第111話 シャーゲンは、三度、悪夢に苛まれる
「第3分隊、第4分隊下がれ! 代わりに第5分隊と第6分隊が入る!」
「分隊長! ポーションか治癒魔術の使用許可を願います!」
「ならん。まだ在庫があるとはいえ、この調子だと最後まで保つか分からん」
「そんな!」
坂を上って迫ってくる魔物達相手に、兵士達は隊列を組んで対処していた。
中には腕が未熟なのか、数人がかりで1体の魔物を相手にしている者達もいる。
彼らは領主が控える館を守ろうと懸命になっているせいか、正面玄関から出てきた影治にも気づいた様子はない。
「んー、あの様子だと玄関ホールから逃げた奴は、外に逃げ出した訳じゃあなさそうだな」
ゾフタフとの戦いの最中逃げ出したグルグは、外に逃げるのではなく館内に引き篭っているようだ。
そのことを少し気にしながらも、影治はまだこちらに気付いてないなら恰好のチャンスとばかりに、100人近くいる兵士達へと、容赦なく【火球】を降らす。
その際セルマと戦っていた時とは違い、1つにまとめて威力を高めるのではなく、3つバラバラに別の場所へと放っている。
当然威力は弱くなるのだが、3重に発動しているだけで1つ1つは普通の【火球】と同レベルであるので、兵士達はバッタバッタとなぎ倒されていった。
「な、なんだあああ!?」
「背後から!? まさか、突破されたのか?」
「いや、違うぞ! あそこにいる亜人が撃って来やがった!」
流石に派手に魔術を撃ちこまれれば、誰しもが影治の存在に気付く。
突如現れた正体不明の相手であるが、髪の色からすぐに亜人だと知られたようだ。
慌てたように影治に向けても兵を送るような指示が出されるが、影治の3重同時詠唱の【火球】によってそのほとんどが倒されていく。
「分隊長! 前方の魔物達が!!」
「ぬぅ、先程の命令は撤回だ! ポーションでも治癒魔術でも何でも使って、この場を切り抜けよ!!」
前門の魔物、後門の影治と敵に挟まれた兵士達は、形振り構わず対処に当たる。
一発で大ダメージをもらう【火球】の雨を潜り抜け、どうにか影治に肉薄した兵士達は、今度は影治の手にするレッドボーンソードによって命を狩られていく。
あれだけの魔術を放っておきながら、影治は物理戦闘も得意としている。
魔術師など近づいてしまえば無力化出来ると思っていた兵士達は、死をもって自らの考えが甘かったことを悟った。
「ぬうっ、館はどうなっておるのだ!? 中にはゾフタフ様も控えていたというに……」
この場の指揮をしていた男が、すがるような目つきで館を見遣るが建物は沈黙したままだ。
「中にいた連中なら死んでるよ」
「何ッ――」
指揮官の男は、思わぬ近距離から聞こえてきた声に思わずそちらを振り向く。
するとそこには、向かってきた兵士達を全て返り討ちにした影治が迫っていた。
「お前も死ね」
「かはっ……」
無慈悲な言葉と共に、指揮官の男は首を剣で突き刺される。
そして最後に大量に血を吐き出しながら指揮官の男は倒れた。
すでにこの段階で、生き残った兵士は10人未満という有様であり、そのほとんどが坂の下から迫ってくる魔物の対処に追われている。
「……にしても、これだと俺たちも下まで行く途中に魔物に絡まれそうだな」
チラッと影治は背後を振り向く。
そこにはチェスと、その上に乗ったままのピー助がいた。
「うーん、とりあえず……【軽やかなる風】」
「グィィィッ……」
影治はチェスに対し、対象の敏捷を引き上げる【軽やかなる風】を使用する。
謎の箱生命体? であるチェスだが、事前のチェックでこうした補助系の魔術がチェスにもちゃんと効果があることは確認済みだ。
チェスは戦闘能力こそ皆無だが、無機物だからなのか疲れというのを感じない。
更に4本足で走った時の速度はそれなりの早さだったので、敏捷を強化してやればそこそこの早さにまで引き上げられる。
「いいか? 別にこの程度の魔物なら倒すことは出来るが、道を塞がれでもしない限りは極力倒さずに進むぞ」
「ぴぃ!」
「グィグィ」
影治の声が聞こえていたのか、魔物と戦闘中の兵士が何名か影治の方を振り向く。
そんな兵士達に、影治は個別に【炎の矢】などの単体攻撃魔術を放つ。
【火球】だと周囲の魔物にもダメージを与えてしまうからだ。
そんな嫌がらせをしつつ、魔物と戦闘している兵士の脇を通り過ぎて坂を下る影治達。
脇を通り過ぎる時に兵士達が罵声を浴びせてきたが、影治は素知らぬ顔して先へ進む。
「おうおう、本当にうじゃうじゃいやがるな」
坂の途中には魔物が何体も徘徊していた。
それらの魔物は、影治がダンジョンの中で遭遇したことのある奴ばかりだ。
そのことから、何らかの理由でダンジョンの魔物が外に溢れ出たのだろうと影治は推測する。
「って、あれかあ?」
襲い掛かる魔物から逃げつつ坂を下りていた影治は、途中の切り立った崖部分に、ぽっかりと開いた洞窟のようなものを発見した。
以前影治がここを通った時は、兵士に抱えあげられた状態だった上に日も暮れていた。
だがこれほど大きな穴はなかったはずだ。
見ればこの穴の奥から魔物が這い出てきているのが見える。
「これはいわゆるダンジョンスタンピードって奴かねえ」
影治が以前読んだことのある異世界ファンタジー小説には、そういった設定のある作品が幾つかあった。
ダンジョン内で溢れた魔物達が、ダンジョンの外にまで侵攻していくというものだ。
だが今回の件に限って言えば、こうなってしまったのはダンジョンコアに大量の魔力を与えた影治が原因である。
「おー、くわばらくわばら」
しかしそんなことは知らない影治は、他人事のように横目に通り過ぎていく。
移動中に影治はあともう1か所似たような穴を発見し、そこからも魔物が溢れ出ているのを確認した。
そして最下部では最上部と同じように兵士達が隊列を組み、坂を下ってきている魔物達の侵攻を防いでいるようだ。
前線では兵士と魔物が激戦を繰り広げているが、魔物の中にはまだ少し高さのある坂道の端部分から、街中へと飛び降りていく個体もいるようだ。
そのせいで、付近の街中にもそれなりの数の魔物が侵入してしまっていた。
中でも飛行系の魔物などは、次々に街中へと降りている。
ムササビみたいな魔物、トビリス程度なら街の人でも武器があれば対処できる。
しかし大きなトンボの魔物、ウィンドフライレベルの相手になるとかなり危険だろう。
「うーん、こっからだと距離が足りんな。グレイスに教わったアレを試してみるか」
そんな阿鼻叫喚の中、魔物ではなく兵士達を攻撃すべく、影治は新たな魔術の使い方を試すことにした。