第139話 人種のるつぼ
「……グレイ?」
「グレイとは、何のことでしょう?」
「いや、ちょっとお前みたいな奴を初めて見たんでな。妖魔の一種なのか?」
影治が思わずグレイと呼んでしまった相手は、宇宙人の姿としてよく描かれるグレイとそっくりだった。
体格こそ小柄ではなく一般的なヒューマンと同体型だが、大きな黒い目と体毛の生えていないツルっとした肌。
そして何よりグレイという名前が付けられた所以である、灰色の肌が特徴的だ。
「いいえ、私は異人の中のドリアンという種族です。名はゼゼーナン」
「ドリアン……。そうか、覚えておこう」
一体どのような構造になっているのか、ゼゼーナンの声は扇風機を前にして喋った時のような震えた声をしている。
それがますます宇宙人感を影治に与えているのだが、別に話が聞き取れない訳でもないので気持ちを切り替える。
「それでゼゼーナン。街の人にお勧めと聞いてここにきたんだが、一泊いくらだ?」
「当宿は小部屋サイズはなく、最低でも二人部屋が1泊500ダンからとなっております」
「500か。帝国の貨幣は使えるか?」
「勿論使用可能です」
「ではこれでとりあえず10泊頼む」
影治はベルトポーチから帝国小金貨を1枚取り出す。
これ1枚で5000ダンなので、丁度10泊分だ。
「少々お待ちください」
影治から小金貨を受け取ったゼゼーナンは、カウンターの下にある引出しから天秤を取り出すと、片側に小金貨を載せて手前側にある小さなレバーやらボタンやらを操作する。
すると、もう片方側には何も載せていないにも関わらず、小金貨側へと傾いていた天秤のつり合いが取れた。
これまでも小金貨を使った取引で、たまに見かけたことがある光景だ。
どういう仕組みかは影治も詳しく知らないが、貨幣の真贋を調べる魔導具なのだろう。
微かに魔力を発しているのを影治は捉えていた。
「5000ダン、確かに受け取りました。ではこちらの鍵を。西棟2階の奥から2番目の部屋になります。伝え忘れてましたが、夕食付きの価格になってますので、夜は1階にある食堂へどうぞ」
「分かった」
他にもお湯が必要な場合だとか、明かりが必要な場合だとかの説明を受けたが、基本的に魔術でどうにでもなる事柄だ。
話半分に聞き流した影治は、鍵を受け取ると颯爽と割り当てられた部屋へと向かった。
「ふう、野宿も慣れたもんだが、やっぱ宿に泊まるとひと息つけるな」
「ぴぃ!」
「グィッ……」
ピー助は部屋に入るなり、ベッドへとダイブする。
そして何が楽しいのか、ずんぐりむっくりな体を横にしてコロコロ楽しそうに転がっていた。
「お前は鳥っぽい見た目をしてるが、相変わらず鳥っぽくはないよな。まあ精霊だって話だから、当然っちゃあ当然か」
そもそも精霊というのが何なのか、未だに影治はよく分かっていない。
街の人に話を聞いても、名前くらいは知ってる人はいても、正体は何だ? と聞かれても答えられる人はいなかった。
「そして宿に泊まると毎度そうだが、どうも部屋の中でジッとしてるのは性に合わねえな。まだ日暮れまでは時間もあるし、少し休んでからハンターギルドに顔を出してみるか」
せっかちという訳でもないが、本人が言うように部屋でジッとしてられないのか、結局10分ほど暇を持て余すと幾つかの荷物を残して部屋を出る。
カウンターにいたゼゼーナンに外に出て来る旨を伝えた影治は、事前に聞いておいたハンターギルドの場所まで歩いていく。
「本当にここはヒューマン以外の奴らもよく見かけるな。近くにダンジョンがあるせいか?」
これまでの街と比べると、武装した人の割合は多い。
また種族も様々で、注意深く見回しているとゼゼーナンと同じドリアンの姿も見受けられた。
「ううん、ドリアンもそうだが、あの頭部がタコやオウム貝になってる奴らは妙に異質な感じがする。あれも異人って奴なのか?」
もしかしたら水棲系の獣人なのかもしれないが、それにしてはガッツリ陸上生活しているようだし、どこか雰囲気も獣人とは違うように影治は感じていた。
