第128話 昇格試験
まだその値段で承諾もしていないのだが、筋肉男は機嫌よく内訳を説明していく。
今回はドロップの他に、融合魔石も2つ査定に出している。
オークの魔石を基に、限度の半分ちょいくらいまで融合した魔石が2万ダン。
前回と同じゴブリンの魔石だが、限度少し手前まで融合させた魔石が1万ダン。
あとはその他の魔石の合計が大体3万ダンで、残りはドロップの価格だ。
なお前回と今回で、融合魔石や一部の高ランク魔石以外の魔石は大体売りさばくことになる。
あとはかさばるドロップ品や、シャーゲンの領主館でかっぱらってきた品などを残すのみだ。
「その金額でいい。買い取ってもらおう」
「おうよ! これが代金だ。確認してくれ」
帝国貨幣が普通に流通している町なので気にしてはいたのだが、筋肉男が差し出したのはガンダルシア王国が発行している貨幣で統一されていた。
今回は取引額も大きく、10万ダンを超えることになっていたが、差し出された貨幣の中にミスリル貨は含まれていない。
転生最初はどんな貨幣が流通しているのかすら知らなかった影治だが、今ではその辺はしっかりと把握している。
小銅貨1枚が1ダンで、おおよそ日本円換算で10円くらい。
そして大銅貨が10ダン、小銀貨が50ダンと上がっていき、大銀貨となると500ダンとなる。
その先が1枚5000ダンの小金貨、2万5千ダンの大金貨と続き、ミスリル貨となると1枚で10万ダンだ。
ただミスリル貨は特殊な魔術的加工を行っているらしく、流通している数が少なくて大きな取引などでしか使われないという。
「最初からある程度細かくしてくれてんだな」
「まあな。ミスリル貨は当然だが、大金貨を4枚渡されても困るだろ?」
筋肉男が用意した貨幣には大金貨も含まれておらず、小金貨や銀貨が中心だった。
店舗を持たない露店の店主などは、小金貨ですら普段取り扱わないような店も多い。
いちいち両替しなくて済むので、影治としてもこの方が助かる。
「それもそうだな。じゃあこいつはもらってくぜ」
100枚以上ある硬貨はそれなりに嵩張るし、小金貨も交じっているせいか重さもそれなりにある。
ベルトポーチには収まりきらないので、背負い袋の中に収めた。
「じゃあな」
「あ、ちょっと待ってくれ」
これで用事は済んだとばかりにそのまま倉庫を出ていこうとする影治に、筋肉男が呼びかける。
「エイジ、ついでに昇格試験を受けてみないか?」
「ああ? 昇格試験だあ?」
「うむ。ひとりでこのレベルの魔物を倒せんなら、十分上のランクでもやってけんだろ」
「そんな簡単に昇格していいのか? さっき登録したばかりだぞ」
「そりゃあ一気に6級や5級にする訳にもいかねえが、お前の実力なら8級までは即昇格してやれんぜ」
筋肉男の話によると日々の依頼達成も査定に含まれるのだが、昇格するには強さも求められる。
10級では脅威度Ⅰの魔物を、9級では脅威度Ⅱの魔物をソロで倒せる程度の実力が求められるのだ。
「ふーん、8級か。そうなりゃ少しは買い取り価格も上がるんだよな?」
「ああ。それに8級ともなりゃあ、町に入る時の通行料も3割引きされるぞ」
「よし、受けよう」
「そう来なくっちゃな! んじゃあついてきな」
一口にギルド証といっても、ハンターギルド、冒険者ギルド、商人ギルド、鍛冶ギルド……などそれぞれ別個にギルド証を発行している。
中でもハンターギルドと冒険者ギルドは10段階にランクが分かれており、他のギルドでもそこまで細分化されていないが、何段階かのランクが存在する。
そしてそれぞれのランクに従って、町の通行料などが免除される仕組みだ。
ハンターギルドの場合は、8級で3割引き。
これが5級まで行くと完全に免除され、ギルド証を呈示すれば無料で通れるようになる。
「ついてきな、とか言ってたけどすぐ傍じゃねえか」
「訓練所まで行くのもだりいからな。少しスペースがありゃあ十分だ。さあ、かかってきな!」
「しかもかかってきなって、お前と戦うのか?」
「言ったろ? 実力を確かめるって」
「昇格試験としか聞いてねえよ! ……ま、いいけどな」
