第160話 獣の牙に関するあれこれ
「ではダンジョンに向かうぞ」
約束の当日。
待ち合わせ場所でビッグシールドと合流した影治は、ボミオスの掛け声のもとダンジョンへと向かうこととなった。
ダンジョン『獣の牙』は、ピュアストールからは普通に歩くと約3日の場所にある。
ただ少し急げば2日で着くし、道が整ってるので、馬などを利用すれば移動だけなら1日で行けるような距離だ。
「ダンジョンのすぐ傍に街を作らなかったんだな」
「獣の牙は森の中にあるのよ。切り開いて街を作るって手もあるけど、そもそもダンジョンの傍に街を作ると防衛が大変だったりするからね。大抵は少し離れた場所にあったりするわよ」
「防衛……。魔物暴走というやつか」
影治も実際にシャーゲンで体験しているが、特定の条件を満たすとダンジョン内から魔物があふれ出すことがある。
しかもダンジョンには迷宮変化もあるので、いつの間にか出来ていた新しい入り口や、未発見だった入口などから魔物がわらわら湧いてくるので、対処にはそれなりの兵力が必要となるのだ。
「しかも、獣の牙の深層以降は脅威度Ⅵ以上の危険な魔物が多いの。余り深層と入口が直接繋がることはないんだけど、何十年か前には深層から溢れてきた魔物によって、大きな被害も出たらしいわ」
「うむ。あの時は儂もまだひよっ子だったから後方支援をしておったが、当時名の知れていた冒険者が幾人も帰らぬ人となっておったわい」
「ボミオスはその当時を知っているのか。ってことはエルフのアトリエルも?」
「あー、わたし達エルフの年齢は見た目で分からないと思うけど~、これでもわたしはリーダーより年下だよ~。一応わたしが生まれていた時代の話みたいだけど、その頃はまだ森に棲んでたし~」
数十年前というと、ヒューマンからするとかなりの年月であるが、ヒューマンの倍近く生きるドワーフからすると、そこまで大昔という訳ではない。
さらにエルフともなれば、ドワーフ以上に長寿種族として有名だ。
ただアトリエルは比較的若いエルフな上、他の地域の森に住んでいたのでその時のことは知らないらしい。
「そんな訳で、ちょっと離れた場所にダンジョンがあるんだけど、それがまたびみょーーな位置にあるんだよね」
そう話を振ってきたのはオークのサイラークだ。
彼はこのパーティーではシーフ担当らしく、ダンジョン内の罠の発見や斥候役を担当している。
そういった職業柄か、冒険に出ていない時でも情報収集を欠かしておらず、パーティー1番の情報通だ。
「微妙ってえと森の中ってこと以外になんかあんのか?」
「ま、これは自然環境じゃなくて、人間たちのことなんだけどねい。実は獣の牙のある場所は、我らがピュアストールの街を治めるシドニア卿の領地の中でも、外れの方に位置してんだよ」
しかも同じように北東部にあるドンガラシャン領と、東にあるジャジル領からも近い位置にあるらしい。
そのせいでピュアストールの街からだけでなく、それら2つの領にある街からも探索者がやってくる。
探索者というのは主に冒険者とハンターのことで、そこに極稀に学者などが研究で訪れることがあるという。
なお公式には獣の牙はシドニア領所属となっているが、ダンジョンに関する揉め事は昔から多いという。
「……魔物よりも人間の方が厄介って訳か」
「そゆこと~。だから上層とかならともかく、人が少なくなってくる中層以降では、他の探索者……特にハンターギルドの連中には気を付けたほうがイイヨ」
全員が全員ピュアストールの街からの冒険者やハンターだったなら、ダンジョン内で強盗だの殺人だのが起こった際に犯人の目星はつけやすい。
しかし3つの領にある街から人が集まっているので、ピュアストールの街中で見かけないような奴も多いようだ。
「なんだかんだで一番近いのがピュアストールの街だから、ウチが一番の勢力なんじゃがな」
ダンジョンに向かう道すがら、これから潜るダンジョンについての情報を得ていく影治。
これまでに得ていた情報もあったが、実際にダンジョンに潜っており、しかもダマスカス級という熟練の冒険者から聞いた話は、非常にためになるものが多かった。
だが話はダンジョンのことだけに限らず、前にも話していたように魔術の話へと波及する。
「え? 回復魔術? それって光魔術とは別物なの?」
