第154話 冒険者ギルドへ
「偉くあっさり返事しおったな」
「今の話を聞いちまった以上、もうハンターギルドに所属するつもりはねえ。そもそもハンターギルドでは少しやらかしちまったこともあるし、何よりグェッサーの奴が信用ならん。今回の護衛依頼だって、奴から紹介されたもんだからな」
「なぬ、そうじゃったのか」
「野郎、今度あったらとっちめてやる!」
「まあ待て。仮にも奴は2級ハンターじゃ。エイジが強いのは認めるが、今はまだ手を出すべきでない」
「……何か企んでるのか?」
「どちらのギルドも常に企んではおるよ。その状況で下手にお前さんに暴れられるのはマズイということじゃ」
ボミオス達ビッグシールドは、ダマスカス級の冒険者パーティーであり、ピュアストールでも有数の冒険者たちだ。
彼ら自身が何か策を講じている訳ではないが、ギルドからは幾つか情報を得ているということなのだろう。
ちなみにダマスカス級とは、ハンターギルドでいう所の4級ハンターに位置する。
冒険者はブロンズ級から始まり、カッパー、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダマスカス、ミスリル、オリハルコン、アダマントと昇格していく。
基本的にランクが高い方が強いが、必ずしも強さが保証される訳ではない。
高ランク昇格には複数のギルドの承認が必要になるが、中ランク程度までなら各ギルド支部にある程度差配が認められているからだ。
ただ冒険者ギルドの後追い組織であるハンターギルドに関しては、昇格基準の緩さと、そもそもが別組織であるせいか、強さの基準も違う。
例えばダマスカス級は4級ハンターに位置するが、強さだけ見れば3級ハンターと同等だと専らの評判だ。
「そうね。それに依頼されたというだけなら、依頼相手がそんな相手だとは知らなかったってグェッサーに開き直られる可能性もあるわ」
「それに下手にグェッサーに手を出すと、ハンターギルドのギルマスまで出てくんだよねえ。普段あんま仲よさそーにも見えねーんだけど、前衛のグェッサーと後衛のギルマスが組むと、エイジでもヤバイんじゃね?」
シリアとサイラークからも影治を諫める言葉が向けられる。
それを聞いて、いかにも納得してない様子で影治は言った。
「……ぶっちゃけ何も考えず暴れようと思ってたが、お前達がそうまで言うなら保留にしておこう」
「ふぅ、やれやれじゃ。放っておいたらとんでもない騒ぎになってたかもしれんの」
「ケッ! オレぁエイジに賛成なんだがな。ハンターギルドの連中なんてろくでもねえ奴ばかりだろうが」
「ね? 考えなしに殴り込みになんか行っちゃうと、こいつと同じだと思われるわよ?」
「そいつは御免被る」
「おおおい! てめぇら、それはどういう意味だあ!?」
バキルが騒がしく叫ぶ中、亜人の子供のひとりがおずおずと食事を終えたことを伝えてくる。
そうなれば、盗賊がよく出現するというこのブラストレイ峡谷からは、すぐに抜け出した方がいい。
幸い商会の者達は殺されていたが、荷を曳くババンババンまでは処分されていなかったので、荷馬車をそのまま利用してピュアストールの街まで戻ることとなった。
帰りは後部の扉は開きっぱなしにしてはいたが、多くの子供たちは歩くなり荷馬車の上の部分に乗ったりと、中に入るのを拒んだ。
道中は相変わらず盗賊に遭遇することはなかったが、魔物には度々襲われたので、その都度影治やビッグシールドが対処していく。
そうして行きに5日かけた行程を6日かけて逆戻りして、一行はピュアストールの街へと帰還した。
「さあ、もう家に戻ってもいいぞ」
「あの、ありがとーございました!」
門では予め話を聞いていたのか、亜人の子供達を引き連れていることに衛視からは何のお咎めもなかった。
それどころか、ビッグシールドはこの街ではかなり有名らしく、衛視の態度にも敬意が見られたほどだ。
