第140話 2級ハンター
「いやあ、ウチはダンジョンが近くにあるから、買い取り件数はそれなりに多いんだけどな。それだと持ち込まれる素材も同じものばかりになるから、こういった近くで採取出来ない素材の持ち込みは助かるぜ」
「そんなもんか。今後買い取りを出すときの参考にしよう。ところであの妙に注目を集めてる奴は誰だ?」
「グェッサーのことか? あいつはこのハンターギルドで……いや、ギルド全体的に見ても数の少ない2級ハンターだ。まあ見てのとおり、ここの顔役って感じだな」
「2級ハンター……。そうそうお目にかかれるもんではないと聞いたが、まさか早々に出会うとはな」
影治は魔術的な腕前については、相手が纏う魔力や実際に魔術を使ってる場面を見ないと実力が測れない。
しかし武術に関しては、相手の体つきや動かし方などで力量を見定めることが出来る。
影治がことさらグェッサーのことを気にしたのは、そうして見定めた力量がただものではないことを見抜いたからだ。
また背負っている槍からは魔力が発せられており、恐らく特殊な効果のある槍なのだろうということも見て取れる。
「グェッサーは、獣の牙の探索では深層まで到達してる。あそこは上の方だと人型の魔物ばかりだが、深層までいくと獣型の魔物が出現するようになる。あいつがそこで素材を集めてきてくれるから、ウチとしてもかなり助かってるんだよ」
「何やら僕の名前が聞こえてきたけど、何の話をしてたんだい?」
影治がカウンターの中年男と話していると、当の本人が話を聞きつけ話しかけてくる。
先程と同様に、荒事をこなすハンターとは思えないほどその口調は穏やかだ。
薄っすらと笑みを浮かべたその態度は、初対面の人間なら悪感情を抱きにくい。
しかし影治は自分を見つめるグェッサーの目が、表情とは裏腹に全く笑っていないことに気付く。
「よお、グェス。いやな? 各地を旅してまわってきたっていうこの坊主が、お前さんのことを気にしていてな」
「僕のことを? それは光栄だね。もう聞いたかもしれないけど、僕は2級ハンターのグェッサー。皆は僕のことをグェスと呼ぶけど、呼び方は好きな方でいいよ」
そう言って手を差し出すグェッサー。
こちらの世界にも握手の習慣はあるようで、意味合いも同じだ。
影治は腕から力を抜き、自然な形でグェッサーの差し出した手を握りながら答える。
「じゃあグェッサーと呼ばせてもらう。俺はこの街に流れついたばかりの、しがない旅のハンターの影治だ」
「エイジ……ね、よろしく。近くにいるその鳥と動く箱も君のお供かい?」
「ああ。旅先で出会って以来一緒に行動している」
「ぴぃぃ……」
ピー助もグェッサーから何かを感じ取ったのか。
或いは契約者である影治の影響を受けたのか、余り見せることがない警戒ポーズをしている。
「僕も仕事柄それなりに色々と珍しいものに触れてきたけど、これはどちらも見たことがない。さぞかし遠いところから旅してきたのかな?」
「そんなところだ」
買い取りカウンターの前は、グェッサーだけでなく一緒に気になって付いてきた取り巻きもいるので、大分人口密度が濃くなっている。
必然的に、これまで隅っこで買い取り依頼していただけの影治にも、注目が集まっていた。
しかし影治としては余り注目を浴びたいとは思っていないので、カウンターの中年男にさっさと買い取りした分の支払いを要求する。
「そういや買い取りの途中だったな。合計で74200ダンだが構わんか?」
「……ああ構わん。大金貨じゃなくて、小金貨以下で頼む」
これだけ注目が浴びている中で、買い取り価格を普通に口にする中年男に影治は鋭い視線を送るが、男は気にする様子もなく金を数えながら用意している。
カウンターの近くに集まっていたハンター達は、思いのほか高額な買い取り価格を聞いてざわつき始める。
7万ダンという金額は、下級ハンターにとっては大きな金額だ。
彼らがパーティーを組んでダンジョンの上層に潜っても、その半分も稼げない。
しかも報酬は基本人数割りになるし、ダンジョンに持ち込む食料や消費アイテムなどの経費も別途かかる。
「用意出来たぞ。ほれ」
カウンターの上に、ガンダルシア貨幣が積まれていたので、軽く確認をしてから影治はベルトポーチへと収めていく。
今回の支払いでは影治の希望通り小金貨以下の貨幣が用意されたが、小金貨ですら下級ハンターにとっては大金だ。
猛烈な視線があちこちから向けられていることを影治は察知する。
そんな中、流石2級ハンターであるグェッサーは金そのものに注意を向けていない。
しかし気になることがあったのか、質問を投げかける。
「結構な買い取り価格だったけど、エイジは何級なのかな?」
「……」
「エイジは8級だな。でも脅威度ⅣやⅤの魔物素材を持ち込んできたから、腕はそれなりに立つと思うぜ」
押し黙る影治を押しのけ、カウンターの中年男がまたしても個人情報を衆人環視の中曝け出す。
見たところ悪気があってやっているようには見えない。
だがその分余計性質が悪いと、影治は顔を顰めた。
「なるほど。ランクが低いのは、旅をして回っているせいで昇格試験を受けていないせいか」
「……道を開けろ」
ひとり納得した様子のグェッサー。
影治は金も受け取ったことだし、もうこんなところにいられないと外に出ようと歩き出そうとする。
しかし周囲を取り囲むハンター達が動く気配はない。
「聞こえなかったのか? 邪魔だと言っている」
「そんなつれねえこと言うなよお。大金が手に入ったんだからさ、いっちょ親睦を兼ねて酒場に繰り出そうぜ。もちろんお前の驕りな?」
今は時間的には昼過ぎだが、場所によっては酒を提供している店はある。
図々しい提案をした男の脳裏にも、そういった店のことが浮かんでいた。
下卑た笑みを浮かべながら、周囲のハンター仲間にどの店にしようかなどと話を振っている。
「退かんというなら、無理に通るまで」
影治は中学生くらいの見た目をしている。
背もまだ成人男性にはとどかず、少し背の低い成人女性程度しかない。
それに対し、影治を取り囲む相手は、武力を売り物にしているハンターギルドだけあって、コワモテやマッチョな男が多めだ。
しかし影治が取り囲む男の手首を取ると、次の瞬間には男の体が猛烈な力で引っ張られたからのように、木製の床に顔面から衝突する。
更に影治は位置を調整しながら、次々に道を塞ぐ男達を床に寝転がして道を作っていく。
「ッ! おい! 出口を塞げ!!」
「ガキが、舐めた真似しやがって!」
ハンター達としては、下手に出て声を掛けたつもりだったのだが、それを無下にされて一気に怒りの感情ゲージが上昇する。
影治の知らぬ事情ではあるが、ピュアストールでは近くにダンジョンが存在しているせいか、ハンター同士の……特に下級ランク同士の結束が固い。
今回声を掛けてきた男は卑しい感情が顔にも浮かんでいたが、こうして下級ランク同士関係を築いていくというのもよくある話だ。
「……」
ちらりと影治はギルド内を見回すが、この程度の騒ぎは日常茶飯事なのか、或いは影治の態度が反抗的だと映ったのか、職員も様子を見るばかりで誰も止めようとはしない。
「チッ、うぜぇな」
影治は元々極力波風を起こさないようにしよう、というタイプではない
降りかかる火の粉があれば、容赦なくそれを振り払うタイプだ。
ギルドの対応に苛立ちを募らせていた影治は、派手に立ち回ることを決めた。