8 契約
ニコニコ笑顔のハヤテが差し出したその手を、
あ、握手か。と反射的に掴んだ瞬間。
キイィーン
と甲高い音が響き、繋いだ手に紫色の光が溢れる。
「え、なに、なにこれ!」
「契約成立!」
ハヤテがそう叫ぶと、光が止み、私とハヤテの掌に同じ印が浮かぶ。
「これはセイラン家の家紋……」
カイが呆然と呟く。
「そう。俺と姫様が一生の主従関係になった証。これから姫様をこの命をかけて、生涯守り抜く。契約は、どんな方法を持っても、お互いの強い同意無しでは解除できない。」
「一生?」
「どちらかが死ぬまでの強い契約。セイラン家のね。」
というか、私、まだ同意してなかったよね?!
なんで握手しちゃったの、私!
「あ、安心して。この印は、姫様のはすぐ消えるから。」
あ、ほんとだ。もう消えかけてる。
「まあ、見えなくなるだけで、消えてないんだけどね。俺の印に触れると、浮き出てくる仕組みだよ。」
へー。
なんだかよく分からないけど、ずっと手に家紋がタトゥーのように出ているのは困るからよかったわ。
て、そこじゃない、そこじゃない。
「いやいや、勝手にこんな契約結んで、セイ兄様にバレたらやばくない?」
「あ、確かに。いくら護衛といえども、兄様に相談せずにアリスに兄様が知らない男を近づけたら、めちゃくちゃ怒られるな。」
二人で顔が青くなる。
カイ、しかもそれを考えないで、契約結べって言ったんだ。
「やばいな、マジで。俺の命がやばい。怖い。」
ガタガタ震えて、顔色が真っ青になるカイ。
そんなに怯えるなら、なんでちゃんと考えないのよ!
「その兄様って、リエラの第一王子のこと?」
ハヤテが手に黒の手袋をしながら、聞いてくる。
「そう。セイ・リエラ。兄様の噂聞いたことない?」
「あー、あの歴代最強に近い魔力を持って生まれた上に有能。養子に迎えた妹を溺愛している。だっけ?」
兄様のシスコンって、陰の国まで知れ渡ってるの?!
そしてその情報必要?
「あー、もしや、その妹って……」
「私?だよね。多分。」
ハヤテが頬っぺたを引き攣らす。
「うわ、やべー。リエラの第一王子の妹に手を出すと、国家レベルの恐ろしい災厄が降りかかるから、そこだけは気をつけろって、島を追い出されたときに、親父に言われたのに!」
恐ろしい災厄って!最終兵器かな?
私そんな引き金握ってたんだ。そうか。
「まあ、その情報間違いじゃないと思う。兄様は、アリスが絡むと暴走半端ないし、最近は父様も止められない時があるし。あの人の強さは世界最強って言い過ぎでも何でもないくらいだし。」
「マジで?!あー、でも契約解除なんて絶対やだし。俺の主人は絶対姫様がいいんだよなー。」
頭を抱えるハヤテ。
世界最強のシスコン兄を引き金にしても、諦めないその根性!
ある意味あなたはすごい。
私なら秒で諦める。怖いから。
何がどう強いとか詳しくは知らないけど、
身近にいるから分かる得体の知れない絶対強者のオーラ。
それを浴びた日には溺愛されている私ですら、即死を覚悟しちゃうあの怖さ。
兄様の必殺笑顔で人を殺せるオーラを思い出しながら、ブルっと震える。
「そもそも、どうしてカイは、ハヤテの主人になれって言ったの?」
「アリスは、陰の国は知ってるんだっけ?」
「影の一族が暮らす島国でしょ?確か地図にも記されていなくて、どこにあるかも正確にわからず、影じゃないと辿り着けないのよね?」
「ああ。位置情報はともかく、人口や生活、島の状況、外観まで、全部が謎に包まれてる。その陰の国の統治者が、ハヤテの一家。セイラン家だよ。」
「へえ。ハヤテって凄いんだ。」
私がそう言ってハヤテを見ると、ハヤテは目を輝かせて
「そう、俺ってば、めちゃくちゃお買い得物件なんだよ。」
と胸を張る。
「セイラン家は、影の始まりとも言われる一族。影の能力の頂点。この世の歴史的偉業を成し遂げた偉人たちは、みんなセイラン家の影がついていたという噂があるくらい。どの国の要人たちも、みんなセイラン家の影を雇いたがる。でも、セイラン家だけは自分達から探すことはできない。神出鬼没。セイラン家が支えても良いと思った相手の前にだけ、ある日突然現れるんだよ。だから、セイラン家の影がついているものは、それだけで全世界から認められたも同然。そして簡単に命を狙われなくなるんだ。相当な実力がないと、下手な暗殺者じゃ返り討ちになるだけだからな。」
情報多いな、カイ。
とりあえずそんな凄い影が、私を主人にって、どう考えてもありえない。
私は王女だけど、別に国の要人でも何でもないし、特別な力があるわけでもない。
セイ兄様やパパについてもらったほうがよっぽどいいんじゃない?