そして門を抜けた後に、亜人の子供たちは解放された。
子供たちの半数以上がスラム街で暮らしていたようだが、それでも帝国内の町に売り払われるよりは余程マシだろう。
「さて、お主にはギルドまで一緒に行ってもらうぞ」
影治はといえば、冒険者ギルドに登録するためと今回の報告の意味も兼ねて、ビッグシールドと一緒にギルドへと向かっていた。
冒険者ギルドの建物も中央広場の近くにあり、ハンターギルドとは正反対の位置に建てられている。
荷馬車を厩舎に留めた影治たちは、そのままギルドの建物へと向かう。
ギルド内はそれなりに賑わっており、ハンターギルドよりも賑やかな印象を受ける。
また一番の違いは、獣人や妖魔などの姿が多くみられること。
これに比べると、ハンターギルドはあからさまに人族しかいなかったことが窺える。
「あれ? エイジさん?」
ビッグシールドの後に付いてカウンターへと向かう影治に、後ろから声が掛けられる。
振り返るとそこには、ピュアストールの街に移動する際に出会ったジョアンが立っていた。
「よう、久しぶりだな」
「はい、そうですね。エイジさんは冒険者登録に来たんですか?」
「エイジ、早く受付行くぞ!」
影治がそうだ――と答える前に、バキルが立ち話を始めた影治を呼ぶ。
ジョアンもその相手に気付いたようで、驚いた表情でエイジのことを見つめ始めた。
「え……あれって、ビッグシールドの人達……ですよね?」
「ああ、ちょっと色々あってな。悪いが今は用があるんで、またな」
「あ、はい。ではまた……」
小走りでバキル達の下に戻る影治。
すると今のやり取りを見ていたのか、ボミオスが訪ねてくる。
「知り合いかの?」
「この街に来る途中でちょいと……な」
「ふむ、そうか」
興味がまったくなかったという訳ではないが、受付も迫っていたのでボミオスはそこで話を打ち切る。
そして受付に辿りつくと依頼の報告を始めた。
するとすぐさま別室へと案内され、なんとなく影治も一緒についていく。
案内された部屋は大き目なテーブルに机が幾つも置かれている。
各自思い思いの椅子に着席していくと、然程間を開けずして部屋の扉が開かれた。
「ガハハハハ! よく戻ったな!」
入室してきたのは熊のような体格の……というより、熊の獣人である熊人族の大柄な男で、豪快な笑い声を上げて入ってきた。
やたらと大きい声に、厚い胸板。
筋骨隆々といった体つきからは、明らかに戦士の肉体といったように見える。
ただ、頭部からちょこんとでた熊耳と、同じくちょこんとついている丸い尾が、微かにプリティさをも醸し出していた。
「チッ、相変わらずうるせえオッサンだな」
「あんただって似たようなもんでしょう」
「ああん? オレ様をこんな脳筋と一緒にすんじゃねえ……がはっ!」
「ハッハッハ。仲間同士、もっと仲良くな!」
そう言ってキラリと白い歯を見せる熊人族の男。
椅子から立ち上がろうとしていたバキルは、この男の野太い腕で背中を強かに打ち付けられてむせている。
「む? 初めて見る子供がいるようだが、もしかして捕らえられていた子のひとり……ではなさそうだな」
影治に視線を向けた男だが、すぐに影治が只者でないことを見抜いたのか、自分の言葉を即座に否定する。
「こやつは今回の依頼では……まあ協力をしてもらっての。詳しくはあとで話すが、話が終わった後にギルドの登録もしてやってくれんか」
「ハハハッ! 元気ある若者の登録はいつでも歓迎するぞ! 俺はここでサブマスターをしているジャン。坊主の名前は?」
「エイジだ」
「そうかそうか! よろしくな!」
初対面のふたりの挨拶が終わると、男も席につく。
あの体格が座っても問題ないように、特製の椅子があるらしい。
「じゃあ、報告を聞こうか」
その声は先ほどまでのただ大きいだけの声とは違い、腹の底まで響くような圧が伴っていた。
ジャンは先ほどまでの朗らかに笑っていた様子を一変させると、真面目そうな表情をして報告を聞きはじめた。