第136話 盗賊の尋問
「…………」
戦いが終わり、影治が盗賊たちの後始末をしているのを、他の者達は茫然としながら見ていた。
ダッドだけでなく、本来なら手伝ってしかるべき護衛達もまったく動けていない。
もっとも影治が罠を仕掛けたと言っていたので、迂闊に動ける状況でもなかった。
だがそれでも指示を仰ぐなどやり様はあったはずだ。
「ん、お前らなにボサッと突っ立ってるんだ?」
「あ、いや……」
「うん? ああ、そうか。仕掛けた罠ならもう解除済だから問題ないぞ。お前達もこいつらから身ぐるみ剥がすの手伝ってくれ」
影治はまだ生き残っている連中の中から、真っ先に盾持ちのらしくない盗賊以外のトドメを刺した後、殺さずにおいた盗賊を縄で縛り上げていた。
その作業が終わったあとに他の盗賊から身ぐるみ這いでいたのだが、途中からはジョアン達も手伝ったので作業が捗る。
「さてと、こんなもんか。お前達手伝ってくれてありがとな。はぎ取った装備で欲しいのあったら持ってっていいぞ」
「ええっと、私は魔術師だし必要ない……です」
「あの、私はこの短剣もらってく……ね」
「この槍を頂く」
影治の申し出に、ジョアン以外のふたりは最初から目を付けていたのか、すぐに欲しい武器を選ぶ。
ちなみにほとんど革鎧だったので、嵩張るので防具は回収していない。
盾を数枚回収しただけだ。
「ぴぃぃぴぃ!」
「む? すまんすまん。そんなにピー助がやる気だったとは思わなくてな。お前達も、予め手合わせまでしておいたのに、全部俺で対応しちまってすまなかったな」
「あ、え……べ、別に何の問題もありません。その、あれだけの人数相手に無事生き残れただけで十分……です」
圧倒的な影治の戦闘を目の当たりにして、以前のような態度を取れなくなっているジョアン。
見習いにしては肝が据わっていたコミュンや、同じ冒険者仲間のシャルムも一歩引いてしまっている。
「あの、ところでその3人はどうするんでしょうか?」
「こいつらはこのままピュアストールまで連れてこうと思ってな。こういった盗賊って生かしたまま捕えてもってけば、金がもらえたりすんだろ?」
「そう……ですね。懸賞金がかかっていればもらえますし、犯罪奴隷として売却すれば多少の金銭はもらえます。ですが……」
ダッドとしては、盗賊を連れて歩きたくないという考えが強い。
しかし今ここで反対意見を述べ、影治の機嫌を損ねるのもよくないと思っていた。
「じゃあこいつらは連れていこう。ピュアストールまであともう少しなんだろ?」
「……そうですね、では盗賊の管理はしっかりお任せしますよ」
「ああ、任せておけ」
「では出発する前に少し後片付けをしておきましょうか。これだけ死体を放置されてたら、野生動物が寄ってくるかもしれません」
この世界では魔物以外に、野生動物にも注意を払う必要がある。
彼ら野生動物は基本的に魔物に教われることがないので、魔物に数を減らされることなく山や森で繁殖していた。
そしてこの世界の人間が地球人よりタフなように、野生動物たちも見た目以上に力が強かったりすることがある。
だがそれも個体差があり、人を多く殺してる動物は力を増すということが経験則で知られていた。
そういった動物は駆除依頼が出されたりするが、わざわざそうした動物を引き寄せる必要もないだろう。
「じゃあまとめて焼くか。お前達、もっかい手伝ってくれ」
「死体を一か所に集めるんですか? でも落とし穴に落ちた奴を回収するのは大変そうですね」
ジョアンの言う落とし穴とは、【土の罠】の発動によって造成された5メートル程の深さのある穴だ。
クラスⅣの罠魔術シリーズは、属性によって発動する罠の効果が異なる。
