第153話 ハンターギルドについて
「天使? 何故そう思った?」
「まずはその髪色よ。私、以前に色々な種族について色々調べたことがあるのよ」
「それで俺の髪色が天使と同じだったと?」
「……その時調べた限りではあなたのような髪色の情報はなかったわ。もっと濃い青系の髪の種族はいるらしいんだけど、それとも違うようだし」
納得がいったとばかりに尋ねた影治だったが、どうやら少し話が違うらしい。
「でも他に水色の髪の種族の情報がないという点と、天使の髪色に関する情報が全くない点。それとリョウのことも絡めて考察すると、天使って線が浮かんでくるのよ」
「リョウって……あれだよな。ずーーっと昔にこの辺を治めてたすんげえ王様の名前」
「この地で暮らす者なら、どこかしらで耳にする話じゃな」
「それよ、その王様。でもあんた達も、その王様がどんな種族でどんな見た目をしていたかって話までは知らないでしょう?」
現代日本で桃太郎だとか浦島太郎が一般的なように、リョウという名はこの地方では有名だ。
ただ有名だという割に、その名前とすごい良い王様だったという程度の話しか、一般に広まっていない。
「シリアは知っておるのか?」
「知らないわ。もう何千年も前の人なんだし」
「んだよ、おめぇも知らねえんじゃねえか」
「まだ話は終わってないわ。黙って聞ききなさい」
口の悪いバキルに対してシリアの当たりは少しキツくなるが、別に特別仲が悪いという訳ではない。
その証拠にバキルも大人しく引き下がって話を聞く体制に戻る。
「リョウのパーソナルについては私もよく知らない。でも、古い書物には彼の二つ名が記されていたのよ」
「オレ様の『ビッグソード』みたいな奴か」
「あんたのは勝手に名乗ってるだけでしょ。大体ボスのビッグシールドならともかく、あんたのはビッグっていうほどビッグじゃないでしょ」
「ぬぐぐ……」
下手すると別のモノの大きさをこき下ろされているようにも聞こえるが、自分でも自覚があるのか言い返せないバキル。
なお、ボスというのは立場的な意味の「ボス」ではなく、リーダーであるボミオスを略した、シリアの親しみを込めた呼び方だ。
「話を戻すわよ。リョウには無数の二つ名があるんだけど、その中に『光天王』というのと、『蒼の至宝』というのがあるの」
この光天王というのが天使の王であることを指し、蒼の至宝とは髪色を意味しているのではないか? というのがシリアの主張だった。
「でもお、ガンダルシア王家の人って別に天使なんかじゃないですよねえ?」
エルフのアトリエルがのんびりとした口調で指摘する。
彼女が言うように、このガンダルシア王国はかつて古代王国を治めていたリョウの血を引くとされている、現ガンダルシア王家の祖が興した国だ。
しかし王家はバリバリのヒューマンであり、他種族の特徴は見られない。
「そうね。単純にリョウの血を引いているってのがウソだったか、或いはリョウが天使ではなかったのか。でもね、東のカウワン王国辺りでは、リョウが天使だったっていう話はそれなりに伝わっているらしいのよ。髪色のことまではちょっと分からないけどね」
「何だよ、それを先に言えよ。そういう言い伝えがあるってんなら、そうなんじゃねえのか?」
「……って訳なんだけど、どう? 合ってるかしら?」
「リョウ云々はおいといて、俺が天使だってのは合ってる」
積極的に広めるつもりもないが、影治は自分の種族についてどうしても隠そうとは思っていない。
なのでよく当てたねといった感じで、シリアの推測に答え合わせをする。
「やっぱり! それであの時あなた、無属性以外に3つの属性の強化魔術を使ってたわよね? 伝承によるとリョウは途轍もない魔術師だったみたいだけど、天使って魔術に特化した種族なのかしら? あ、でも、あの時はウチの前衛3人相手に一蹴してたわね。ってことは、物理と魔術双方に適性があるってこと?」
