6 家出計画
「こうなったら城を抜け出そうと思うの!」
あれから私そっちのけで、兄様やパパママが話をどんどん進めていき、外堀を埋めるとはこういうことかと、私は頭を抱えていた。
パパは、ランチ終了後、早速宰相に話を付けに行くし、ママは馴染みのドレスデザイナーを呼び出し、流行りのドレスの情報収集を始めた。
そして兄様は、予告通り、魔導士団の研究者たちを集め、転移魔法の魔法陣の組み直しを始めた。
「愛するアリス、待ってて。すぐに魔法を完成させるから。家を移動できたら、婚約する前に二人で住んでもいいからね。」
そう言って私のほっぺたにキスすると、魔導塔に籠りに行った。
もう、だから違う!
私は、兄様と婚約するなんて一言も言ってないし、ましてや家を移動させて欲しいだなんて言ってない。
全然話を聞いてくれない、いつもの3人をどうにもできる気がしない。
あの三人はいつもそうだ。
溺愛してくれているのは分かるけど、私に関することはさっさと自分達の都合よく進めていく。
いつものドレスの色だの、誕生日パーティーはどう言う雰囲気にするだの、そういうことなら勝手に決めてくれてもいい。
ただ、今回は違う!
流されてはいけない、人生がかかっている。
だったら逃げるしかない。
そうしよう。もうそれしかない。
「俺の部屋で怖いこと言うのやめてよ…。」
勢いよく家出宣言をした私に、困り顔でカイが言う。
「カイが悪いんだからね。あの時逃げて助けてくれなかったから、こうなったんだから!」
「いやいや、あんな恐ろしい魔力の冷気を放った兄様を目の前にして、俺ができることなんて、何もないからね。」
まあ、それは確かに。私も正直めちゃくちゃ怖かった。
いや、だとしても!
「とにかく私は初恋さえもしていないのよ?本当の両親みたいに出会った瞬間、一目惚れする相手を見つけることは無理でも、自然に出会った相手と普通の恋をしてみたいの。」
「うーん、それは俺も嫌なんだけど。変な男に引っかかって欲しくないし。」
「変な男かどうか、とにかく出会ってみないと分からないじゃない!今のこの状況じゃ、出会いたくても出会えないんだから。」
「でもさー、抜け出してどこに行くの?どうやって出会うの?」
「それなんだけど、王都周辺だとすぐにみつかる可能性があるから、サイラまで行こうかなって。」
「東の港町の?あそこは貿易の街だから、たしかにいつも外国からの商売人や旅行客で賑わってる。少し変装をすれば、紛れることができる……か。」
「でしょ?そこでまず、何でも屋ギルドに登録するの、もちろん偽名で!」
何でも屋ギルドは、冒険者ギルドとは違い、薬草を取ってきたり、いなくなった猫を探したり、はたまた人手が足りないお屋敷の使用人の手伝いをしたりと、その名の通りなんでも依頼できちゃうギルドのこと。
「いくら戦闘をする必要ないギルドだからって、絶対危ない!絶対だめ!」
カイがぎゅーっと私を抱きしめる。
「変なヤツと知り合いになって、連れ去られたりしたらどうするんだよ!」
「えー。色んな人と共同で依頼を受けたり、交流を深めることで、自然に出会いが発生!初恋をゲットだぜ!っていう完璧な作戦なんだけど……。」
「そんなに上手くいくわけないだろ!まあまず、そもそもどうやって抜け出すつもりかだけどな。」
「それが分からないから、カイの部屋に来たんじゃない!」
といいつつもこの計画は、バレずに城を抜け出し、さらに追手をかわしながら、市井に紛れなければいけないのだ。
うっ、難易度高い。
「俺がそんな大それた計画を成功させるアイディア出せると思う?」
「2人で考えれば何かいいアイディアが思いつくわよ。」
と言いつつも不安になってくる私。
カイも私も人を騙すのが苦手だし、回りくどいことができない性格なため、いつもサプライズパーティーをするとか、そういった秘密の計画はセイ兄様を全面的に頼ってきたのだ。
そして、抜け出すには、パパママより一番厄介なセイ兄様をどう誤魔化すか。
それには、セイ兄様が研究で篭っているこの大チャンスを活かすしかない。
しかし、あのセイ兄様を出し抜く方法なんてあるかしら?
私がうんうん唸りながら必死に考えていると、カイのめんどくさそうな顔が目に入る。
あっ、カイのあの顔……どうにかして私を諦めさせようとしてるわね!
全く頼りにならないんだから!
「ちょっとカイ、ちょっとは真面目に考えて……」
私が言いかけたと同時、
シュタッ!
天井から人が勢いよく降ってきた。
「なんで、どうして俺を頼ってくれないんだよっ!!」
全身黒づくめの格好、頭に黒のターバン、顔に黒のマスク。
そして黒髪、黒目の細身の男が、私に縋り付いてくる。
「姫様のためならなんでもするっていつも言ってるのに!今こそ俺を使ってくださいよぉ〜!!」
ぐりぐりと頭を私にこすりつけるように懇願する。
この男は、ハヤテ。
私に忠誠を誓う影だ。
影とは、通常の護衛とは違い、人知れず忍んで主人の護衛や諜報活動をする存在。
王家だけではなく、裕福な商人や政治家などは個人で影を雇い、身の危険から守ってもらっている。
「おい、離れろ、バカ!‥だけど確かにハヤテならどうにかできるかも?」
カイが、ハヤテを私から引き剥がしながら言う。
確かに、ハヤテは優秀な影。
かくなる上は……。
「ただハヤテと二人で行動するのは、別の意味での不安があるけど。」
「やっぱりそうだよね……」
いつの間にか、カイを振り切って私の腰にしがみついて、
「姫様ー」と恍惚の表情を浮かべるハヤテ。
その顔を見ながら、私とカイは大きなため息をつく。
今日も変わらず変態だ。
出会った時は、こうではなかった。
でも、一緒にいる時間が長くなるにつれ、どんどん私を見る目がなんだか怪しくなってきたというか……。
ちょっと向けられる気持ちが大きくなりすぎてるというか……。
影というよりもストーカーに近い粘着質なオーラを感じるというか。
何でこうなったんだろうか。
出会って二年。
カイと私の二人だけの秘密。
ハヤテが、私の影と知っているのは私達だけ。
カイはいつもアリスに巻き込まれがち。
でもシスコンなので許します。