第155話 2度目のギルド加入
「……そうか。背後関係は掴めなかったか」
「あん時ぁ、オレとエイジだけだったってのもあるけどよ、あの二人は結構な使い手だったぜ。だよな? エイジ」
「そうだな。俺が相手した魔術師は、最低でも風魔術のクラスⅣは使えていた。クラスⅤも使えていた可能性はある」
影治にとっては然程脅威を感じない相手だったが、最近は世間一般の強さの認識も大分身についてきている。
その認識に当てはめると、それなりにやる相手だったのは間違いなさそうだ。
「別にそのことを攻めたりはしないさ。だが同行していた商会の者まで始末していたとなると、裏に帝国の連中が絡んでそうだな」
「エイジの話では、ハンターギルドのグェッサーから護衛を依頼されたそうじゃ」
「ハンターギルドか……。いつかとっちめてやりてえが、今はまだダメだ」
当然というべきか、ボミオス同様にジャンも今は動く時ではないと判断しているようだ。
そこで影治は、その理由について改めてこの場で尋ねてみることにした。
「今はダメだっていうが、いつだったらいいんだ?」
「……事は我々冒険者ギルドだけでは決められん。反帝国派の貴族たちとも連携が必要になるからな」
ガンダルシア王国内では、帝国派と反帝国派が綺麗に東西に分かれている訳ではない。
それぞれが飛び飛びな領地になっていたりもするし、まだどちらにも付いていない中立派閥も存在する。
それら中立派閥の取り込みや、いざ国内から帝国派を追い出す際の兵力、それに武器、食料の備蓄など、裏で徐々に行っている最中なのだという。
これがもしピュアストールでハンターギルドや聖光教会と大きな揉め事を起こしてしまうと、準備の整わない状態のまま国内にその流れが波及していく恐れがある。
ただでさえ、帝国派は帝国の助力を得られるというアドバンテージがあるので、そうなると大きく不利になってしまうだろう。
「……なるほどな。ちなみに冒険者ギルドというのは、どういう立ち位置なんだ? 国と国との争いが背景にあるが、がっつり介入してくるのか?」
「冒険者ギルドは、商業ギルドなどと同様に基本その国ごとに運営されている。だが国外のギルドとも、情報のやり取りや連携を取る仕組みもあるのだ」
「あんたやビッグシールドが動いてるってことは、ギルド全体としてもこの問題に介入するということか」
「冒険者ギルドは国ごとに運営されてはいるが、幾つかの基本理念や行動指針というものが存在する。今回の件で言えば、ハベイシア帝国の亜人排斥に対し、ギルドでは強い反感を示しているのだ」
ジャンによると、表立って殴りあうまでには至っていないが、ハンターギルドと冒険者ギルドの仲は年々悪くなっているという。
ピュアストールは領主が反帝国派だからまだいいものの、帝国派の領地ではハンターギルドが優遇されていたりして、冒険者たちの活動にも影響を及ぼしていた。
「そういう訳でじゃな。儂としても、お主のような強者が冒険者ギルドに加わってもらえると、心強いと思う訳じゃ」
「ほおう、ボミオスがそこまで推すとは、見かけによらないという訳だな?」
すでにビッグシールドの依頼報告に関する話は、粗方終わっている。
となると次は影治のギルド入会の話だ。
ボミオスの言を受けて、ジャンも影治に改めて注目する。
「……前もって言っておくが、帝国との一件でギルドの指示に従って動くつもりはねえぞ? 好きにやらせてもらう」
「もちろんそれで構わないさ! 冒険者とは自由であるべきだからね」
社会からのあぶれ者を抄うセーフティネット的な役割や、兵士や貴族などといった枠組みに捕われることを嫌う者。
そして冒険者という名の通り、好きに世界を冒険したり未知を求めて冒険者となる者もいる。
そのいずれにせよ、冒険者ギルドは基本的には冒険者を束縛したりはしない。
あるとすれば、村や街などに魔物の群れなどが襲ってきた際の緊急依頼くらいだろう。
「という訳で、早速行こうじゃないか!」
「行くってどこにだよ?」
「決まってるだろう? 訓練場さ!」
冒険者ギルドにはハンターギルトとは違い、大抵は簡単な訓練を行える訓練場が併設されている。
そこでは冒険者達が鍛錬を行ったり、誰かの指導を受けたりなどしているが、昇格試験などにも利用されている。
今は本格的に訓練をしている者はおらず、隅の方で何人かが会話をしているだけのようだ。
「じゃあ俺が直々に相手するから、いつでもかかってきて良いぞ!」
訓練場の中央に陣取ったジャンがそう呼びかけると、周囲で話をしていた冒険者達も何が始まるのかと注目し始める。
訓練場にはビッグシールドの面々も付いてきていたが、中央にいるのはジャンと影治だけ。
ハンターギルドでバーナバスと戦った時のように、実力を見せてみろということらしい。
「武器は使わねえのか?」
