7 出会い
ハヤテを拾ったのは、二年前。
私とカイが、湖のある森にピクニックに出かけた時のこと。
その日はパパとセイ兄様が泊まりで遠くの街に視察に行っており、私達も少し羽目を外そうと遠出をすることにしたのだ。
護衛がわりにレノア先生とシーナも一緒だ。
ちなみにシーナは、見た目や雰囲気は可愛らしいが、レノア先生の妹だけあって、魔力が高く、魔法もかなり使える。
攻撃魔法や回復魔法は一通り使えるため、侍女兼護衛も兼ねているのだ。
「うーん、静かで気持ちいいね。」
森に馬車が着くと、大きく伸びをしながら深呼吸する。
少し冷たい空気が清々しい。
「私たちはここでランチの準備をしていますから、散策してきていいですよ?」
そう言うとレノア先生が、念のため防御魔法の結界を掛けてくれたので、カイと2人で散策に繰り出すことにした。
咲いているお花を見たり、落ちている木の実を拾ったりしながら数分歩いたところで、カイがあくびをしながら言う。
「なんつーか、森だな。」
「そりゃそうでしょ、森に来てるんだから。」
「いや、なんか面白いものでも落ちてないかなと思ってさ。ただこうやって歩いてるだけじゃ飽きてこない?」
そう言って、カイは近くの樹を軽く揺する。
「もう、そんなことしたら鳥がびっくりするじゃない!」
「ってか虫とか落ちてきたりして。かっこいいカブトムシみたいなやつ!」
「む、虫!?やだっ、やめてよっ!!」
怖くなって思いっきりカイにしがみつく。
「冗談だって、わ!」
するとカイがバランスを崩して、後ろの木に思いっきりぶつかった。
ドンっ!
樹が大きく揺れた瞬間!
どさっ!!
木の上から大きな黒い何かが落ちてきた。
「きゃあー!」
思わず悲鳴をあげ、カイにぎゅうぎゅうとしがみつく。
「アリス、大丈夫か?!」
カイが慌てて庇うように私を抱きしめ、さっと立ち上がり
落ちたものを距離を取りながら観察した。
「って、うわっ、人じゃん!」
「え、人?」
「黒ずくめだし、これは影じゃないか?」
そーっと、私もカイから離れて、恐る恐る確認する。
あ。確かに人だ。
黒のターバン、黒のマスク、そして、黒の装束。
全身黒尽くめ。
でも影だとしたら、なんで木から落ちてくるの?
身軽で木から木へと飛び移れるはずだし。
そろそろと顔を覗き込んでみると、影(仮)は気を失っているように見える。
「ねえねえ、大丈夫かな。まさか死んだりしてないよね?」
嫌な予感がしながら、思いっきって影の体を揺する。
「アリス!危ないからあんまり近寄るなって。」
カイが慌てて止める。
「でも、木から影が落ちるなんて。気を失っているとしても大変だよ。」
そう言って顔の半分を覆っていたマスクをずらす。
なんだ、まだ子供じゃない。もしかしたら同じ歳くらいかな?
じーっと顔を覗き込んでいると、影の目がいきなりパッと開いた。
「……ん?うわっ、なに、天使?!」
がばっ!
影は思いっきり起き上がると、私の肩を掴む。
「きゃー!」
「アリス!」
また思いっきり悲鳴を上げた私に怯むことなく、影は私の顔をまじまじと見る。
「うわっ、声も可愛い。ってか天使がいるってことは、俺死んだ?昼寝してる間に殺された?」
「あのー、私、人間で、天使じゃないんですけど。」
顔を引き攣らせながら答えると、カイが思いっきり、私の腕を掴んで引き離す。
「アリスに近寄るな!お前は誰だ!」
「天使じゃないの?こんな可愛い人間存在するの?もしや女神か妖精系?!」
「っていうか俺たちの顔知らない?さては、お前リエラの住人じゃないな。」
フワーッと大きなあくびをして、影は体を伸ばしながら
「あー、昨日来たばっかだから、俺。」
とマスクを引き上げる。
あっ、こうして見ると細いけど背が高いな。
セイ兄様と同じくらいありそう。
「来たって、まさか里からか?!」
「里って、陰のこと?」
「そー。無理やり追い出されちゃって仕方なく。」
追い出されたって、何か悪いことでも仕出かしたのかしら。
はっ、まさか重罪人とかじゃないでしょうね?
嫌な考えが浮かんで、後ずさったその時。
グルグルグルー
「え?何この音?」
「ああー、そうだ、お腹空いてたんだった……」
影は思いっきりお腹を押さえて座り込む。
「今のお腹の音?もしかして食べ物ないの?」
「昨日から何も食べてないー、いきなり寝てたら船に詰め込まれて追い出されたからー。」
「それはかわいそうね。私たちお弁当を持ってきてるんだけど、一緒に食べる?」
「マジッ!やっぱ天使じゃん。俺、ハヤテって言うんだけど、天使は名前なんて言うの?」
ハヤテと名乗った影は立ち上がり、私の手を握る。
「だから天使じゃないんだってば!私はアリスよ。こっちは兄のカイ。」
ビシッ!
思いっきりハヤテの手をはたき落とすカイ。
「アリス、いきなり知らない人間をランチに誘うって、警戒心がなさすぎるぞ!危ないやつだったらどうするんだ。」
「だって何も食べてないってかわいそうじゃない。」
「だからって、危害を加えない保障どこにあるんだよ。大体いきなり追い出されたって、これからどうするつもりだったんだよ、お前。」
ハヤテは手をさすりながら
「あー。それが目的だよ。生きる目的を探すっていうの?唯一無二のご主人様探しをしなさいっていわれてさー。」
と答えると、
「それだっ!!」と目を輝かせた。
「アリス!俺の主人になってくれ!」
「反対!!」
カイが私を隠しながら、思いっきりハヤテを睨みつける。
「あんたに言ってないんだけど?」
「兄として、賛成できないって言ってる。ちなみに俺の名前は、カイ・リエラ。リエラの第二王子だ。そしてアリスは、第一王女。」
「うわー、アリスって天使じゃなくて、姫様だったの?!どっちにしろ似合うー。」
ガクッ。
ハヤテの物言いに思わず肩の力が抜ける。
普通は王族に会ったら、もうちょっとびっくりしたり、恐れ多いってなったりしない?
まあ、威厳の欠片もない私だけど。
「とにかく!王族の影に身分の保証もない怪しい影なんて雇えない。」
カイがきっぱり言うと
「ふーん。身分が保証できたらいいワケ?」
とハヤテが服の中に手を突っ込みゴソゴソあさる。
「あっ、あった、あった。これでどうよ?」
服の中から取り出したのは小さな巻物。
カイがハヤテから受け取り、中を開くと驚きで目を見開く。
「これ!まさかお前、陰の支配者一族のものか?!」
「当たりー。さすがにこの家紋は有名だねえ。俺はねー、当代の息子。って言っても五番目の末息子だけどね。」
「嘘だろ。当代の息子って、あのセイラン家の・・。」
「知ってんじゃん。俺の名前は、ハヤテ・セイラン。初めっから言えば良かったな。」
カイは真面目な顔になり、巻物をくるくる巻いて、元に戻すと、ハヤテに返す。
「アリス、こいつの主人になれ。」
「いきなり何?さっき反対してたよね、カイ。」
「話が早くて助かるよー。アリス、これからよろしくね?」
そう言うとハヤテは、満面の笑みで手を差し出した。
セイ兄様がいないと途端にハメを外しがち