筋肉男に案内された場所は、倉庫内の物が置かれていない少し開いたスペースだった。
そこで筋肉男は腕を回したり簡単な準備運動をしている。
だが武器を手にする様子はない。
「素手でやりあうのか?」
「ん? 別にそっちはなんでもいいぞ。俺のスタイルが格闘ってだけだ」
「へぇ、珍しいな」
この世界に転生してから対人戦も経験してきた影治だが、武器を持たずに戦うスタイルの相手は少なかった。
前世と比べて身体能力が優れていたとしても、やはり武器を使った方が簡単に攻撃力を得られるということなのだろう。
「お前らは後ろで様子見てろよ」
「ぴぃ」
「グィ……」
荷物を端に置いた影治は、ピー助達を下がらせると筋肉男の前に出る。
だが腰の剣を抜く様子の無い影治に対し、筋肉男が訝しそうな表情を浮かべて言う。
「なんだ? そいつは使わんのか? こっちが素手だからって気にしなくていいぞ」
「いや、これでいい」
「そうか? まあお前がそう言うんならいいけどよ。剣を使ってなかったから実力を出せなかったーだとか、後でぬかすなよ?」
そう言って両拳を打ちあわせる筋肉男は余裕に満ちた態度をしている。
190センチ近くある身長に、恐らく体重も100キロを優に超えているであろう頑強な肉体。
対峙する影治も、それが見せかけだけのものでないことには既に気付いている。
「いーから始めようぜ。アンタをぶちのめせばいいんだよな?」
「ハハハッ! そうだな! 出来るものならやってみろ!!」
しかし影治も影治で筋肉男同様に余裕綽々の態度を崩さない。
そして昇格試験は始めの合図も無しに始まった。
「ハアァァァッ!」
その巨体に似合わない敏速な動きで一直線に影治へと迫り、丸太のような腕をぶん回してくる。
それは技術も何もないパワーとスピードだけの攻撃であったが、一直線に影治へと向かい最短距離で己の拳を打ちこむことには成功しており、踏み込みの早さも併せて容易に回避できるものではない。
「よっ」
しかし影治は筋肉男が一歩踏み出す瞬間の筋肉の動きから、どのような動きをするかまで瞬時に読み取り、筋肉男の暴力的なパンチを捌く。
「ぬあああああぁぁぁぁ!」
だが筋肉男もそれだけでは止まらない。
一度間合いを詰めたからには、打てるだけ打ちこむ。
巨大な拳がまるでマシンガンのように浴びせられるが、そのどれもが影治にまともにヒットしない。
「ぬぅ!?」
流石に息継ぎもせずに連続でパンチを放っていた筋肉男は限界を迎えたのか、影治の脅威の捌きに唸りながら、フェイントを交えつつ後ろに下がる。
「逃がさん」
体格差があるため、直接筋肉男まで攻撃が届かなかった影治だが、相手が後ろに下がるフェイントを読んで、先回りする形で間を詰める。
そして浴びせるは四之宮流古武術、当身技のひとつ乱撃。
傍目から見ると、先程の筋肉男のようにただ拳を打ちこんでいるだけのように見えるが、その実幾つかの種類のパンチがランダムに撃ち込まれている。
体内にダメージと通す浸透系に、表面部分に効かす打撃系のパンチ。
そして鋭い刃のように表面を切り裂く斬撃系のパンチに、中指一本拳のように突起のある握りに変えて急所を穿つ刺突系のパンチ。
筋肉男は丸太のような両腕と分厚い筋肉に覆われた胸板によって、普通に殴られた程度ではピクリともダメージを受けないくらいに体を鍛えていた。
その肉体の強固さは並大抵のものではなく、格下の剣士に腕を斬られても軽い切り傷しか追わせられないほどに並外れている。
だが刃物を持っていないハズの影治の攻撃によって、その自慢の肉体が切り裂かれ、時に耐えがたい苦痛を感じ、ガードしても中身にまでダメージが響き渡っている。
この訳の分からない事態に、しかし筋肉男は歯を剥き出しにして笑う。
「ワハハハッ!! いいぞお前! ならこっちも本気で行かせてもらおう!」
野獣のような声を上げると、攻撃を仕掛けていた影治の視界からフッと筋肉男の姿が消える。
その次の瞬間ッ! 影治は真横からトラックに跳ねられたかのような強い衝撃を受け、倉庫の奥の壁へと吹っ飛んでいった。