第151話 魔力大連弾
「ぐっ……、流石に少し痛ぇな。空手家の本気の正拳突きをくらったくらいか?」
1発目はダメージを見る為にまともに受けた影治だったが、2発目は【魔術抵抗強化】を使った状態で。3発目は更に【活性化する魔力】を掛けた状態で食らってみる。
もちろん、それら全部の攻撃は、まったく躱す動きも見せず、全て正面からまともに食らっていた。
「お前……何者だ?」
これまで冷静沈着な態度だった魔術師だったが、クラスⅣ魔術を幾ら撃ちこんでも、死なないどころか避ける素振りすら見せない影治に、不気味なものを感じ始める。
「なんだ。もう終わりか?」
影治としては、幾らダメージをもらおうと回復魔術で治癒出来るので、どんと来いという気持ちだった。
魔術の理解も深まるし、もしかしたら魔術を直に食らい続けることで、魔術に対する防御力が高まるかもしれないという予測も立てていた。
……もっとも、だからといってわざと攻撃魔術を食らい続けるというのは、正気の沙汰ではないのだが。
「いいだろう。お前が死ぬまで付き合ってやる」
その後も【風の槌】を放ち続ける魔術師。
実はこの魔術師は風魔術をクラスⅤまで収めていたのだが、クラスⅤの攻撃用風魔術は範囲攻撃であり、単体相手に使用するには向いていない。
1段階下回るとはいえ、その分消費魔力が抑えられる分、【風の槌】は単体相手には適している。
またクラスⅤまで使える者とクラスⅣが手一杯の者とでは、攻撃魔術の威力も異なる。
だというのに、何発撃ちこんでもまったく効いた様子がないのを見て、魔術師の男は湧き上がる恐怖を御しきれなくなっていく。
「な、なんだ……。何なんだよお前!」
「もう終わりか? ならこちらからもお返しをしてやろう。【風の槌】」
「な、何ッ!? ぐああああああああ!!」
同時詠唱もしていない通常の影治の【風の槌】。
しかしそれは魔術師が放ったものよりかなり攻撃力が高く、たった1撃もらっただけで魔術師は苦悶の声を上げる。
「う、ぐぐ……【風の壁】」
すかさず対抗魔術を使用する魔術師に、2発目の【風の槌】がぶち当たる。
だが上手いこと【風の壁】で身を守った魔術師は、【風の槌】によるダメージが減衰され、先ほどより明らかに威力が下がっていた。
さらに続いてもう2、3発撃ちこむ影治だったが、相手も中々粘りを見せるので別の魔術を使うことする。
「大分きつそうだが粘るじゃねえか。じゃあ、これはどうだ? 【魔力大連弾】」
次に影治が発動したのは、クラスⅤの無属性魔術の【魔力大連弾】だ。
最近覚えた無属性魔術の攻撃魔術だが、見た目的にはクラスⅠの【魔力弾】を複数同時に発生させて、相手に打ち出すというものである。
この時生み出される弾の数は、術者の無属性魔術の適性が高いほど多く生み出されると言われていた。
「それは魔力大連弾……? 馬鹿な! 一度の魔力大連弾でそれほどの数を生み出すなど!!」
通常であれば生み出される魔力弾の数は6個か7個くらいが普通だ。
この魔術師も実は【魔力大連弾】は使えるのだが、生み出せる数は7個だけ。
それに対し、影治は12個もの魔力弾を生み出していた。
しかもこれは影治が同時詠唱している訳ではなく、正真正銘1回分の魔術の発動で12個生み出しているのだ。
基本8属性の適性は大きく失われてしまった影治だが、無属性魔術の適性はそのまま残っており、それがこの異様な数の魔力弾を生み出していた。
「ま、魔術抵抗きょ……」
これまで大分魔力を消費してしまったことで、省エネモードに入っていた魔術師。
しかしこの攻撃は無属性なので、【風の壁】では威力を抑えられない。
仕方なく【魔術抵抗強化】を慌てて発動しようとする魔術師だったが、一歩及ばず先に影治の【魔力大連弾】をくらってしまう。
「ギャアァッ…………」
12個の魔力弾が次々と魔術師を打ち付けていくが、特に当たった時に派手な音などはしない。
しかも意識を失ったのか、最初に悲鳴を上げた後は為すがまま攻撃をくらい……そして地面へと墜落していった。