そんな多種多様な人を眺めながら向かうのは、街の中央部。
そこには大きな中央広場があり、中央マーケットと呼ばれる露店が軒を連ね、周辺には街の中でも大きな組織の建物が集まっている。
ハンターギルドや冒険者ギルド、魔術師ギルドや商業ギルドなどのギルド関連の建物や、役所や診療所などもこの辺りに並んでいた。
「……ここは妙にヒューマンが多いな」
ハンターギルドの支部へと入った影治は、中の様子を見て咄嗟にそのような感想を抱く。
フレイシャーグでは余り気にならなかったが、ここでは街中で亜人の姿をよく見かけるので、余計ハンターギルド内のヒューマンの多さが際立つ。
「でもまあ、思い返せばフレイシャーグでもヒューマンが多かったか」
そもそも業務内容はほとんど同じらしいのに、何故二つのギルドに分かれているのかを影治は知らない。
もしかしたら、ハンターギルドはヒューマンが主導して作られた組織なのかもしれなかった。
「買い取りか?」
ギルド内の観察はほどほどにして、影治がまず向かったのは買い取りカウンターだ。
そこには中年のコワモテの男が、腕を組んで待ち構えていた。
影治は今回もあらかじめ、売り捌く素材を背負い袋や木の箱に詰めて持ってきている。
すでに魔石などは一部の融合魔石以外は殆ど残っていないので、持ち込んだのは魔物がドロップした素材がメインだ。
「これは……獣の牙で狩ってきたもんじゃねえな」
「各地を旅してまわっていてな。その途中で狩ったんだ。それより獣の牙ってのはダンジョンのことだろ? どんな魔物が出るんだ?」
ギルド証を差し出しながら尋ねる影治。
これまではギルドに加入していなかったが、今は8級ハンターになっているので、買い取り価格にも多少の色が付く。
「んんーそうだな。獣の牙なんて名が付いちゃいるが、低層ではゴブリンやオークとかが多いぜ。あとはケイブバットだとか、ジャンガリアンだとかスライムだとか……そんな感じだな」
「へぇ、それだと低層はまずそうだな」
「確かに儲けは少ねえだろうけどよ。駆け出しハンターにとっちゃ、経験も積めて悪くないところだぜ。って、お前の持ち込んだ素材、結構なもんだな。ちょっと本格的に査定するから少し時間かかるぜ」
「分かった。そこの待ち合い席で待つわ」
フレイシャーグの時のように態々倉庫にまで移動しないようだが、買い取りカウンターの男は他の職員も呼んで人海戦術で査定を行っていく。
ギルド内は近くにダンジョンがあるせいか、こちらもフレイシャーグとは比較にならないほど賑わっている。
といっても、恐らく今は時間帯的にこれでも人は少ないんだろう。
「酒場みたいなのは併設されてないんだな」
待合場所として椅子が並べられた場所はあるが、酒場や食堂などといった施設は見当たらない。
それでもハンター同士雑談をしたり、情報収集などを行っている者はいる。
その様子をボーっと眺めていた影治だったが、ひとりのヒューマンの男がギルド内に入ってくると俄かに騒がしくなる。
その男は身長180センチに届かない位で、細めの体格をしていた。
だが引き締まった体をしており、見た目で油断すると力押しで負かされてしまいそうだ。
彫りが深い特徴的な顔立ちは、まるで地球のヨーロッパ系の人のような特徴が色濃く出ている。
くすんだ金髪を肩の少し上まで伸ばしたボブカットは、影治的にはその濃い顔立ちには似合っていないように感じられた。
「グェス! こんな時間に珍しいじゃないか」
「まあ、いつもはダンジョンか依頼で外に出ているからね」
グェスと呼ばれた男はどうやら有名人のようで、これまでベラベラ雑談してたようなハンター達が、次々駆け寄っていく。
ハンター達と受け答えしているグェスは爽やかさが前面に出ており、気さくで付き合いやすそうような人物に見える。
「おおい、査定終わったぞお!」
影治もグェスのことが少々気になりはしたが、査定が終わったとのことで買い取りカウンターまで査定結果を聞きに行くのだった。