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熱中に注意

トーマ君のターンです。


少し世界観を説明しています。

転生者達のトークで一か所【WWW】などの表現があります。

一年前、トーマは父から王都に住む事を命じられた。

辺境伯後継者は姉兄の二名に絞られ、トーマは領地から王都に移った。


本当はトーマは辺境伯一族から離籍されようとしていたらしい。

だが、最終的には一族に残る事になった。

次期辺境伯の為に、王都の社交担当になったからだ。




トーマは異世界転生者らしい。

確かに、ここではない何処かの───まぁ地球なんだけど、

そこでの生活を途切れ途切れに思い出す。



小学校から体育会系で部活に励み、どちらかと言えば漫画やアニメに疎く、

学生時代に多少ビデオゲームに嵌っていた程度で、それも就活時期に辞めていた。

新卒社会人になると時間が取れない趣味だったからだ。


そう、トーマの意識は社会人経験者なのだ。


現在のトーマの歳は十にも満たない少年なので、周囲は子供として扱う。


トーマは、それがとても気恥ずかしい。




そんなトーマに、色々と教えてくれたのはローゼッタ嬢───メイだ。


違う人生の記憶に戸惑いつつ、しかし周囲に相談が出来なかった。

第三者から見れば不安定な精神状態の子供に見えただろう。



メイとは王都で出会った。


王都のタウンハウスの事で、メイの父、ローゼッタ侯爵と話を始めた父を

お利口さんに待っていたトーマに、メイはこっそりと囁いた。



──────『富士山』と



あの時の衝撃は忘れない。


この世界で独りぼっちと思い込んでいたトーマに、

最短で仲間の存在を教えてくれたのだ。


これほどうれしい『富士山』はなかった。





 ◇




メイが言うには意外と転生者はいるらしい。


ただ、この世界は地球より身分制度が強いから複雑だ。

トーマは恵まれた環境で生まれたけど、性善説で全てを受け入れないようにと教え込まれた。



恵まれた環境には異論があるが、一先ず異論は置いといて。


父は、王都の社交界での貴族としての立ち回り方を学ばせる為に

王都出身のヴェリー卿を護衛官につけた。

何故ならトーマが生まれ育った領地は、魔獣が存在する地であり

初めて王都を見た時は『なんて暢気なんだろう』と思ったぐらいの落差だった。


同じ世界、同じ大陸、同じ国と思えない程だった。



実家は激戦区。大陸一の激戦区。


実家の辺境領は、この王国、否、今やこの世界でも珍しい魔獣やなんやの激戦区なのだ。





 ◇





収穫祭の準備の為、カイン大公殿下はトーマを連れて領都から程近いチェリー農家にやってきた。

エルヴィラ夫人から

『美味しい果物が食べられるから、一緒に見にいってらっしゃい』と押し付けられたのに

カインはトーマの面倒をよく見てくれる。


新生ダークチェリ―収穫祭は、カインが領主になって二度目の開催になるそうだ。


チェリー農家の地域は領都からほぼ一本道に位置するので、領都で開催をしていない。

秋祭の主体である酒造所と違い、さほど各地に点在していないからだ。


もっとも遠方の農家もあるわけで、その場合は付き合いのある主催地の近隣農家に頼んでいるそうだ。

ダークチェリ―は、畜産が定着するまで領地を支えたマスト農産物らしい。



「やはり河に沿って再開発だな。」


トーマは農家の陳情を受けていたカインの顔を見上げる。


「畜産も目途が付いたし、そろそろ道路の整備を再開しよう。

 去年はヘルツォーゲン一帯に雪が多かった。数年続くと水源地辺りの森はまだ心もとない。

 今の内に河川沿いから整備を始めよう」

「恐れながら領都の整備を優先させるべきでは?」

「……まだ森が育っていない今こそだ。整備の為にまた切り開く必要が無い。

 オクシタン型が出ないとも限らん。」



トーマには、秘書に指示を出している仕事モードのカインは極めて真面目に見える。


あまりサブカルに触れてこなかったトーマは

メイが言う【あの病】は詳しくない。

ただ前世で中学生の時に、似た雰囲気の同級生がいたなと思い出した。


確か大学生の頃にはいなかったと思うけど、彼らは元気かな?と、つらつら回想してみる。



「どうした。つまらんか?」


カインの言葉にトーマは首を振る。

傍目には領主様に連れられた子供だから、領主が面倒を見ないと誰も相手にしてくれない。


農民はカインから『堕落しない(お腹を壊さない)程度に黒き果実を彼に』と命ぜられ

『?これかな…??』と、収穫したばかりのダークチェリーを

お腹一杯トーマに食べさせてくれた。


カインの言い回しに理解力があるのか、

はたまた嘗ての罹患者なのか。


トーマは機嫌が良い子供に見えるように願って、スキップをしてみた。

なぜかトーマの中では子供らしい行動はスキップで、

その上、運動しないと体調が悪くなりそうだったからだ。



 ───本当につまらない話の訳がない。

ヘルツォーゲン(ホルン)を超えた先にトーマの日常があったのだ。


日々、人間性を捧げ続け、毎日心が折れそうになる、あの地が───



「オクシタン型は討伐されたんじゃ…」

「コルティナのおかげだ。

 あの地が耐えているからこそ、我らの安寧がある。」


周囲は『また殿下は………』の空気だったが、カインがコルティナに言及した事にトーマは驚いた。



あれは何年前だったか。

今は王家直轄領になっているオクシタニア地方で猛威を振るった大型魔獣(オクシタン型)

