第161話 魔術交流
死霊魔術について教わる約束をしていたシリアは、ここは自分の出番だと光魔術の教師役を買って出る。
といっても、シリアが教師として光魔術を教えた時間は短かった。
「ちょっと! 本当にこれまで癒しの光とか使えなかったの!?」
影治の場合、クラスⅣまでの光魔術であれば、効果と魔術名さえ教えてもらえばすぐにでも発動が出来る。
これが普通の魔術師の場合、まず魔術名の発音を正確に出来るようになるまで時間がかかるし、魔術のイメージについてもそうそう上手く構築できるものではない。
例えば今回、シリアに基本的な光魔術を教わる傍ら、影治の方からも光魔術を教えている。
影治が使える光魔術のうち、【光剣】と【光の罠】についてはシリアも知らない魔術だったのだ。
このふたつはクラスⅣの光魔術だが、シリアはクラスⅤまで使えるので、一見すぐにでも覚えられそうに感じられる。
しかし影治が短期間で教わった光魔術を全て使用できたのに対し、シリアは結局この時間内ではどちらも覚えることが出来なかった。
「ああ。さっきも言ったが、俺には回復魔術があったからな。でも治癒系以外にも色々使えるようになったから、助かったぜ」
影治のクラスⅣの攻撃魔術に、新たに【光の槍】が加わった。
光属性の攻撃魔術は、外傷などがないのでダメージが判断しにくいが、例えば【火球】のように周囲に影響を及ぼさず、相手に直接ダメージを与えるので場面によっては使いやすい。
だがそれより目から鱗だったのは、クラスⅡの応用生活魔術の【照明】だった。
これまでは【光の玉】で明かりを確保していたのだが、【照明】だと一定空間を明るくする効果があるので、部屋の中で使用すれば部屋全体がほんわり明るくなる。
思えば闇魔術のクラスⅡには、【照明】と同じように一定空間を真っ暗にする【暗闇】という魔術がある。
【光の壁】や【水の壁】などの壁系魔術のような、基本属性全てに通じるシリーズがあるように、光と闇という正反対の性質を持つもの同士、ペアになっている魔術がどうやら幾つか存在していそうだった。
「はぁぁ……。私の方は、光剣と光の罠を結局覚えられなかったのよね。これからもっと練習しないと……」
「でも癒しの光も使えなかったのに~、なんでそんなマイナー魔術は使えるの~?」
「なんでって、こういう魔術出来ないかなって色々試した結果だ」
「えっ!?」
アトリエルの質問に対する影治の回答を聞き、思わず2度見するシリア。
質問したアトリエルも、ぽやーっとした顔をしながらも驚いているようだ。
「それって自分で魔術を生み出したってことかしら?」
「いんや、別に生み出した訳でもねえな。発想は完全に自分のイメージからだが、いざ形になってみると、既に同じ魔術が存在してたせいか、魔術名が頭ん中に浮かんで来たからな」
「うわっ、書物とか口伝とかを参考にするんじゃなくて、完全にゼロの状態から編み出した訳ね。そこまで行くと、魔術の発掘ってレベルじゃなくて新魔術開発に近いレベルじゃない!」
魔術の発掘というのは、すでに誰かしらが生み出した魔術を発見することを言う。
魔術名は残されていないが、効果や属性などの情報だけが残っていたり、或いは他の人が使う魔術を見た人がその様子を書き記した書物であったり。
そうしたものを基にして、魔術の発掘は行われる。
「光魔術に関しては師匠となるべき相手がいなかったからな。自分であれこれ考えるしかなかったんだよ」
必死に魔術を使いまくって高いクラスの魔術が使えるようになっても、そのクラスの魔術を知らなければ無駄になってしまう。
また下の方のクラスでも、それなりに有効な魔術というのも存在する。
なので、より高いクラスが使えることも重要だが、使える魔術の数というのも魔術師にとってのひとつのステータスだ。
「なあ、お前達。いつまで魔術のことをくっちゃべってやがるんだ?」
バキルが呆れたように話に割り込んでくる。
だがそれも当然と言えるだろう。
すでに一行はダンジョン『獣の牙』の入り口前まで到着していたのだから。
「それもそうだな。ここだと人目もそれなりにあるし、さっさと行こうぜ」
獣の牙の入口は、マルモルの森の中に幾つか点在している。
だがそのうちのひとつが正面口と言われており、ダンジョンに潜る探索者たちはまずここを目指すのが一般的だ。
迷宮変化によって新しい入口が生まれたり、既存の入口が閉じたりする中、この正面口だけはダンジョンが発見された当初から変化していない。
迷宮変化ではこのように何度変化しても変わらない、固定ポイントというものがダンジョン内に存在している。
人里離れた場所のダンジョンならともかく、アクセスしやすいダンジョンの固定された入口付近は、大抵が今影治たちがいる場所のように、ちょっとした施設などが作られたり割高で商品を売りつける商人などが集まってくるものだ。
「そうじゃな。エイジは獣の牙は初めてじゃから、正面口から潜るのがいいだろう。パーティーによっては、入口を変えたりするんじゃがな」
もっともその場合は入口が不定期で入れ替わるので、予め正面口に集まっている連中から情報を仕入れる必要がある。
獣の牙の正面口前には、探索者やそれ以外の商人なども含め、100人近くの人で賑わっていた。
「ふうん。まあ今回は試しだしな」
気のない返事をする影治。
正面口にたむろしてる中でも目敏い者達は、ビッグシールドというビッグネームが見知らぬ少年を連れていることに注目している。
しかしだからといって話しかけられることもなく、一行は正面口からダンジョンへの侵入を果たした。
「ここ1層から10層までは、上層と呼ばれておる。出現する魔物は脅威度ⅠからⅢ程度なので、エイジならひとりでも問題ないだろう」
入口付近は照明が設置されていたが、少し奥に入るとそこはまっくらな洞窟。
早速シリアが【光の玉】でもって、明かりを確保する。
ボミオスによるダンジョン解説もセットだ。
「魔物に関しては問題ねえけど、罠についてはあんま自信ねえな」
シャーゲンのダンジョンでも罠はあったが、簡単な罠ばかりだったので、力押しで押し通ることが出来た。
だがビッグシールドでも罠担当のサイラークが加わっているように、基本的にパーティーで潜る者たちは最低ひとりは罠に詳しいものを連れている。
「じゃあおいらが簡単な罠の見つけ方や、解除の仕方を教えるよ」
「お、マジか。助かるぜ」
サイラークの申し出に全力で乗っかる影治。
1層程度なら、専門の職でなくても探索するのに問題はない。
また人もそれなりにいるので、ダンジョンといえど安全な階層だ。
もっともその分、罠が仕掛けられてあってもすでに解除されていることも多い。
というか、そもそも設置されている罠の数が少なすぎて、結局2層に下りるまで生きている罠に出会うことはなかった。
「ま、上層はこんなもんだよね。ってか、今回はどこまで潜るつもりなの? ボミオス」
「中層までは潜ろうかと思っとる。15層に固定の採掘ポイントがあるから、とりあえずそこを目指すぞ」
「15層かあ。エイジなら戦力的に問題ないだろうけど……この子達はどーすんのさ?」
そう言ってサイラークが視線を向けた先。
そこには久々のダンジョンにテンションが上がっているピー助と、いつも通り蓋を少し開けた状態のチェスがいた。