これからダンジョンに一緒に潜るのだからと、影治は自分の手札を全てではないが伝えた。
使用可能な魔術もその中に含まれており、先程のは回復魔術という名を聞いたシリアのセリフだ。
「もしかしてお前も知らないのか?」
何故か回復魔術については、知っている者が少ない。
グレイスやセルマなどは知っていたようだが、それ以外だとプラチナ級魔術師であり、知識欲旺盛なシリアですら知らなかったりする。
「光魔術の癒やしの光などとは別なんじゃな?」
「まったく別だ。火魔術と水魔術みたいに、そもそも属性が違えんだよ」
光魔術にも治癒系の魔術が多く存在するため、回復魔術と伝えても光魔術と混同する人は多い。
それほど回復魔術の使い手というのは少ないのだろう。
「う~ん、そういえば昔聞いたことあったかも~?」
「え、ほんと? アル」
「森で暮らしてた時に~、おばあちゃんからそういう魔術があるって聞いた気が……するような、しないような?」
「もう、どっちなのよ!」
「ともかく、そんくらいマニアックな魔術ってことだろ。それって癒しの光と比べてどうなんだよ。回復魔術ってくらいだから、すんげー回復すんのか?」
回復魔術に対する反応はこのような感じであったが、そもそも影治は【癒しの光】を試したこともなかった。
いつの間にかピー助がそれっぽいのを使えるようになっていたが、別に回復魔術で事足りていると思っていたからだ。
「光魔術は使えるけど、癒しの光は覚えてねえから違いとか分かんねえよ」
「は、はあああああああぁぁぁぁぁ!?」
影治が素直に分からないと答えると、バキルはこいつ何考えてやがるんだ? というような目で影治を見る。
それは何も彼だけでなく、他のビッグシールドのメンバーも同じような反応を示していた。
「……魔術師はただでさえ数が少ないが、中でも光魔術士は貴重じゃ。ほぼ唯一と言える治癒系の魔術を使えるからのお」
他の属性にも治癒系の魔術は存在するが、基本的にどれも高めのクラスなものばかりだ。
クラスが高いとその分使用する魔力が増えるので、せっかくの治癒魔術ではあるが、積極的に使われることは余りない。
「大抵の新米冒険者のパーティーは、光魔術士なんていねえんだ。いや、中堅クラスでもいねえってパーティーが多いんだよ! なのに、光魔術が使えるのに癒やしの光も覚えてねえって……」
影治の場合は回復魔術があるので必要なかっただけだが、傍から見たら勿体ないことこの上ないように映る。
「他の魔術はな? 教えてくれる人がいたから、それなりに使えんだよ。でも光魔術については使える人がいなかったから、レパートリーが少ねんだわ」
今のところ影治が使える光魔術は、自分で試行錯誤して見つけた魔術だけだ。
他の火魔術やら水魔術やらは、グレイスやセルマなどから呪文を聞いて
メモしてある。
「そもそもよ、そんだけいろんな属性の魔術が使えるってのも、マジありえねーよな」
「本当よ! 地水火風は当然の如く全て使え、なおかつそれに光と闇。更に氷と回復魔術って……」
無属性を含め、多くの魔術師は3から4属性程度の魔術に絞る者が多い。
エルフなどの長寿種族はまた話が変わるのだが、そもそも適性というのもあるので、無闇矢鱈に他の属性に手を出しても、まったく芽が出ないこともあるのだ。
「しかも地水火風は全部クラスⅣまで使え、無属性魔術に至ってはクラスⅤ。こりゃあとんでもない新人を勧誘したもんじゃわい」
わっはっはと笑いながらも、内心では若干の畏れのような感情を抱くボミオス。
実はボミオスも土魔術をクラスⅣまで使えるので、魔術を上達させるのがどれほど難しいことかをよく知っている。
だからこそ、影治の多彩な魔術は異質に映ってしまう。
なお影治は今回神聖魔術については説明していない。
こちらも回復魔術と同じく、ほぼ知っている者がいなかった魔術だからだ。
それに影治自身、最近は他の属性に集中しているので、神聖魔術については余り訓練を行っていない。
そのため、存在そのものを若干忘れかけている部分もあった。
「いいわ。じゃあ、まず私が癒やしの光を教えてあげる」
影治の異質さに注目が集まっていたところで得意気に口にしたのは、ビッグシールドのヒーラーとして活躍するシリアだった。