当時の王家はヘルツォーゲン(ホルン)を越えた先の地に追い払った。


その地の名はコルティナ


──────【魔領】コルティナ





 ◇





視察を終え、領都に帰る筈のカインの馬車は休憩中だ。



「あちぃーな、だれか魔法でも何でもいいから涼しくしてくんねーかな~」

馬に水をやりながら御者が唸る。



コルティナ辺境領は魔法どころか、何でも出来ないと生きていけない。

だからコルティナの領民の大部分は魔法が使えるようになる。

生きていればの話だが。



 ──────この世界の魔法が絶滅危惧種なのは些か理由がある。


遥か昔は大気中に魔力が含まれていた。


人間達は魔力を動力源にした【魔道具】を造り、

体内でも魔力を生成出来る人間は【魔法】を生み出した。


人類が世界の長となり千秋が過ぎた頃

突如、生態系の中に魔力で生成される【魔獣】が現れた。


魔獣は人類を腹が膨れる栄養素と見做した。


人間は敵対生物になった魔獣を討伐したが、

魔獣を殲滅した地域の魔力が無くなっている事に気づいた。



文明が進み、人口が増えた事で大量に魔力が生成され続けて、過剰に供給された魔力は飽和を迎え

行き着く先は異形に生まれし世界になった。


人間が生成した魔力を魔法として放出しなければ、魔獣は生まれないとされている。

その為に人類は魔法を棄てた。

問題は、誕生させてしまった生態系が絶滅するのは簡単ではない事だ。


なぜなら、元々から()()()()()()()()()()()()()()()()()()から

大気中に含まれていたわけだ。

一定の濃度を超えると魔獣を生み出す法則が紐づけられた生態系。

その法則は自然発生した魔力も関係なく適用された。


大陸には魔力が自然発生する地域は数か所あれど、

その最大最凶地域がコルティナだ。


豊富な魔力が自然発生していたコルティナには、

日常的に魔獣が溢れ、一時期放棄されていた。


魔獣は自然発生した魔力と共に、大気の流れるままに無人と化したコルティナを超え、

再び人類の居住域を脅かし始めた。


その時、

現王家の始祖が側近を送り、辺境伯を創立させた。

辺境伯は兵を率いて溢れた魔獣を殲滅し、魔獣の生息域をコルティナの地に押し返した。


以来、コルティナに留まった辺境伯率いるコルティナ領の献身で

王国の平穏は保たれている。


コルティナの地では人類と魔獣の壮絶な生き残りの戦いが

()()()()()()()()()



───メイの言いつけが蘇る


『辺境領以外で、殆どの人は魔法を使えないの。

 ………魔女狩りみたいになるかもって言えば、わかるでしょ?』


この世界は地球で言う所の産業革命前夜の文明レベルに近い。

その上に科学と魔法が入り交じり、迷信が強い影響力を持っている。


無暗に魔法を発動すると、異端者扱いになるかもしれないそうだ。





でも、こんな時はどうすれば



「殿下……殿下…

 

    大丈夫?」


今、カインは大量の汗を掻きながら馬車の中で倒れている。

おろおろとトーマはカインを介抱していた。


そりゃ初夏でも長袖黒衣に黒マント。

悪路では足の遅いトーマを肩に乗せ、雷雨明けの農地を長時間、視察し続けた。


熱中症だろう。


【あの病】のカインは伸びている姿を見られたくないだろうと、トーマなりに気をつかって

室内が暑くても馬車の窓を閉めている。


トーマはコルティナの魔法の使い手だ。

コルティナ産の魔法は多種多様にわたり、この世界の他の地の魔法とも一線を画す。

メイが『属性縛りが無いのはチートよ』と、むくれるぐらいだ。


実は、トーマも自身にエアコン魔法をかけている。

常に使用者の体の快適温度に保たれる優秀な魔法だ。


───魔法で回復(ヒール)しようと思って窓を閉めたけど

   魔法使ったってバレたらヤバいよな………


真意は分からないが、コルティナに敬意を感じる発言をした

カインを早く回復させたいのに。



外にいる、お付きの人達のお喋りが聞こえた。


「今や大陸全土でも魔法の使い手は……」

「そうだな、コルティナ辺境領の民ぐらいしか居ねーんじゃねぇか?」


「いや、あそこの情報はなかなか出ないからな。都市伝説ってなぐらいだよ」



いるよ、目の前になッ!


