第144話 グェッサーからの依頼
名前だけ見ても良く分からないものが多かったが、とりあえずメニュー表は飲み物やスイーツなど種類によって分かれていたので、影治はその中から適当にマチャとナプルパイを選んだ。
運ばれてきたマチャは陶器のカップに淹れられた緑色の液体で、ひとまず口に運んだ影治の感想としては抹茶っぽいものだった。
味は比較的まろやかなのだが、少し苦渋みが強めだ。
日本で売られていた高級品の抹茶よりは品質は劣るものの、懐かしさを覚えるほどには抹茶味をしていた。
ナプルパイはりんごに似た果物、ナプルを使ったパイで、こちらはまんまアップルパイのような感じだ。
ただパイ生地に使われている小麦粉の違いや、雑味の多い砂糖を多めに使用しているせいか、味が完全にまとまっている感じがしない。
だが総じてみれば、マチャもナプルパイもこの世界でこれまで影治が食べたものの中では、悪くないレベルだった。
高めの値段設定も納得できるというものだ。
だが一方、グェッサーの注文したものに影治は眉を顰める。
スイーツのビスコチョの方は、スポンジケーキとカステラの中間みたいな見た目をしているので、恐らく味の方も問題ないだろう。
しかし一緒に頼んでいたサンブラティーの方は、少し離れた場所にいる影治のところまで青臭さがただよってくる、臭気の強い飲み物だった。
しかもお茶だというのに色が墨汁のように真っ黒だ。
「ん? ああ、確かに最初は僕も匂いが気になってたけどね。慣れてくるとこの匂いも、初めはマズイと思っていた味も、段々クセになってくるんだ」
そう言いながら吐き出されるグェッサーの吐息は、体の中の成分と混じったせいかドブのような匂いがする。
牛乳を搾った雑巾をそのまま生乾きにさせた時のような匂いだ。
それでいて笑顔で美味しそうにサンブラティーを飲むグェッサーに、影治はこれまでとは違う意味での気持ち悪さのようなものを感じた。
あの食いしん坊のピー助ですら、サンブラティーには全く興味を示そうとしない。
「名前のとおり、サンブラという植物系の魔物が原料なんだけど、こいつは獣の牙にも生息してるから、もしダンジョンに潜る機会があったらドロップの納品を頼むよ」
「依頼というのはそのことなのか?」
「まあこれもお勧めの依頼ではあるけどね。僕をはじめサンブラ愛好家はそれなりにいるから、常に需要はあるんだ」
前世でも体に良さそうな草などをまとめて汁にしたような飲み物はあったが、グェッサーの飲んでいるそれは魔物由来のせいか、明らかに苦くて不味い薬草ってレベルを超える匂いがしている。
「エイジに今回紹介したいのは、さっきも言ったように護衛依頼だよ。ここから北に向かって進んだ先にある、シャイマーの町まで商隊の護衛を頼みたいんだ」
「シャイマーの町?」
「うん。ハベイシア帝国南部の町だね」
「帝国か……」
更に詳しい話を聞いていくと、シャイマーの町に向かうなら通常は北東にあるクリフシェルの街を経由するのが一般的らしい。
しっかり街道も通っているし、領兵による巡視などもされているので、魔物や盗賊などの被害に遭う可能性も低いからだ。
しかし今回の護衛対象の商人は急ぎの用とのことで、クリフシェルを経由するのではなく、まっすぐ北に突っ切って進む予定とのことだ。
ピュアストールの北部にはガジュマル荒野が広がっている。
ここにも街道というほど立派なものではないが、人が通れる道がある。
ただ魔物や盗賊などとの遭遇確率は高めで、積極的に利用されていない。
危険なルートではあるが、まっすぐシャイマーの町に通じているので、その分早く移動することが出来る。
「道中は少し危険になるんだけど、エイジがてこずるような魔物が出る訳でもないし、勿論他にも護衛はいるからそんなに危険はないと思うよ」
下級ハンターばかりだったとはいえ、多勢を相手に力の差を見せつけた影治。
それだけでなく、あの時影治は脅威度ⅣやⅤの魔物素材を買い取りに出していたことをグェッサーは知っており、対人だけでなく魔物相手にも戦えることも知っている。
だからこそ、影治にとって美味しい依頼があると声を掛けたのだと語る。
「俺以外の護衛にお前は含まれるのか?」
「僕は別件があってその依頼は受けられないんだ。だからこそ代わりを探していたって事情もあってね」
ただの護衛依頼なら、例え道中が多少危険のあるルートを通ろうが問題はない。
しかしその目的地が影治にとって、問題ありまくりの帝国となると話は別だ。
「ああ、そうそう。今回は商人の護衛として町に入れるから、護衛ひとりひとりが審査されることはないし、通行料も商人が全部持ってくれるよ」
シャーゲンを脱出してからも、影治は帝国の町に出入りしたことはある。
今ならハンターギルドのギルド証もあるし、頭部さえ隠せば以前より町の出入りに気を遣うこともない。
それに元々何かあると承知で依頼を受けようと思いはじめていたところだ。
そこで影治は依頼を受ける方向で話を進めることにする。
「そいつはいいな。だが肝心の話をまだしてないぜ」
「まだ何か説明してないことあったかな?」
「何言ってやがる。依頼料だよ依頼料」
「おおっと、僕としたことがすっかり忘れてたよ。そうだね、それは何より大事な話だった」
裏が読みにくいグェッサーであるが、この反応だけは素の裏表ない反応のように影治には感じられた。
しかしそれは決してグェッサーがうっかり屋だということではないことも、同時に読み取っている。
「依頼料は1日当たり8000ダン。シャイマーまでは余裕をもって14日の予定を立てているから、全部で10万ダン以上になる。これは予定より早く到達しても14日分支払われるから安心していいよ」
「逆に問題が発生してそれ以上日数がかかったらどうなる?」
「その場合も遅れた分だけ支払われるよ。あとは、襲ってきた魔物や盗賊などの戦利品は護衛達で均等に分配してもいいよ。水や食事についても商人側が用意してくれるから必要ない。どうだい? かなり美味しい依頼だろ?」
「……そうだな。だが一応もう少し詳しく聞かせてくれ」
「若いのに慎重なんだね。でもそれはハンターにとっては大事なことだ。いいよ、何でも聞いてくれ」
グェッサーからの依頼を受けることにした影治は、細かい情報について尋ねていく。
出発は2日後で、護衛料は前金として半額を今ここでグェッサーからもらう。
それから待ち合わせ場所なども確認し、話を終えた頃には1時間以上が経過していた。
「じゃあ、僕は参加出来ないけど、明後日遅れずに待ち合わせ場所に来てね。でないと、僕の信用も下がっちゃうから」
「わーってる。じゃあな」
一瞬、「どうせろくでもないこと考えてんだろうから、それもアりか」などと思った影治だったが、ここは当初の予定通り火中の栗を拾う方針でいくことを決める。
そして護衛依頼に向けて準備を整えた影治は、指定された待ち合わせ場所へと向かうのだった。