第156話 明かされる経歴
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「ギルドからの報告は以上でございます」
「ふむ。尻尾までは掴めなかったが、攫われた亜人たちは無事救出されたか」
「はい。年長の者に話を伺いましたが、彼らも直接自分達を攫った相手しか知らないようでした」
「それは別に構わぬ。どうせ背後に帝国が関わっているのは確かであろうからな」
いかつい顔つきの細目をした中年の男が吐き捨てるように言う。
派手になり過ぎない程度に上等な服装をした男は、恰好だけでなく所作までもが見た目によらず上品さが感じられる。
その中年の男に報告していたのは執事服の老人で、矍鑠としていて背もピンと伸びている。
このふたりの組み合わせはまさに貴族とその使用人といった様相だ。
「ヴァシリ―の仕業でしょうか?」
「いや、違うだろう。あの男はこのように不用な真似はせん。十中八九、ソレイユの趣味だろう」
「……あの狂人でございますか。今回の救出依頼、成功して誠に良うございました」
「全くだ。我が領の可愛いもふもふ達を、あのような外道に渡してはならぬ」
「……それはさて置きまして、もうひとつ報告がございます」
いかつい顔つきをしていた中年男が、もふもふと口にした途端だらしなく表情が崩れるのを見て、執事の男は慌てたように次の話題に移る。
「む? 報告はもう終わったのではなかったか?」
「そうなのですが、こちらは報告というよりは旦那様にお耳入れしておきたい情報……といったところでございます」
「その言い回し、ついこの間も聞いたな。確かゴディリスがブラックドッグを使って、盗賊稼業をさせていた件についての報告を受けた時だ」
「ええ、まさにその通りでございます。実は先ほどの報告にありました、グェッサーに騙されて護衛依頼を受けたというのが、その時に盗賊共を捕らえた人物なのです」
「ほお、立て続けに問題を解決するとは、優れた冒険者なのだな」
「いえ……、それがつい先日までは冒険者ではなくハンターだったようでして……」
「何?」
「どうやらその者は特異な経歴があるようでして、冒険者とハンターの確執を知らなかったということらしいです」
無論ふたりが話しているのは影治に関する情報なのだが、冒険者ギルドが得た情報は全てこの執事の男の下に寄せられていた。
というより先程話に出ていた、以前盗賊を捕らえた功労者としての報告が上がってきた際に、執事の男が影治の調査を命じている。
その時は身元を調べる程度の軽い調査しかしていないが、フレイシャーグを経由してきたこと以外、特にこれといった情報が得られていなかった。
そんな折にひょんな所から齎された追加情報に、執事の男は影治に対しての注目度を一気に引き上げることになる。
「特異な経歴?」
「ボミオスの報告によりますと、帝国の辺境出身なのだそうで」
「それだけでは特異とは言わぬのではないか?」
「それがどうも、その者は亜人だったようなのです」
そう前置きして、執事の男はボミオスからの又聞きした情報を報告していく。
確かに魔物の住まう森の中、亜人の子が家族とふたりで暮らしていたというのは、ありふれた平民からは少し異なる。
しかし特異というにはまだまだパンチが弱い。
「確かに何やら事情は抱えていそうだが……」
「本題はここからでございます。まず肝心なのは、その者が水色の髪を持つということ。先ほどは亜人と申しましたが、どうやら彼は天使族らしいのです」
「何だと!? 天使といえば、リョウ様と同じ種族ではないか!」
この貴族らしき中年の男も、かつての偉大なる王が天使族であったことを知っていた。
しかしこれは貴族であれば全員が知っているという知識ではなく、知らない者もいるような情報だ。
「そして、彼はフレイシャーグとここピュアストールのハンターギルドで、脅威度ⅣやⅤの魔物素材の買取を出しています。確認してみましたが、魔物の種類が似通っていることから、同じ場所で手に入れたものと思われます」
そう言って執事は実際に素材買取された魔物の名前を挙げていく。
一方、中年の男は何故わざわざ魔物の名前を列挙していくのかが分からず、とりあえず黙って報告を聞き続ける。
「――のような魔物素材が買取に出されております。それらの魔物の中には脅威度Ⅴの魔物も含まれておりますが、恐らくそれも彼の者が自身で仕留めたものでしょうな」
「腕利きだということか」
「ビッグシールドは最初5対1で戦ったそうですが、それでも押し切れなかったようです」
「なんとっ」
「幸い、ビッグシールドが勧誘してくれたお陰で、今では冒険者ギルドにアイアン級として加入したとの報告がありました。なおその際にサブマスターのジャンが昇格試験としてその者と戦っており、ボコボコにやられたとのこと」
「あの男をそこまで……。なるほど、確かに注目すべき者のようだな」
執事の男が何故この話題を持ち出したのか、理解した中年の男はうんうんと頷いている。
しかし執事の男が伝えたいことはそこではなかった。
「お気づきに……なりませんか?」
「む、何がだ?」
「これまでの話についてです」
「お前がそのように言うということは、今までの話に何か繋がりがあるということだな?」
思わせぶりな発言をする執事の男に、しかしイラッとした様子は見せずに考え込む中年の男。
「はい、その通りでございます」
「……ビッグシールドをひとりで同時に相手に出来る程の強さ。ふたつの街で同じ種類の魔物素材の売却……。となると、どこでその魔物素材を手に入れたのか。脅威度Ⅴとなると、人の暮らす場所の近くにそうそう現れるレベルではない。生まれ育ったという森の中……? いや、だとすると……」
「ひとつ伝え忘れておりましたが、その者は少年のような見た目をしているとのことです。これは天使の特徴なのか、或いは本当にただ若いだけなのかは分かりません」
「少年……。んんっ? ま、まさか……!?」
ようやく思い当たる点が見つかったのか、中年の男はこれまでにない程驚きの表情を浮かべる。
「ええ、恐らくはそのまさかかと思われます。ダンフリー様」
執事の男が、昔のように中年の男を名前で呼んで正解を告げる。
かつてダンフリーが幼かった頃は、執事の男から色々と問題を出されたものだった。
だが今はその時の懐かしい記憶に浸る気になれず、逸るように話を続けた。
「なるほど、確かにこれは"特異"な経歴だ。……帝国内の街、シャーゲンを襲ったという悪魔の子。すでにいくつかの二つ名がついているが、中にはその見た目の特徴から、水色の厄災とも呼ばれているという……」
「2度の悪魔の襲来に、街中からの魔物の出現。この件については私も密偵を送って調べさせておりますが、先程の買取依頼に出ていた魔物と、街中から出現した魔物の種類は一致しております」
「……そう言えば、悪魔の子は嘆きの穴に落とされたのだったな」
「はい。恐らくはそこで倒した魔物の素材を売りさばいていたのでしょう」
「これは思っていた以上の大物が舞い込んでしまったようだな」
「彼はシャーゲンの街を脱する時に、容赦なく街を焼き払っております。本質的には敵ではないと思いますが、接し方には気を付けた方がいいでしょう」
「我が街を焼き払われてはかなわんからな」
先ほどから執事と話をしていたダンフリーという中年の男。
彼はこのピュアストールの街を領都とするシドニア領の領主であり、伯爵位を持つガンダルシア王国の貴族である。
そのような大物から目を付けられた影治であったが、時を同じくして、ダンフリー以外にも影治に注目している男がいた。