ジャンはやたらと無骨な金属のグローブのようなものを装備しているが、その手には何も握られていない。
というよりギルドの職員だからなのか、最初に会った時から目立つ武器は身に着けていなかった。
「俺は拳で戦うタイプだから、坊主は遠慮なく剣でかかってきて構わんぞ!」
「へぇ、格闘スタイルか。ならこちらもそれで行かせてもらおう」
そう言って影治も素手のまま身構える。
といっても、影治は腕に籠手は装備しているものの、ナックルやグローブのようなものは身に着けていない。
「ふっ、ふはははははははっ! 面白い! この俺相手に武器無しで挑むとは、どこまで出来るか見せてもらうぞおおお!!」
素手で戦うと聞き、やたらとテンションを爆上げするジャン。
先ほどはかかってこいなどと言っていたのに、テンションマックスの勢いに乗って、自分から影治の方へと突っ込んでいく。
2メートル以上の巨体が、その身からは想像できないほどの速さで影治へと迫る。
そうして繰り出されるは、影治の顔の半分以上の大きさの拳による乱打。
一発貰っただけでも骨がバキバキに折れそうなその乱打を、影治は腕で払うようにして対応していく。
「グッ、ガッ、ウウウウウウウウゥゥッッ!!」
ただそれだけなのに、悲鳴を上げたのは影治ではなくジャンの方だった。
やがて耐え切れなくなったのか、乱打を止めて後ろに下がって距離を取る。
「ぬううん、何だ今のは? ただ拳を逸らされていただけなのに、拳を放つ度に痛みが走ったぞ?」
「……寧ろその程度で済んでるってのがすげえんだけどな」
ジャンの乱打は、確かに当たればとんでもない威力になるだろうし、打ち出される拳の早さもかなりのものだった。
しかしやはりそこには技術が不足しており、影治からすると非常に捌きやすい攻撃だった。
影治が行っていたのは、相手が拳を打ちだした時に相手の腕の内側にある急所部分に、手刀を放っていただけだ。
だがそれでも普通なら1度もらうだけで、悶絶するような痛みが走る。
これは自分の力だけでなく、相手の力や人体の構造の弱点を利用したものなので、理屈を知らなければ対処も難しい技だ。
もっとも四之宮流古武術では、特に名前も付けられていない基本技術の1つでしかないのだが。
「良くは分からんが、こうなったらパワーで押し通すだけよ!」
続いてジャンは闘気術を発動して同じように影治に迫る。
ジャンが闘気術を発動したことに気付いた影治は、流石に自身も【身体強化】を使って迎え撃つことにした。
そして今度はパーリングのように捌くのではなく、籠手などで相手の拳を真正面から受け止めるスタイルで戦う。
「ハッハッー! いいぞいいぞ!」
今度はまともに打ちあえているからか、先程よりは楽しそうにパンチを撃ち続けるジャン。
時折混じる蹴りだけは躱しつつ、それらの連続攻撃を受け続ける影治。
だがただ受け続けているのではなく、そこにはひとつ狙いがあった。
しばし攻防を続けていたジャンは、そのことに気付き思わず声を上げる。
「なっ!? まさか!!」
しかし気付いた時にはもう遅かった。
影治もジャンの反応を見て、目論見が上手くいっていたことを悟る。
そしてトドメとばかりに影治は拳をジャンの体――ではなく、右こぶしへと放つ。
するとピシピシッという音と共に金属製のグローブが砕け、破片を周囲へと弾き飛ばした。
影治が狙っていたのは武器――今回は相手が剣などを使っていなかったので、グローブそのもの――の破壊であった。
何度も同じ場所を正確に衝撃を与えることで、相手の武器を破壊する。
通常の剣などの武器であれば、破壊された時点で勝敗が大きく傾く状況だ。
ただ今回は相手が格闘スタイルだったので、実はそれほど意味はない。
だがジャンにとっては大きな衝撃だった。
元々技術というより本能で攻撃をしたり避けたりしていたジャンだったが、ここにきて明らかに隙が生じた。
その隙を掻い潜り、影治は拳を打ちこむ。
ボグンッ! 一打。
ドゥゥンッ! そしてまた一打。
ただ殴っているだけとは思えない音を響かせながら、最初にジャンが乱打していたのをそのままやり返すように、影治の無慈悲の拳の雨が降り注ぐ。
「ごふっ……見事……だ……」
最後に一言そう言い残すと、ジャンは満足そうな顔を浮かべて意識を手放す。
戦いを観戦していた冒険者の数もいつの間にか増えており、全員が唖然とした様子で影治の勝利を見守っている。
「……お主、素手でもそれだけ強いのじゃな」
やがて観客の中からボミオスが出てきて影治に声を掛ける。
この戦闘によって、影治はその場にいた者達にその強さを見せつけた。
これによって後に目を覚ましたジャンに、アイアン級での冒険者登録を言い渡されることになる。
こうして影治の短いハンター生活は終わりを告げ、新たに冒険者として活動することになるのだった。