第122話 病気治療※
「試したいこと?」
「ああ。見たところ、あんたは何らかの病にかかってるみたいだな」
「病……。そう、ですね。私は生まれつき体が弱くて、よく病にかかるんです」
「ならちょっと試させてもらえないか? 俺は傷を治したり毒を消したりといった魔術は使えるが、病気を治すってのはまだ使えないんだ。恐らく少し練習すれば使えそうな気がすんだよ」
影治としては善意という部分もあったが、言葉通りに回復魔術の幅を広げようという目的があった。
この申し出に対し、ルーナはしかし困惑の表情を浮かべながら答える。
「あの……ですが、うちにはお支払いするお金の余裕がありません。それに――」
「こちらから申し出てるんだ。別に金を取りやしないよ。つうか、練習相手として付き合ってもらいたいのはこっちの方だ。時間もそう長く拘束したりはしない」
「ルーナ、お前の言いたいことは分かるが無料で見てもらえるってんなら、やってもらったらどうだ?」
「……では、お願いします」
はじめは乗り気ではなかったルーナだが、ダナルに説得され了承の返事を出す。
「ほぉ、病気の治療とな? 光魔術にそんなのがあるなんて聞いたことないが、よほどハイクラスな魔術かオリジナル魔術ということかい?」
オリジナル魔術というのは、一般に広まっていないような魔術のことを指す。
師匠から教わるにせよ魔術書などから学ぶにせよ、魔術を練習する際はある程度有効的なものから優先して覚える。
影治からすれば簡単な魔術名の発音が、この世界の魔術師からすると殊の外ネックとなり、新しい魔術を使えるようになるのに時間がかかるからだ。
だから「ヘソで茶を沸かす魔術」なんていう、ピンポイントでニッチな魔術があったとしても、誰もそれをわざわざ練習しようとはしない。
このような魔術は魔術師一族に代々伝わっているだとか、魔術師ギルドや魔術を教える私塾や学院などに伝えられているだとかしない限り、すぐに使い手が途絶えてしまう。
そして、治癒魔術として知られている光魔術であっても、病気を治すものは存在しないと言われている。
病気の治療ともなれば、昔から多くの光魔術の使い手によって研究されているはずだ。
それが今もなお病気治療の光魔術の話を聞かないとなれば、よっぽどハイクラスであるか、或いはそういった光魔術が存在しないということの証でもある。
「使うのは光魔術じゃあない。回復魔術だ」
「回復魔術? 聞いたことないねえ。特殊属性かい?」
「ふむ、やっぱあんま使い手がいないのか? そうだ。特殊属性の魔術の1つだな」
魔術の属性には火、水、風、土、氷、雷、光、闇の8つの基本属性と、それ以外の特殊属性が存在している。
だがそもそも基本属性の魔術すら使い手が多くないというのに、特殊属性となると更に使い手は少ない。
嘆きの穴の底でグレイスに魔術について教わった時、彼は魔術についてかなり精通しているようであったが、それでも特殊属性についてはそこまで詳しくなかった。
「少なくともワシは聞いたことないの」
「これでもバーバは猫人族にしては珍しく魔術が使えんだよ。それに見てのとおり年も食ってるし無駄に知識も多い。そんなバーバが知らないってこたぁ一般的じゃあないってこった」
「年を食ってるは余計だよ! ジェネスはもう用は済んだろ? リースが飯作って待ってるんだから、とっととお帰り!」
「わ、分かったよ。じゃあ、またな」
影治とバーバの会話に口を挟んだジェネスは、最後に挨拶をしてダナル宅を出ていく。
だがバーバは影治を家に泊めると言ったせいか、影治とここに残るようだ。
「んじゃあまあ、早速やるか」
「お願い……します」
そう言うルーナの表情は、どこか暗い。
光魔術では病気は治せないという話を聞いたせいか、あるいは他の理由からか。
