第16話 雨の日は魔術訓練
洞窟の入口付近を囲った翌日。
この日は朝から雨だった。
「こりゃあ外での活動は控え目にしたいところだが……」
洞窟内に多少は確保しておいた食料があるものの、それも十分ではない。
当然のことながら、水を入れる容器もないので水を飲むには川までいく必要がある。
「……仕方ない。雨が止むまで、食事時以外は洞窟内で魔術開発でもしよう」
今日予定していた活動を取りやめ、予定を変更する影治。
先に洞窟の入口すぐ傍に焚火を焚いてから、朝食と水分補給へと向かう。
焚火用の枝などは前もってある程度洞窟内に運んであったので、それを利用している。
朝食を終えて戻ってきてもしっかりと火はついたままだったので、その火で影治は濡れた体を温めた。
「雨もそんな冷たい雨って訳でもないんだが、乾くときに熱を奪ってくから油断は出来ん」
ぼーっと焚火の火にあたりながら体を乾かす影治。
帰り際に確認した時に、堀の部分の底面に水が溜まっているのが見えたが、一応溜まった水の逃げ道は用意してあるので溢れることはないだろう。
「せっかくの焚火だが、ずっと燃やし続ける訳にもいかん。そうだな。やはりここは新たに火魔術を開発してみよう」
影治はこの世界の魔術という現象について座学的な知識はないが、これまでの経験と、転生時のキャラ設定の画面だけは覚えている。
あの時見た魔術修得の項目には、8つの属性魔術が表示されていた。
地、水、風、火、氷、雷、光、闇の8つだ。
この内、影治は既に地と光の基本的な魔術を覚えている。
「まずは火起こしが簡単に行える程度の、種火程度の火でいい。火属性の魔力をイメージするんだ……」
土属性の時もそうだったが、実際にそのものに触れたりすることで影治はより属性のイメージが高まるような気がしていた。
とはいえ火ともなると直接触れる訳にもいかない。
出来る限り手を近づけてみたり、ゆらゆらを燃える炎をジーッと眺めてみたり。
何せ今は雨のせいで身動きできないので、ここぞとばかりに影治は新たな属性の感覚を覚える作業に没頭する。
時折手を近づけすぎて火傷しそうになりながらも、そこから発想を変え、敢えて焚火の火に手を突っ込む影治。
すぐに引っ込めはしたものの、すぐにまた手を差し入れてから手を引き……を繰り返していくと、流石に腕の表面が水膨れする箇所が出てくる。
それを影治はヒールで治しながら、ひたすら繰り返す。
それはまさにインドの修行僧が行うような苦行だった。
だがその甲斐もあってか、午前中の間に火属性の魔力の感覚と【発火】の火魔術の会得に成功する。
「……我に返ってみると、なかなかクレイジーなことをしていたな」
自分の両手を見ながら新たな魔術の取得に達成感を感じる影治。
しかしながら、ふと我に返ってみると、炎の中に手を突っ込み続けるなど正気の沙汰とは思えない。
「どうも魔術ってものに対する憧れが強いのか、俺の集中力が異常すぎるのか。或いは今後の生活に魔術の必要性を強く認識しているせいか。魔術に関しては暴走気味になりがちだ。少しは気を付けんとな」
そう自分に言い聞かせ、昼食を取る影治。
昼食もまたこの土砂降りの雨のなか外に出て、赤い枝豆を主食として果物系の実も集めていく。
というか、見つけ次第そのまま食していく。
一度黄色いかぼちゃのような形をした実をダイレクトにそのまま食べた際、中身の一部が虫に食われていたことがあった。
だが影治は最初そのことに気付かず、芋虫らしきものも一緒に食べてしまったことがあった。
だがサバイバル生活では、こうした芋虫も大事な動物性たんぱく源である。
……念の為念入りにアンチドートは使ってはいたが。
そうして再び拠点である洞窟へと戻ってきた影治だが、洞窟へと戻る前に大分水嵩が増している堀を見て思った。
「……よおし! 午後は水の魔術訓練だ!」
そう叫ぶや否や、水堀と化しつつある堀へと飛び込む影治。
堀の縁部分をしっかりとアースダンスで固めてあるせいか、思いのほか中の水は泥で濁ったりしていない。
少しヌルイ水風呂に浸かってるような気分になりながらも、影治は午後の時間を水魔術の訓練の時間に費やした。
これまで何度か新しい属性の魔力を感じ取ってきた経験が活きたのか、土や火よりも短時間の内に水属性の魔力への変質を達成させる影治。
ただしその先がこれまでになく苦戦していた。
「水魔術ってんなら水を生み出す位は訳ないと思うんだが、どうも難しいな。感覚としては、土を固めるアースダンスほど難しくはないんだが……」
どうもこれまでの魔術とは何か感覚的に違う部分があり、これまで通りにやろうとするとどうも上手く行かない。
魔力の変質も、イメージの方もしっかりと出来てはいる。
ただその微妙な感覚の違いを掴むのに、影治はかなり苦労していた。
「もっと化学的に考えてみるか? 水分子は2つの水素原子と1つの酸素原子から構成されており……」
ファンタジーな世界にはあまりそぐわないイメージ方法だが、これが思いの外上手くいったのか、影治はついに水魔術である【水生成】を使えるようになった。
「ふう、ようやくか。心持ち、他の魔術に比べて魔力の消費が多い気がするな」
それは影治からするとそう大きな違いでもないので、そこまで気になるレベルという訳ではない。
ヒールを1万回使って少し疲労を覚える程度が、【水生成】だと8千回くらいで同程度の疲労になるような、そういった違いだ。
どちらにせよ千回以上は余裕で使えそうな感じなので、然程気になるものでもない。
「さてそれで今日会得したふたつの魔術だが、ありきたりだが【発火】の方をティンダー。【水生成】の方をクリエイトウォーターと名付けよう!」
今日は魔術の練習で丸一日が潰れてしまったが、影治としては非常に有意義な時間を過ごせたと思っている。
なんせ火と水という、人が生活していく上で必要なものを魔術で出せるようになったのだ。
ちなみにティンダーは小指の先ほどの小さな火を生み出す魔術で、長時間維持することは出来ないが、枯草などの火種を用意しておけばすぐに火を起こすことが出来る。
クリエイトウォーターの方は、自分の近くであれば空中からでも水を生み出すことが可能で、口を開いてその上から水を直接垂らすことも可能だ。
味の方はどうも味気ないというか、全く味も臭いもしない。
これまでは川の水を飲んできたが、あちらは微かに苦味というか重さのようなものを影治は感じていた。
「この水は化学的にイメージしたから、もしかしたら余分な混じり気のない純水なのかもしれないな」
日本人は硬水が口に合わず、お腹を下しやすいと言われているが、この魔術で生み出された水ならそういった問題もないかもしれない。
まあ元々転生した際に人間とは別の種族になってはいるので、関係ないかもしれないが。
「結局今日は一日中雨だったが、明日は晴れてくれるといいな」
まだまだ拠点でやっておきたいことは色々ある。
明日は雨が上がっていることを祈りながら、影治は眠りにつくのだった。