カインをスポーツトレーナー張りにハンカチで仰ぎながら

トーマ・コルティナはいたたまれない。




 ◇




「それでトーマ君のハンカチを被ってたのね……」


なんとかハースト邸に戻ったトーマはメイ達と情報の擦り合わせをしていた。

馬車から降りて来たカインは、なぜか頬っ被りスタイルだった。


被っていたハンカチは、眼の覚めるような青の生地に金糸の美しい刺繍が施された逸品だった。

トーマはカインを冷やす為に、エアコン機能付きハンカチを渡したのだ。

魔力を込めれば恒久的に使用者の心地よい気温にする、メイ垂涎の逸品だ。

カインは()()()黙ってくれるかもとトーマは思っている


今はメイの荷物を解いていると理由を付けて、メイ達はトーマの客室で作戦会議をしている。

雷雨で間に合わなかったもう一台、メイの護衛や侍女を乗せたローゼッタ家の馬車が到着したのだ。


メイの護衛や侍女は選りすぐりの転生者達だ。


因みにトーマの護衛のヴェリー卿は生粋の現地民。

つまり転生者ではない。

だが【魔領】コルティナ一族の護衛につくだけあり、口が堅く余計な事は言わないから

作戦会議には強制参加させられている。



「それで、僕のクラバットを差し上げようと思うんですが……」


トーマはコルティナ辺境伯の次男坊だ。

貴族として常に高級品をまとっているが、実はコルティナ特有の秘密もある。


「魔法紋章だったっけ?……あれ、良いわぁ


 あれはイイわ。」



コルティナ領では魔法研究が進んでおり、この世界では仏恥義理トップだ。

その研究分野に【魔法紋章学】がある。


紋章によって魔法を発動する学問で、トーマの衣服は小物に至るまで、その魔法紋章が施されている。

そのおかげでトーマの衣服は全てに、自動エアコン魔法機能が付いている。


夏は涼しく、冬は暖かい


トーマは魔法の使い手なので、自分でエアコン魔法が発動出来るのにも拘らず、

コルティナ一族はトーマの為に、せっせと専用衣服を量産させている。

トーマは成長期で、すぐにサイズが合わなくなるのにだ。

しかも一回限りのプリントではない、魔力を込めた刺繍でトーマ専用に量産させている。


メイは、否、それを知る者は全員がとても羨ましい。


───あれは良い物だ。


誰かの壺を想定した、メイ恒例、前世絡みの心の声だ。


トーマが手にしているのは、カインにプレゼント予定のクラバットのようだ。

『また新品の衣装だわ』と、メイや侍女達がガン見していたが、

黒髪銀目のトーマに合わせた、光沢のある黒地の絹に銀糸の刺繍が施されたクラバットだ。

キラリと光るビーズは魔力のバッテリチャージャーとして、魔法の永年継続を可能にしている。


この後トーマが退出したら

『良く見れば刺繍についてるビーズ、小さいジルコニ───ブラックダイアモンドだわぁ』

『うっそだろ、シルバ〇アじゃねーの?』

Bゼット(ビーズ)でもええんやで』

『それはそれで欲しいわWWW』と、メイ達は前世トークで騒いだ品だ。


コルティナには、ドロップ品でレアな宝玉鉱石がゴロゴロ落ちているが、

ドロップ品なら拾いに行ってもいいかとの質問には

『うーん、まぁ、僕達を連れて行かないんだったら普通は死ぬよ』

───トーマ先生談 である。


美しい刺繍の製作者は

【魔法文様作家アプ・スー氏 カイゼル髭 もうすぐ40代】は秘密だ。

()()()()()()なのにデザインのみならず、他分野の魔法紋章学もイケる

仕事の出来る男である。


トーマは母譲りの黒髪だが、金髪碧眼が多いコルティナ家だから

髪色が違うトーマの衣服は金や青が多く使用されている。

普段、使用しづらい色で仕立てる事が出来るのがトーマ専用が量産される理由の一つだ。


そんな洋服事情のトーマが黒地のクラバットを選んだ理由は、

これが好きそうなデザインだろうと、カインに気持ちを寄せたのかと

メイ達はアルカイックスマイルで流した。



「ただ、問題は子供サイズのクラバットだから

 殿下には長さが足らない事と、継続使用には魔力チャージが必要なんですが


 殿下は………魔力を持っていません……」



──────あぁ、神よ

      

      なぜ銀の騎士に試練を与えたもうのか

     

      黒き幼児が可哀想である



途中メンドウ臭くなりながら、メイは頷いた。




閲覧頂きありがとうございました。

楽しんで頂けたら幸いです。

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