「ハヤテ、なんか契約しちゃったみたいだけど、私はハヤテの主人になる資格はないよ。」
「なんで?」
「何でって、私は別に普通の人間だよ。特別な力とか使命とか重要な価値は何にもないよ。」
「いや、ある!」
キッパリと言い切るハヤテ。
「え?なに、なにがあるの?」
「可愛い!全世界一可愛い!」
はあ?ポカーンと口が開く。
「それは言えてる!」
ちょっとカイ!シスコンは黙ってて!
「俺はさー、正直主人に仕えるとか面倒で嫌だったんだよ。だからのらりくらりテキトーに主人探しもかわしてたんだけど、ついに親父がブチギレちゃってさ。で、島追い出されちゃったわけ。セイラン家なんて好きで生まれた訳でもないし、せっかく鬼のような修行したし、影をやるのはいいけど、むさ苦しい男にずーっと付きっきりとか絶対嫌じゃん?」
お、おん。なんか影も今時の若者っていうか、普通の男の子なんだ。
まあ私もずっと付き纏われるなら、むさ苦しいオッサンの影より、カッコいい男の子の影がいいけど。
「その点、姫様は可愛い!可愛いがすぎる!可愛いは正義!ずっと一緒にいても苦痛じゃない、むしろご褒美。これ以上の主人は存在しない!」
「えーと、それはありがとう?」
「こちらこそありがとうございます!姫様に仕える為に生まれてきた気さえする!」
ハヤテの目が段々宝石を見るような目になってきてるような。
まさかこの短い時間でそこまで……。
しかも何というか、自分で言うのもなんだけど、顔が可愛いだけで……。
「けど、問題はセイ兄様だよ。パパは、そんな凄い影よく見つけた!とか褒めてくれそうだけど、セイ兄様は何だかものすごーく怒りそうな気がする。」
「そうだな。兄様のアリス独占したい病は、やばいからな。護衛も自分が側にいるときは、自分が守るからいいって言って、どっかにやる人だしな。」
これはずっと一緒にいる私達の確信。
とにかくバレたらヤバイ!
「じゃあさー、俺ずっと隠れとくわ。」
「え、そんなことできるの?」
「もちろん。俺を誰だと思ってるんだよ。」
「極秘に雇うってことよね?えーと、そういえばハヤテってお給料いくらくらい払えばいいの?」
私もお小遣いというものはあって、毎月それなりの額を貰っている。
が、足りるのか?そんな凄い影を雇うのに。
「いや、要らねー。」
「え、じゃあどうやって生活していくの?ご飯とか家とか!」
「セイラン家は、影の元締めだからなー。ほんとは働かなくても金が入ってくるんだよ。当主の親父は、まとめ役つーの?影としては働いてないし。」
だから俺もダラダラしてたかったのに……と、ブツブツ言うハヤテ。
「でもそれじゃあさすがに。せめて他の影みたいに城に住めればいいんだけど。」
バレちゃうよね、すぐに。
「うーん。あ、じゃあさ、俺の影ってことにするのはどうよ?」
「カイの?!」
「そうそう。普段から、俺とアリスは一番一緒にいることが多いし、俺についているってことにしとけば、城の中も自由に動けるし。」
「ふーん。なるほどな。ただ、俺は姫様の命令しか聞かないけど、いいの?」
「いいよ。俺はあくまでもカモフラージュで。」
「でも、カイに命の危機が迫ってたら絶対助けてあげてね」
お願い!と、ハヤテを見つめると、
「う、な、なにその顔、可愛いすぎる、ヤバイ。もちろんそれが姫様の命令なら。」
と、顔を赤らめて了承してくれた。