「……やべ、やりすぎたか」
慌てて落下地点へと駆け寄った影治だったが、すでに魔術師の息の根は止まっていた。
グレイスからは、無詠唱魔術は声に出さずに発動出来て便利だが、その分威力が下がると聞いていた。
それに無属性魔術は消費魔力が多い割に、攻撃魔術の威力が弱い。
だからこそ、敢えて無詠唱ではなく詠唱して発動したのだが、どうやらそれは少しやりすぎだったようだ。
威力が弱めとはいえ、クラスがひとつ上がると威力はぐんと上がる。
今回初めて実戦でクラスⅤの攻撃魔術を使った影治は、その辺の加減が出来ていなかった。
ついでに言えば、被弾直後はまだかろうじて生きていたのだが、そのあとに無防備な状態で10メートルの高さから墜落したことが、トドメの一撃となっている。
「バキル、そっちはどう……あっ……」
もう一人の剣使いの男はバキルに任していたが、丁度影治が振り向いた時に、バキルの大剣が男の首を刎ねていた。
「はぁはぁ……、なんだ? 何か呼んだか?」
「いや……、そっちも殺しちまったんだな」
「ああ、意外とこいつかなりの使い手でよ。生け捕りなんて出来る相手じゃなかったぜ。そっちもってことは、お前もやっちまったのか?」
「……意外と相手が脆くてな」
「バッカ、お前ぇ。魔術師なんて魔術がヤバイってだけで、ちょっと小突いたら死んじまうような連中じゃねえか」
「そうなの……か?」
確かに影治が前世の小説などで得た知識にも、戦士などに比べて魔術師はHPや防御力が低いという特徴はあった。
「まあお前みたいな例外もいるし、魔術師でもそこらの一般人よりは全然頑丈だけどな」
「へぇ……」
「あ、でも今のは魔術で仕留めたんだったな。魔術師は物理に弱いが、魔術には強いって言われてる。ってことは、やっぱそいつが貧弱だっただけかもしれねえ」
どちらにせよ、男たちに突然仲間を殺した理由を問い詰めることは出来なくなってしまった。
だがここで影治は他にも人がいたことを思い出す。
「そうだ。まだ商会の奴が残ってた」
これまでの一連のバトルの間、荷馬車から逃げ出した者はいない。
それならばと、バキルと共に荷馬車の御者席を調べた影治だったが、ここで残る二人の商会の者が殺されていることを知る。
「チッ、これも奴らの仕業かよ」
「恐らくな。わざわざこいつらの口封じをするってことは……アイツとは関係ねえのか?」
影治たちが護衛たちと戦っている間、商会の能力を隠していたふたりは加勢していない。
それどころか、護衛達に勝ち目がないと判断するやいなや、仲間であったはずの商会の二人を殺し、生け捕りにされようとしていた護衛達の口をも塞いでいる。
どちらかというと、影治達を始末するよりも、口封じの方を優先した動きだ。
グェッサーが全ての黒幕だとすれば、護衛達に加勢して少しでも勝率を上げ、影治の息の根を止めにかかっていただろう。
「うーん、よく分からん」
「全員死んじまったからな。うだうだ考えても仕方ねえよ」
割り切りが早いのか、すでにバキルの中では黒幕を探るということへの優先度が下がっているらしい。
「情報なら崖上から襲撃してた奴が持ってるかもしれねえ。それよりもだ。俺達は元々この荷馬車で運んでいるものに用があったんだよ」
「中身を知っているのか? 俺は護衛についていたが、結局何を運んでるのか知らねえままなんだよ……」
護衛依頼についてはいたが、影治はこの荷馬車の中身が何かを知らなかった。
何でもない風を装って荷馬車に近づくと、妙に護衛達が反応を見せるので、自然な感じで調べることが出来なかったのだ。
ただ、それだけ厳重に守ってるということは、何か非合法なブツでも運んでるのかなという予想はしていた。
「……知らねえで護衛してたのか。ま、見てみりゃ分かるぜ」
そう言って1台目の荷馬車の後部にある大きな扉を開けるバキル。
すると、中からは思わず鼻を塞ぎたくなるような異臭が漂ってくる。
それと同時に影治たちに向けられる幾つもの視線。
荷馬車の中には、幾人もの亜人達が所狭しと詰め込まれていたのだった。