ある男について
今回は一人称視点があります。
ある男の記憶
ある日、親父から『今度の領主が新しく学校を建てたから、顔を出してこい』と命令された。
「今日は領主の奥様が挨拶に来るんだってよ。
地主のウチが顔ぐらい出してやらねえとなぁ~」
新しく領主になった大公殿下が、ここは学校が無くて教会で授業をしていたからって
皆が一緒に勉強できるように学校を作ったそうだ。
この地は『タミンゾク』で、色んな言葉を使っているから
共通言語ってのを決めて、これからソレで勉強をしていくんだとさ。
ウチも一つの民族の族長だから、森で鉱物を運搬する中継所を管理している地主様ってわけだ。
いつもは授業なんかに行かなくていいって言ってるのに、親父は一貫性が無い。
「ハースト様が戻ってきたら、うちは小作人のマネなんかしなくていいんだ」
地主は金の計算が出来りゃ、勉強なんかしなくてもいいらしい。
最近は親父の口癖『ハースト様が帰ってくれば~』に
お袋は冷めた目で聴いてるの分かってんのかな?
多分、中継所が閉鎖して、ハースト様が居なくなった頃からだよな。
◇
新しくできた学校は領都の外れにあった。
道路に近いし、家畜の世話をやっているヤツらも勉強できるように
学校の窓から見える所に、放牧出来る草原があるからだ。
まぁ、だだっ広い草原の中に建てたって事だよ。
領都つっても、ここから山が見えるんだけど
前の領主のハースト様は綺麗な景色が見えなくなるからって、
砦や城壁で囲ってなかったからな。
おかげで何年か前、辺境じゃないのにデッカイ魔獣が生まれた時に
当然、領都もヤラレて何人も死んだ。
そんでハースト様も逃げたんだってさ。
『あんな所に居られるか!オレは王都に帰るッ!!』って。
それからまた何年かして、大公殿下が来たって訳だ。
大公殿下はハースト様の館に住んでるよ。
最初は領都の中に館を建てようとしたけど、城壁が無いから
『先に領都を囲わないと、また領民に被害が出る』って言いだした。
でも領都どころか山の方まで、なんにも…砦すら無いってんで、
仕事が無くなった炭鉱夫達を林業で雇って、壁の代わりに植林しだした。
そんで河を工事して農家を増やして、領民の生活を底上げってのを先にしなきゃダメだってんで
ハースト様の館に住む事にしたんだってよ。
今は自分の家を建てる金が勿体ねぇんだってさ。
大公殿下はハースト様より偉いらしいけど、ホントかな?
ハースト様より若いし、縦長…ハースト様はデブじゃねーやデカかった…
あー、縦長じゃなくてガッチリしてるって言うのか。
大公殿下はガッチリしてて?ピカピカしてた。
なんか光ってた。
そんで横にいる女がなんか言うたんびに、すっげぇ笑ってた。
やっぱりハースト様より偉いかもしんない。
だってバカ笑いしてんのに、なんかハースト様と違って腹が立たなかった。
そんで顔がイイ。みんな『キレイ…』てなってた。男なのにな。
横の女もキレイだった。女神様みてぇだった。
そんで光ってた。ビッカビカだった。
大公殿下が『妻が頼もしくて最高だ』って女に言った。
女神様じゃなくて奥様だった。
お迎え式ってのやった時の事だから、お袋もいてさ。
『今度の領主様は、きっといい人だよ。皆の言葉で話しかけてるよ』て言ってたな。
そっから、お袋は大公殿下派だったわ。
◇
「勉強って面白くないわよね」
教壇で挨拶は長いから要らないと断って来た奥様は、
代わりの質問タイムで最初からカマしてきた。
『ワカる~うふふ』じゃねーよ!って青くなる先生達。
「自分が知らない事って、何が何だかでツマラないもの。
……そーね。
先刻食べたチェリーは今までで一番美味しかったわ。
王都で食べた事が無いぐらいだって言ったら、ここで採れたチェリーだったのよ!
王都では結構なお値段なのに、ここのチェリーの方がずっと美味しかったわぁ」
それが何だってんだよな。
「じゃあ、どうして王都にこの土地の果物が出回らないの?って聞きましたわ。
それはね、王都に売りに行ってないからなのよ。
ここは鉱物を王都に運んでいたのに、今は携わっていた人が居なくなったから、
ちゃんと王都で商売が出来る人もいないのよ。」
「だからね。この学校は王都の共通言語も勉強します。
言葉が解るようになっただけで、王都で商売をして大儲けが出来るかもしれないじゃない?!
誰もわからない事は面白くないわ。だけど知らなかったらチャンスすら無いんだから!
勉強って、その先にある何かの為なのよ。」
失敗しちゃう事もあるけどね~ウフフと笑う奥様。
やっぱりなんかキラキラしててよ。『これぞ貴族』って思ったね。
俺はあんまり勉強しなかったから、なんて言えば……やっぱ思いつかねーな。
◇
俺より年下の従弟は頑張って学校に行ったらしい。
お袋が言ってたよ。『王都で商売する為だ』ってさ。
親父がバカにしてた分家筋が、ここで造った酒を王都で売ってるんだとよ。
今じゃ殆ど王都に移っちまって、最後まで残ってた従弟が王都に上京するって言うから
ついて行こうとした。
「同行するのはいいけど、住居は自分で見つけてくれ。」
「おーっ!言うねぇ。」
王都に入るまでだって言ってたけど、本当にそこで別れるなんて思っていなかった。
『アンタも最後のチャンスだろうから餞別だ』って数枚の銀貨をくれたよ。
親父みたいに『今まで面倒見てやったんだから恩を返すのが当たり前だ』つって
俺が寄生すると思ったんだってさ。
あー、そうかよ。じゃあな。
俺だって準備してきたんだ。
◇
男はフェルトベルクから王都へ向かう道中、従弟の癖や立ち振る舞いを覚えていった。
その従弟からの餞別の金を使って髪を切り、古着屋で服を買った。
従弟に似せて身なりを整え、名前を偽り、商隊に潜り込んで王都に程近い都市へ出て行った。
到着した都市の商工会で、従弟のように受付嬢に挨拶した。
そうそう、大公領から王都に向かう道中で従弟と話した思い出話。
あの時話していた、子供の頃のマネっ子遊び以来だった。
「失礼するよ。
実はこちらに向かう途中で追剥に会ってね。
荷物を投げ出して、命からがら逃げてきたんだ。」
『大変な目あったのですね』と同情する受付嬢に
「それで相談なんだけど、少しお金を用立てて欲しいんだ。
手持ちに、商工会の割符を粘土で型を取った物があるんだけど
これって身分証明にならないかい?」
道中で従弟の荷物から、粘土で商人用の割符の拓型を取っておいた。
その拓型から割符の再発行の手続きをして、借りた金も含めて全部を
王都にある従弟の実家の商会へ請求するように、商工会に頼んだ。
◇
それから男は忙しくなった。
本当にしっかりした身分は従弟のものだから、
それが通用する内に、男は自分で自分を保証する事を繰り返し、
数人分の人間を作成した。
実在しない人間達だから、正しく作成だ。
そして住所を点々と移動した。
住まいじゃない、拠点と数人分の寝ぐらを作る為だ。
そうしていよいよ、男は働き始めた。
数年後、
とある商会を中心に、貴族をも巻き込んだ投資詐欺事件が発覚した。
首謀者とみられる男は逮捕されたが、騙し取られた金銭や証券は見つかっていない。
閲覧頂きありがとうございました。
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