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悪い事やると老ける

補足


筆者は税の知識は浅いです


エッカー河の崩れた桟橋から森に入る。

廃れた営造物に進む道途も、はなはだ清閑な景色だ。

数十年前は夜でも煌々と照らされていた路は、今や獣すら見かけない。


昼夜問わず稼働していた鉱山が閉鎖され、それに連なる職が不要になったからだ。




 ◇




この地で従事していた多くの人間の胃袋を満たした、食堂の跡から音がする。


ガタガタと板を動かしたような音

人間の荒い呼吸音。


「クソっ!騙し、たッぁーって!、

 テメェが馬鹿だからだろっ!頭が、悪いんだろよッ!!」


ガタッ!と何かが開いた音。


かつての食堂の倉庫跡に、屋根を突き抜けた樹木の洞が出来ていた。

まるで獣が住家にするように、空いた穴を土や枝で塞ぐと、

そこは天然の隠し部屋になった。

多少、知恵の回る人間なら敬遠するように偽装したのだ。



フェルトベルクを出てから数年かけて、

男は王都を含む数か所の都市の有力者達から【集金】と称して金銭や証券を回収した。


相手は投資話の信託と思っていたし

男は相手をしてやった対価と思っていた。


男は仕事に励んだので、寝ぐらに置いておけない貴重品が溜まって来た。


身近に貴重品があると危険になって来たから、どこかに隠して措かなくては。


今は誰も寄り付かない場所でも、この土地を管理するのが仕事だった一族の

跡継ぎだった男が、最後に頼ったのは此処だった。




 ◇




男は夢を語っただけだと思っている。


酒に溺れる親父を見捨てたお袋に。

かつて男の実家で使ってやった使用人達に。

王都へ一緒に旅立った従弟に。


男の考えた儲け話を実現して欲しいと話した。


『ここは管理してるだけで、お前の土地じゃないよ』とお袋は言った。

『アンタに納税する筋合いはない』と使用人だった奴らは言った。

『お前は商会(ウチ)経営者(オーナー)じゃないよ。』と分家筋だった従弟は言った。


『それはお前の夢のハナシだよ』と皆が言った。


男の話を聞かない奴らを相手にしてもしょうがないから、

話を聞いてくれる人達カモを見つける事にした。


相手を煽てて良い気分にしてやり、夢のある楽しい話をした。

男は夢を語る仕事をしたから、給金を貰っただけだ。

吟遊詩人のようなものだ。


『必ず儲かります!』なんて誰でも言うじゃないか。

『うまくいったら』や『可能性が有ったら』が抜けてただけで。


上流階級の人々は婉曲した表現が良いから読み取れないのは『学が無い』人達だ。

相手がそう自己紹介をしているようだと、男は腹の中で笑っていた。


男は人達カモを楽しませたから、お代を貰っただけだ。




 ◇




男がフェルトベルクに戻ったのは、都会に疲れたからだ。

沢山の人間相手の【仕事】は記憶力がモノを言う。

色んな奴の相手をすると、整合性が取れなくなる。


ある朝、男は気分転換に()()を鏡で見てみた。


【仕事】に入ると、男は短期間で別人になりきる為に色々やった。


無理に太って体型を変え、潮時になると痩せて逃げて行ったり。

髪色を変えて髭を生やしたり、あぁ、髪も抜いたりしたけれど

変装をしていない時の、自分の顔をじっくりと見てみたら

『俺はこんなに歳を取ったのか』と思った。


偶にバッティングしないように、従弟の商会を監視していたが

まるで従弟の父親のように見えた。


「違うだろ、俺の親父に似てきたんだ」


男は笑った。

涙を流して大笑いした。


男は、いつかの大公殿下のようにバカ笑いをしているが、

今、鏡を見たら

あの日の自分が『ハースト様みたいで腹が立つ』と言っているだろう。


男は大公殿下のようになれない。

あれほど『ピカピカした』人達はいなかった。



だから男はフェルトベルクに戻った。



【仕事】をリタイアしたら、真っ当な人間の痕跡(ロンダリング)が必要だから

今まで使用しなかった『取って置き』に生まれ変わった。


真っ新な人間だから、出来心でなんとか領役所の事務員に潜り込んだ




「まぁ、貴方はここに勤めていたの?」


ある日、ばったり出くわした領主代行の女が声を掛けて来た。


男は『最近、こちらに来たんです。』と、初対面だと主張した。


女は暫く考えて『あら!ごめんさいね。よく似た人がいたのよ』と

愛想を振りまいて去って行った。



本当に覚えている筈がない。

だが、喉に引っ掛かった小骨があるような気持ちになった。


また移動するか?と、男は考えたが

前の【仕事】の時効が一年を切ろうとしている。


様子を見ようと欲が出た。




 ◇




領主が代替わりして、女は役所に来なくなった。

世襲した息子は本当に初対面だから、もう心配いらないだろうと男は安堵した。


新しい領主はやたら視察に出る。

気取った言動をしているが、容姿に似合っていたから領民の反応は悪くなかった。


ただ、この領主は人を集めるのが上手い。

母親はトンチキな事を言うが意外と根回しをする常識的なタイプなのに

息子の方は澄ました顔をして勝手に決定する。


そんなこんなで色々やらかしたらしいが

フェルトベルクの名物祭で、動員が増えたらしい。


男が困ったのは、この領主が地方でやっていた秋祭を領都でも開いたのだ。


役所の冴えない事務員でも以前の【仕事】の関係者達に

出くわさないとも限らない。


領主は男の都合なんか知ったこっちゃないだろうが。


男は嫌な予感がした。

そうして前の【仕事】の時効が数か月となったある日。


王都で従弟が逮捕された。


男の前の【仕事】(投資詐欺)の首謀者としてだ。


確かに男の【仕事】の顧客には貴族様もいた。

だが男が作った【仕事】を担当させた架空人物から従弟に辿り着くには

まだ時間がかかるだろうと踏んでいた。


まさか時効まで持たなかったなんて。

このままじゃ、真っ当な経歴になった(生まれ変わった)今の男の所まで辿り着いてしまう。


先に時効が来て、実刑にはならないだろうと予想していたからだ。、

従弟の黒い噂は立つが、その内、捜査も打ち切られるだろう。


商会の転落のキッカケになるかもしれないが、それはそれだ。

どうせ王都で成り上がったんだから、叩けば埃も出るだろう。


どのみち従弟には多少のドロを被って貰おうと思っていたが

男は別に従弟を憎んでいるわけじゃない。


本家の跡取りの自分より裕福になったんだから

ちょっとぐらい良いだろう、程度の軽い気持ちだった。


とにかく時間稼ぎをしようと男は思った。


時効まで持つぐらいの、時間稼ぎになるちょっとした何かを。





 ◇





告発状


フェルトベルク大公領に脱税の疑いがあります。


・エッカー河の護岸工事に伴い、灌漑工事発注にかかる水利地益税の隠匿


・カイン・フェルトベルクの成人に伴う大公爵世襲までの期間の

 王国封土的諸収入に当たる相続税の隠蔽


期間は、前大公夫人エルヴィラ・フェルトベルクからカイン・フェルトベルクへの

領主交代の前後です。




閲覧頂きありがとうございました。

楽しんで頂けたら幸いです。

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