エイジってほっとんど足音しないんだよね。それってシーフはシーフでも暗殺者とか、そっち寄りのかなり高度な技術だと思う」
ちなみにこれまで何度も出て来る『シーフ』というのは、鍵開けや罠解除。斥候や調査などを担当する職種のことを指す。
前衛で武器を手に戦う物理戦闘職を『戦士』、後衛で魔術を使うのが『魔術師』と呼ぶように、実際には職種というよりは役割のことを指し示す場合に用いられることが多い。
ゲームや小説などでは一緒くたに盗賊という単語が使われたりもするが、この世界だと街道などを襲う『盗賊』と『シーフ』という言葉に分かれている。
前者は完全に犯罪者のことを指すが、後者は犯罪にも使える技術を持つとはいえ、必ずしも犯罪者とは限らない。
「それはうちに伝わる武術で身に着けたもんだ。実はこれでも本気で足音を殺してる訳じゃあない。普段無意識で歩いてるレベルだ。もっと意識すれば、完全に足音は消せるぜ」
その技術は、魔法やら魔術やらが存在してなかったであろう前世においても、影治は完全に使用することが出来た。
ゆっくり忍び足のように移動するのならともかく、通常の早さで歩いたのに全く音を立てないというのは、明らかに物理的におかしい。
しかし四之宮流古武術の真伝以上では、明らかに理を超えた現象が起こる。
隠歩という歩法もそのひとつなのだが、歩法には極伝や真伝などといった分類がない。
だがカテゴリーとしては、間違いなく真伝以上の技術である。
「武術か……。儂らも改めて野営中などにお主と模擬戦をしてみたが、まったくもって歯がたたんかった。世の中には力押しだけではなく技をもって戦うものもいるが、お主の場合はそれが突出しておる」
ダンジョンへの移動の途中ではシリアと魔術の話をするだけでなく、前衛組とも模擬戦を行ったりして交流していた。
無手の状態での戦いから、武器を持った状態での戦い。
そのどちらでも、影治は圧倒的な力を見せている。
「多少の力の差など、技術があればひっくりかえせる。より強くなりたいなら、もっと技術を学んだほうがいいぜ。もっとも、一朝一夕で身に付くもんでもないけどな」
超人的な物覚えの早さがあるので、影治はこの年にして無手術と剣術を真伝まで修めているが、通常はその域に達するまで数十年の修行を必要とする。
才能があると言われていた影治の父ですら、40を超えてようやく真伝に達したというほど厳しい道のりだ。
そもそも真伝にすら達することが出来ない者の方が多数なので、エルフやドワーフなど、寿命の長い種族が習ったとしても確実に修得できる類のものでもない。
だがそれでも四之宮流の入口の門を叩く程度なら、数年も修行すればある程度の成果は出るだろう。
「かーーーっ! んな何年も修行なんてやってられっかよ!」
そのことを伝えると、バキルはやってられんという感じに言い放ち、真っ先にギブアップ宣言していた。
ボミオスは興味ありそうな態度であったが、彼はすでに100年以上生きているので、今更覚えてもという気持ちとせめぎ合っているようだ。
「あ、ほら魔物が近づいてきてるわよ。あんた達だって、戦いのことになると目の色変えるじゃない。私のこと魔術バカってよく言うけど、アンタだって戦闘バカってことよね」
「テメーのは度が過ぎてんだよ! つか、さっさと倒すぞ!」
無駄口を叩いていられるのも、ここがまだ上層だからだ。
実際、現れた魔物はわずかの間に殲滅されている。
そして再び基本フォーメーションに戻り、影治がサイラークからシーフとしての心得や罠についてのあれこれを学びつつ、更に先へと進んでいった。