第107話 ダンジョンコア
「おう。色々情報助かったぜ。あんがとな!」
影治が感謝の言葉を述べると、セルマは名残惜しそうにゲートを潜り抜けていった。
そのゲートはどうやら空間魔術とは別物のようで、彼女の主であるデグレストの魔法によって開かれるのだという。
空間魔術で同様のことをするのはほぼ無理とのことだったが、魔法であるならば影治にも再現は無理ではないはずだ。
後学のために、影治はジックリとゲートが発動し、やがて消えていく様子を【魔力感知】などを使用しながら観察する。
「ぴぃ」
「ああ、今度こそ出口に向かおうか」
ゲートが跡形もなくなってからも少しの間観察を続けていた影治だったが、ピー助に促されるようにしてようやく動き出す。
部屋の奥には少しばかりの通路が続いたが、すぐに階段にぶつかる。
「また階段かよ」
思わずそう呟いた影治だが、今度の階段は常識的な範囲のものだった。
フロアにして2層か3層分の螺旋状の階段を上ると、終点へと至る。
そこは長方形の部屋状の構造になっており、階段のある位置から反対側には小さな扉があった。
部屋の中は地下迷宮エリアとそう変わらず、何かオブジェが配置されていたりということもない。
ただこれまでのエリアとはどこか異なる雰囲気を影治は感じていた。
「……ま、行けば分かるさ」
とはいえ、今更ここで足を止めても意味はない。
影治はさっさと部屋の奥にある小さな扉を開ける。
ズズズッ……っと金属製の扉を押し開けると、その先には小部屋があった。
小部屋といっても、広さは一般的な日本の家の敷地より広い。
入って右手側には更に扉がありまだ先がありそうな様子だが、それより影治が気になったのは部屋の中央に置かれていた台座だ。
「もしかして、これがダンジョンのコアという奴か?」
この世界のダンジョンの仕組みなど知らないが、影治のイメージするものと近いものが台座の上に設置されていた。
それは黒い水晶玉のようなものであるのだが、完全な球形をしている訳ではない。
……というより、元は真球に近い形状だったと思われるのだが、あちこち破損したような形跡が見られた。
大きさは直径50センチほどで、一抱えするような大きさだ。
破損した部分は、そこだけギザギザに尖っていたり亀裂が入っていたりしており、うっかり床に落として割ってしまったのを、自己修復機能のような感じで修正されたような見た目をしていた。
「まあ、元々こういう形だったって可能性もあるけどな」
視覚的な観察を行いながらも、影治は視覚だけでなく【魔力感知】でもコアと思われる黒水晶を調べる。
すると、黒水晶の内部からは濃密な魔力が渦巻いていることが感知出来た。
膨大な魔力量を持つ影治ですら、思わず触れるのをためらうほどの魔力だ。
「……ちょっと触れるくらいなら問題ないよな?」
「ぴぃ?」
「ギィィィ……」
誰にともなく問いかける影治に、ピー助とチェスが答える。
ピー助の方は行っちゃえ行っちゃえ! というノリだが、チェスの方は触れても大丈夫なの? と少々不安そうだ。
だが彼らの主である影治は、湧き上がる好奇心を抑えきれず、そっと黒水晶に触れてみる。
「……うむ。触れるだけなら問題はなさそうだ」
試しに魔力を流し込むと、まるで砂漠に水を零したかのようにスルスルと吸収していく。
調子に乗って魔力をガンガン流し込む影治だが、特にこれといった変化は訪れない。
「うむ、これはたいしたもんだな。よし、いっちょどこまで行けるか勝負だ!」
これまで魔力が枯渇した経験のない影治は、これを機にどの程度まで魔力を放出できるのかのテストも兼ね、ガンガンに魔力を流し込んでいく。
今後滅神剣を限界まで使う日が来るかもしれない。
魔力が枯渇すると具体的にどのような異常が発生するのか、影治はここで把握しておくことにした。
幾ら流し込んでも吸収されていく魔力は、まるで永遠に小便が止まらないかのような妙な感覚を影治に与える。
しかし感覚的に3分の2ほど魔力を注ぎ込んだあたりから、少しずつ体調に変化が生じ始めた。
「むう? 少し気だるさのようなものを感じてきたな」
すでに相当な量の魔力を流し込んでいた影治。
だがまだその表情には余裕が見られる。
しかし更に魔力を注ぎ込んでいくにつれ、影治の顔色も比例して悪くなっていく。
「うっ……、なる……ほどな。魔力を使い過ぎると……こうなる……って訳――」
初めて体験する感覚にフラフラとする影治。
体が揺れ動くだけでなく意識まで鈍っていたのか、魔力注入を取りやめるタイミングを誤り、限界まで魔力を注ぎ込んでしまった。
パタンッ。
「ぴ、ぴぴぃ!?」
「グィッ!?」
その結果、影治はその場で意識を失ってその場に倒れてしまうのであった。
ガタッ……ガタガタッ…………。
次に影治が目覚めたのは、体に振動を感じたからだった。
それはピー助達は影治の体を揺すっていたという訳ではなく、部屋全体から振動やら鈍い物音やらが聞こえてきていたのだ。
「んん……なんだあ?」
「ぴぴぃ!」
意識を取り戻した影治は、すぐ近くで嬉しそうに鳴き声を上げるピー助に気付く。
倒れる直前に感じていた体の不調はすでになく、しっかりとした足取りで立ち上がった影治は周囲を見渡す。
部屋の様子は何ひとつ変わっていないようだったが、どこからか発生している振動と音はまだ聞こえてきている。
「どうも発生源は複数個所からのようだな」
「ギギィ……」
「少し前からこの状態が続いてるって? ……やっぱタイミング的に俺が魔力を注いだせいかね」
もしかしたらダンジョン内部に大きな変化が起こっているのかもしれない。
しかし今更前のエリアに戻って確認するつもりもないので、影治としてはもう少し様子を見てから、最初に発見していたもうひとつの扉を抜けるつもりだ。
だがまずは状況把握を兼ねた休憩をしつつ、呑気に食事を取り始める影治。
多少の振動など、地震になれた日本生まれの影治からすれば、さして気にするレベルではなかった。
せいぜいが体感で震度3程度だったからだ。
「場合によっちゃあそのまま生き埋めの可能性もあったが、本当にやばかったらさっきの段階まで戻ろうにも既に手遅れだっただろうしな。揺れも収まったようだし、活動再開と行くか」
食事を終えた影治は、右手側にあった扉へと向かう。
中央部に設置されたダンジョンコアには興味があるものの、ここで取り外してしまったらダンジョンの機能が停止することはまず間違いない。
まあそもそも取り外しが可能なのかどうかも不明だが、影治としてはわざわざこのダンジョンの機能を停止させるつもりもなかったので、少々後ろ髪を引かれたがそのままにすることにした。
そうして扉から出た先。
そこはこれまでとはまたガラッと雰囲気の異なる場所であった。