何にせよ、回復魔術によるルーナの病気治療が始まった。
「ちなみにあんたの病気はどんな症状が出てるんだ?」
「そうですね……。体がだるかったり、熱が出たり……。あとは関節が痛くなったり、寒気を覚えたり……」
「要するに風邪の諸症状ってことだな」
影治が暮らしていた前世の地球でも、風邪は身近な病だった。
それでいて抵抗力の弱い子供や老人の場合、時に命の危険をも有する。
特に衛生的、栄養的に問題のあるこの世界の一般的な人たちであれば、より重症になりやすい。
「薬師に調合してもらった薬で少しは症状が治まってるんだけどよお。それでもいつも辛そうにしてるのを見てられねえんだ。娘たちまで救ってもらっておいて図々しいってのは承知の上だ。頼む! 少しでもルーナを楽にさせてやってくれ!」
「あなた……」
「まあちょっと黙って様子を見ててくれ」
「お、おお……。分かったぜ」
余程心配なのか、黙りはしたものの強い視線を送るダナル。
その視線の強さは若干影治の集中力を削いだが、ルーナの額に手を当てて目を閉じた影治は、徐々に集中力を高めていく。
回復魔術について、影治はクラスⅢまで使用することが出来る。
戦闘中に多用する【体力回復】がクラスⅢ回復魔術だ。
だが火魔術などのように、誰かから魔術名を教わってもいないし、自分で魔術を開発したりもしていないので、使用出来る回復魔術の数はまだ少ない。
「んー、とりあえず直接的には関係ないが体力回復を掛けておこう」
「ん……、これは……」
「ど、どうした!?」
「なんだか少し元気がでてきたみたい」
「おお、本当か!?」
「喜ぶのはまだ早い。今のは体力を回復させただけで、病そのものを取り除いた訳じゃねえからな」
先に【体力回復】を掛けたのは、ルーナが大分弱っているように見えたからだ。
次に影治は病を治すというイメージを思い浮かべていく。
この世界の人にとって、病とは得体の知れないナニカだ。
だが現代日本で暮らしていた影治は、それがウィルスや細菌などによるものだということを知っている。
それはイメージが重要である魔術開発にとって、大きくプラスに作用した。
目には見えない細菌やウィルスを1つ1つ破壊するような、そんなイメージを構築していく。
更にそれでいて、健康な細胞や必要な善玉菌などは決して傷つけず、体に悪影響のあるものだけに効果を及ぼすよう意識する。
10分程イメージの構築をした影治は、そこから回復属性の魔力を用いて徐々に実験を繰り返していく。
魔術の発動に失敗すると、その分の魔力は大部分が放出され大気中に消えていく。
しかし失敗は失敗でも、術者のみに分かる手応えのようなものは感じ取れる。
豊富な魔力を持つ影治は、何度も何度も失敗しながら、少しずつイメージや魔力の操作を調整していき、病気を治療する回復魔術の開発を続けた。
「おっ!」
そうして30分ほどが経過した。
ダナルらが黙って様子を見守る中、影治が声を上げる。
と同時に、ルーナの全身から一瞬淡い光が発せられた。
「あ……」
思わずルーナも声を上げる。
光が収まってからは、ずっと続いていた体のだるさやら熱などの症状が嘘のように収まったのだ。
「治った……みたいです」
「おお、おおおおおおおぉぉっ!!」
茫然とした様子のルーナと、獣のように喜びの声を上げるダナル。
やがて神妙な顔つきをしたルーナが、礼を述べる。
「あの、私の病気を治していただきありがとうございます。お陰様で体調も大分良くなりました」
「いや、ううん……。これはまだだな」
「え? そいつぁどういうことだ?」
本人が復調を伝えているというのに、影治は納得した様子を見せていない。
それはルーナのどこか沈んだ表情にも関係している。
そして影治は困惑しているダナルらに、懸念していることを伝えた。