「ぐっ!」
「ヘヘッ、面目ねえなあ」
影治が天使だと知って興奮した様子のシリア。
本人にその気はなさそうだが、仲間の前衛3人をディスるような発言も交じっており、バキルとサイラークにまで飛び火してしまっていた。
「他の天使のことは……知らねえから天使の適性がどうとかは分からん。だが俺個人に関していえば、魔術の適性はあると思うぜ」
他の天使と言ったところで一瞬マリアのことを思い浮かんだが、実際に会った訳でもないので言葉を濁す。
また物理的特性……この場合だと剣や体術などの適性に関しては、影治の場合前世の影響が強すぎて判別が難しい。
「そうなのね! ちなみに魔術はどれくらいつか――」
「とにかく! エイジが亜人……天使じゃというのは分かった。ならハンターギルドのこともちゃんと話しておかんとな」
また少し暴走しだしたシリアを遮るように、ボミオスが話を元に戻す。
「そうだな。詳しく聞かせてくれ」
「うむ。これを言えば大まかに理解出来ると思うのじゃが、そもそもハンターギルドはハベイシア帝国とガンダルシア王国の一部にしか存在しておらん」
「……なるほど」
思い返してみると帝国内は勿論のこと、ガンダルシア王国内のハンターギルドでも亜人の姿を殆ど見かけていない。
ほとんどがヒューマンであり、後はドワーフなどを少数見かけた程度だ。
「元々帝国内にも冒険者ギルドはあったらしいが、あの国とは方針が合わんからすぐに引き上げたらしい。じゃがそれによって色々不具合が起こったので、仕組みをほとんど真似てハンターギルドなんぞを作ったのじゃ」
「それがなんでこの国にまでハンターギルドが出来てるんだ? 元々帝国内だけだったんじゃねえのか?」
「……それなんじゃが、今この国は帝国派と反帝国派で揺れておる」
「そいつは穏やかじゃねえなあ」
改めて思い返してみると、ボミオスの言っていたことに思い当たることはいくつかあった。
もっとも国民レベルで大きく派閥を作って争っている訳でもないので、街中で生活してるだけだと中々そのことに気付きにくい。
「ピュアストールやフレイシャーグを治めるシドニア卿は反帝国派なのじゃが、何分この辺りは帝国から近い。ハンターギルドも直接帝国と繋がってるという証拠もないので、支部を作りたいという申し出を領主様は受ける他なかった」
「何でも帝国派の貴族達が口出ししてきたみたいだよ。帝国派の領内では、ハンターギルドの方が冒険者ギルドより優遇されて規模が大きくなってるようだしね」
「真正面から武力で攻めず、搦め手を使ってる訳か」
「そうじゃ。ハンターギルドと聖光教会。どちらも帝国本土とは違い、この国では表立って亜人を差別したり排斥したりはしておらん。じゃが、奴らの根は着実にガンダルシアに根差しつつある」
帝国を脱してからまだ二か月も経っていないが、いずれ滅ぼしてやろうと誓った帝国についてはある程度下調べが済んでいる。
それによると、ここシャルネイア大陸において、ハベイシア帝国は最大規模の国家なのだという。
広大な領土と豊富な軍事力を持つ帝国は、ガンダルシア王国などがある大陸南側では、現在本格的な争いを起こしていない。
しかし大陸の北側では、妖魔が多く暮らすラテニア連合国をはじめとした3つの大国と争いを繰り広げている。
3つの大国を相手に一進一退で戦い続けられるほどの戦力を、帝国は有しているのだ。
「どげんかせんといかんな」
「む? ドゲンカ……?」
「ああ、いや、放っておけねえなってことだ」
「そうじゃな。差し当たってエイジよ。お主、冒険者になるつもりはないか?」
「いいぜ」
唐突に放り込まれた、ボミオスからの勧誘の言葉。
その誘いに対し、影治はまったくもって考えるまでもなくイエスと返した。