【土の罠】は見ての通りの落とし穴を作るのだが、この穴はおよそ1日かけて徐々に穴が塞がって元通りになっていく。
「そうだな。この穴は時間経過で元に戻るから、死体は落とし穴に落としてくれ」
穴は一辺が2メートルほどもあるので、ひとつの穴に幾人も放り込むことが出来る。
そうして死体で埋められた穴の中に、【長時間燃焼】を掛けていく。
延焼する心配も少なく、周囲が覆われた環境なので燃焼効果も高めだ。
そして穴が元に戻る際は、穴の中の物が押し出されるのではなく、そのまま穴の中に残されるので、生ごみなどを捨てるには案外打ってつけの魔術かもしれない。
「大体こんなもんか」
「そうですね。それでは出発しましょうか」
「いや、その前にまだやっておきたいことがある」
作業を終えひと息ついた影治に、ダッドが出発を促す。
しかし影治には気になっていたことがあった。
「やっておきたいこと……ですか?」
「ああ。こいつらの尋問だよ」
そう言って影治は盗賊の3人に視線を送る。
盗賊達はお縄について以降、大人しく黙って様子を見守っていた。
縄で縛られているのでまともに動くことは出来ないのだが、そもそも暴れる気配すらない。
「ハッ! 尋問だあ? 山賊相手に何を聞くってんだよ」
「そうだぜ。襲撃した理由でも聞きてえのか? んなもん、俺達ぁ盗んでなんぼだ。そこに理由なんざねえ」
影治の注目が自分達にあると知った盗賊のひとりが、ここにきてようやく口を開く。
すると追従するように隣の男も発言する。
「急に饒舌になったな? これまでは黙って様子を見ていたってのによ」
「ケッ! それが何だってんだ!」
「前回の襲撃時にも、そこにいるジョアン達が若干違和感を感じていた。そして実際に俺もさっきの戦いを見ていて、同じ違和感をお前達から感じ取った」
「何のことだかな? んなもんテメェらの気のせいじゃねえのか?」
「それを今から確かめる」
影治としても、ちょっとした違和感を感じた程度だったので、特に盗賊の正体について思い当たる節がある訳ではない。
だがフレイシャーグの町でバーナバスが言っていたセリフが、ふと頭に浮かんでいた。
『――ピュアストールに向かうんなら、覚悟しておいた方がいいぜ』
結局どういう意図があったのか分からず終いだったが、しっかり忠告を受け止めていた影治は今回の件をそれと関連付けた。
「気のせいかどうかはこっちが決める。確かさっきかき集めた中に、丁度いいのがあったな」
盗賊が所持していた物の中に、千枚通しのようなものが混じっていた。
一体何の用途で持ち歩いていたのかは不明だが、もしかしたらこれから影治が行おうとしてることを行うためのものだったのかもしれない。
「んじゃあ、一応始める前に聞いておくぜ。お前達はただの山賊ではないな?」
「だから知らねえっつってんだろ!」
「そうか。じゃあ、まずはお前から行こう」
「ぐっ、何を……ギャアアアアアアッ!」
「ま、待て……」
先の尖った千枚通しが、盗賊の親指の爪の間に差し込まれる。
それだけでもかなりの痛みがあるだろうが、影治は容赦なくそのままテコの原理で爪を引き剥がした。
「まずは1枚な。ついでにもう2、3枚いっとくか」
顔色ひとつ変えず物騒なことを呟いた影治は、容赦なく人差し指、中指と同じことを繰り返していく。
「どうだ、何か思い出したか?」
「知ら……ねえっつってんだろうが……」
「そうかそうか。なら何本目で思い出すか試してみよう」
まるで良いことを思いついた! と言わんばかりの口調の影治に、盗賊達はひやりとした汗をかく。
それは何も盗賊達だけでなく、様子を見ているダッドや護衛達も同様だ。
しかし誰も影治を止めることは出来ず、尋問されている盗賊の悲鳴を聞きながら、誰も動けず今しばらくこの場に留まることになるのだった。