第141話 大乱闘、ハンターギルド
「囲め! 囲め!」
「ぶち殺してやる!」
最初に影治に転ばされて顔面から床にキスした男が物騒なセリフを吐いているが、今のところ武器を抜くような者はいない。
出口を抑えたハンター達は、次々に影治へと襲い掛かる。
その多くは下級ハンターであり、10級……或いは影治と同じ8級程度の者達だ。
その程度の相手など、影治の敵ではない。
先ほどは影治も道を開ける為だけに相手を引き倒しただけだったが、攻撃を仕掛けてくる以上は本格的に反撃を行っていく。
合気道の演舞では、達人相手に向かっていった弟子たちが嘘のように投げられる。
その突飛な光景から、素人が見たらまるで自分から投げられにいってるヤラセのように映ってしまう。
しかしあれは手足がキメられたりすると危険なので、自ら飛んでいるだけに過ぎない。
あのように動かないと、骨やら神経やらに大きなダメージが入ってしまうのだ。
それを知らない素人、或いはこのような戦闘技術を知らない者がこういった技を受けると、無理に力で抵抗しようとしてより大きなケガをしてしまうことになる。
しかし逆を言えば、意図的にダメージを与えようと思えば半身不随にするどころか、命を刈り取ることも可能だということだ。
特にこの世界の人間は、少しでも魔物と戦って経験を積んでいればタフになっていくので、前世の感覚的に死ぬかも? レベルの攻撃が寧ろ丁度いい。
「テメェ、卑怯な真似しやがって!」
「ヴィンス、邪魔だ!」
味方を盾にされたハンターが息巻いているのを見て、影治は思わず笑いそうになる。
影治がその持てる身体能力を全て発揮すれば、強引にことを治めることも可能だ。
だが影治は怪力を見せるだとか風のように動くといった動きを見せず、ゆったりとした動きのまま、まるで手合わせしてるかのような一見優しく見える攻撃を繰り返す。
これは技術さえ身に付ければ、力のない女性でも同じ真似が出来るといった戦い方だ。
周りのハンター達相手ならこれで十分だったし、影治としては必要以上に自分の手札を衆目で曝け出したくはなかった。
ただこの戦い方だと多勢相手ではコツが必要だ。
無力化したハンターを盾にして立ち回るなど、この乱戦の中で影治は小柄な体格も活かして上手く立ち回っている。
「ぴぃぃ!」
だがハンター達の中には、直接影治を狙うのではなく、ピー助らに攻撃を仕掛けようとする者が現れた。
いや、攻撃というよりは捕獲して、影治への人質のように扱うつもりだったのかもしれない。
しかし咄嗟にピー助が放った【光球】が、捕らえようとしたハンターにぶちあたる。
ピー助は影治が魔術の同時発動しているのを見て、自分でも自主的に訓練を続けており、現在は2つまで同時詠唱が可能になっていた。
影治が見たところ、咄嗟にダブル詠唱で発動していたようだ。
その後も同様にピー助を狙おうとした奴ら数名が、同じように倒されていく。
「チッ……」
それを見て影治はハンター達の処理速度を上げ、あっという間に20人以上いたハンター達が呻き声を上げているという、戦場のような光景を作り上げる。
残ったのは私刑に加わらず様子を見ていた、中級以上のハンターやギルド職員。そしてグェッサーだけだ。
「おい、お前達! 一体何を騒いでおる!?」
そこへ新たな人物が登場する。
建物の奥からやってきたその男は、頭部が禿げ上がったヒューマンの老人だ。
頭部がピカピカしている代わりに、髭がやたらともっさり生えている。
「あの、ハンター同士が争いを……」
「フンッ! その結果がこの有様か」
受付の女性職員がおずおずといった調子で報告する中、老人は騒動の現場まで歩みを続ける。
そこでは呻き声を上げるハンター達がそこら中に散らばっており、唯一無傷なのは影治だけだ。
「見たことない顔じゃが、お前がこの騒ぎを起こしたのか?」
「俺じゃない」
「ふっっざけんな! お前……が、やったんだろううがああ! ぐっ……」
影治の否定の声を聞き、近くで倒れていたハンターが痛みを抑えながら叫ぶが、そのせいで痛みをが強まったのか腹部を抑えて荒く息をする。
「……とこやつは言っておるが?」
「先に絡んできたのはこいつらだ」
「ふむ……。ジスレア、見てたのだろう? 経緯を話せ」
「は、はい、ギルドマスター」
どうやらこの老人はここのギルドマスターらしい。
ジスレアという受付嬢に子細を尋ねると、少しビクビクしながらも話し始める。
「ええっと、その子がマシュウさんを床に引きずり倒して……それから更に何人かが同じように倒されてました」
「ジスレアはこう申しておるが間違いはないか?」
「言っていることは間違ってない。ただ故意か悪意か、その話の前の部分が抜けてるけどな」
「前の部分とは?」
「まずはそこの買い取りカウンターの親父が、不用意に俺が買い取りに出した金額を衆人環視の前でぶちまけたことがきっかけだ」
「うぇっ!?」
これまでは関係ないと高を括っていたのか、黙って話を聞いていた中年男が妙な声を上げる。
「そこらで呻いてる奴らは、その金額を聞いて俺の周囲を取り囲み、物乞いみてえに酒を奢れと集団で迫ってきた」
「お前達……」
ギルドマスターが周囲のハンターに目を向けると、反論もせずに目を背ける。
どうやらそんなことは知らねえと、強弁を通す奴はいないようだ。
「邪魔だから退けと忠告したが下卑た笑いを浮かべながら退く気配がなかったので、邪魔な奴を片っ端から倒していった。そうしたら逆上したこいつらが、たったひとりのガキのような外見の俺相手に、集団で襲い掛かってきやがったって訳だ。ここのハンターの連中は恥という言葉の意味を知らねえらしいな」
「ジスレア! この者の言っていることは本当か!?」
「ひぃっ! は、はい……。本当のこと……ですぅ」
年を取っているせいか立場のせいなのか、無駄に怒った時に迫力があるギルドマスターに問い詰められ、あっさり白状するジスレア。
「ふぅ……。まったくしょうもないことで騒ぎおって。お前達! この後全員ギルド証を提出しろ! 全員まとめて2週間の活動停止処分とする!」
「う、そいつぁきついぜ。俺ぁそんな金に余裕がねえんだ」
「なら騒ぎなど起こすな! だがギルドの雑務を手伝うのなら、期間の減免も考慮する」
ギルドマスターの鶴の一声に、逆らう声は一切上がらない。
ハンター達への処分を言い渡したギルドマスターは、次に影治に向き直る。
「お主もお主だ。下級ハンターばかりとはいえ、あれだけの数を相手に無傷で対処できたのなら、他にもやりようはあったろう。お主にも1週間の活動停止処分を言い渡す」
「……なに?」
影治にとって、活動停止処分というのは別にどうでもいいことだった。
しかしあからさまに相手から絡まれておきながら、その責任を取らされるというのは納得がいかない。
「ハンターギルドでは、恐喝されたら素直に従い、襲い掛かられたら反抗するなということか? それだとやったもん勝ちじゃねえか。とんだ無法地帯だな」
「そうではない。最初の段階で他に騒動を治める方法もお主なら取れただろうと言っておる。無駄に騒動を拡大させ、ギルドの業務に支障を来した責任は取ってもらう」
「途中からしゃしゃり出てきて何を言う。現場を見ていないくせに、他に方法があったなどよく言えたものだな? そもそも、ことの発端は金に飢えてる下級ハンターがいる前で、7万ダンと言う買い取り価格を大声で言ったギルド職員が原因だ」
「処分に不服があるというのなら、除名処分も考えねばならぬぞ?」
「都合が悪くなると権力でもって相手を黙らせる。どうやらハンターギルドって組織はろくなもんじゃなさそうだな。除名処分でもなんでも好きにしろ。そうしたら俺はこのことを街中で大々的に吹聴してまわるだけだ」
「貴様……、こちらが穏便に済ませようとしておるのに、何故そこまで反抗的なのだ!?」
「それは本気で言っているのか? 相手が高圧的に出てくれば、こちらも反抗的な態度にもなるってもんだ。もっとも、そんな言葉が出てくるようでは、これ以上アンタに何を言っても無駄だろうけどな」
互いにヒートアップしていく影治とギルドマスター。
周囲の者も口を挟めずジッと様子を見守る中、ひとりの男が間に割り込む。
「まあまあ、ふたり共落ち着きなよ」
それは散々騒動が起こった後だというのに、微かに笑みを浮かべて仲介に入ったグェッサーだった。