2 私の名前
私の名前は、アリス・ワンダー・リエラ。
リエラは、この国の名前でもあり、王族のみが名乗れる家名。
元々、私はただのアリス・ワンダーで、平民だった。
お父さんは獣人の子孫で、見た目は人間と変わらないけれど、鋼の肉体と、とても強い戦闘能力を持っていて、それを活かして傭兵をしていたところ、王国兵団にスカウトされて、兵団の一部隊の団長をしていたらしい。
お母さんは、代々高い魔力を持つ家系の生まれで、魔法のセンスを活かし、王国の魔導士団で働いていた。
2人は、兵団と魔導士団の合同訓練で出会い、お互い一目で恋に落ちた。
出会って1ヶ月後に一緒に暮らし始め、3ヶ月後には式を挙げた。
そしてその時すでにお腹の中には、私がいたのだ。
猛スピードで駆け抜けた2人だが、余りの熱愛っぷりに周りも何も言わなかったらしい。
2人が出会っておよそ一年程で、私、アリスが誕生した。
両親が割と整った顔をしていたためか、見事にその血を受け継ぎ、生まれた瞬間からめちゃくちゃ可愛い顔をしていたと、小さい頃に両親から聞いた。
金髪の巻毛にエメラルドグリーンのぱっちりお目目。バッサバッサの金色睫毛。
スッと通った鼻筋。口紅をつけていないのにピンクの唇に、真っ白な透き通る肌。天然のピンクのチーク。
成長するにつれ、神がこの世に遣わした天使とか、生きているビスクドールとか、妖精の化身とか、それはそれはたいそうなあだ名をつけられ、周りからチヤホヤされた。
そしてそれは、王族である今の両親。王様『ジン・リエラ』と王妃様『シュリー・リエラ』も同じだった。
私が生まれる少し前、大変な難産で、第二王子カイを出産した王妃様は、悲しみに包まれていた。
これ以上の出産は身体が持たないと言われ、3人目の子供が産めない身体となったのだ。
2人の王子という後継に恵まれ、国的には問題はないと思われたのだが、王妃様は、ずっと娘が欲しかった。
それはもうすごい執着で、1人目に後継のセイ王子が生まれ、絶対に次は娘をと、生み分け方法まで研究し、妊娠、出産に臨んだらしい。
しかし、神様は味方をしてくれず(王妃様曰く)無事元気な男の子カイが生まれた。
昔から、可愛い娘と一緒にお茶会をしたり、買い物に行ったり、ドレスを選んだり、娘が生まれたらしたいことリスト100まで作っていた王妃様は、事あるごとに娘が欲しいと嘆き、小さなカイに無理やりドレスを着せたり、人形を与えたり、なんとかカイを犠牲にすることにより、悲しみを紛らわせて生活していたらしい。
そんな中、王国魔導士団に復帰することになったお母さんが、2歳になった私を連れて登城した。
そこで、なんと王妃様に一目惚れされてしまったのだ、私が!
「まあー、なんて可愛い女の子なの?こんなに可愛い女の子がこの世に、しかもこの国に誕生してたなんて!まるで天使じゃない!そうだわ!カイと交換しない?」
私を見初めて三秒後に放った王妃様のセリフに全員がドン引きした。
王妃様は、カイが嫌いなわけでもいらないわけでも勿論ないが、娘欲しい病が末期だったのだ。許してあげてほしい。
しかし、もちろんそんな言葉に私の両親はじめ、王国関係者及び何より王様が頷くわけもない。
だが、王妃様の強すぎるなんとか私と過ごしたいという要望により、私はお父さんとお母さんが勤務中の時だけ、王城で過ごすことになったのだ。
豪華すぎる託児所というには、格式高すぎる城内。
王族専用区域内での預かり保育。
しかも保育者は、メインが王妃様と王妃付侍女たち。
しかし絶賛娘欲しい病の王妃様の強い願いなので、誰も文句は言えない。
さらに、王妃様は3ヶ月かけて、王族専用区域内に私専用の部屋を用意した。
パステルピンクとパープルのストライプ模様の壁紙に、ふわふわのラメ入りパステルブルーのカーペット。
天井にはユニコーンや妖精の絵が描かれ、レースがたっぷり使われたベッドカバーが掛けられたお昼寝用の天蓋付ベッド。
クローゼットには、ぎっしりと王族御用達ブランドのオーダーメイドのドレスと靴が並べられ、ピンクのチェストには可愛いお人形やぬいぐるみが飾られている。
それはそれはもう王妃様の趣味全開のゴテゴテロリロリな甘っ甘のお部屋。
アリスと書かれたネームプレートまでドアに掛かっている。
いくら王国兵団と魔導士団で働き、元々王の信頼も厚かった両親の娘とはいえ、
ただの平民の娘の私に、王族専用区域内に部屋なんか与えちゃっていいのかよとツッコむところであろうが、
王妃様の娘欲しい病に悩まされていた王様の同意もあり、見事に私専用部屋が爆誕したのだ。
お母さんが勤務中は、ほとんどその部屋やお城の庭で、王妃様とカイやセイ兄様と一緒に過ごした。
お母さんは結婚と同時に、お父さん率いる兵団のサポートをする魔導士団に配属になっており、遠征がある時などは、両親揃って不在となる為、私は当然のようにお城にお泊まりすることになった。
私の両親の遠征が決まると、王妃様はガッツポーズを決め、すぐさま私のネグリジェをオーダーし、子供と一緒に入れるバスルームまで作った。
私は、王妃様と一緒に専用バスルームで子供ながらエステを受け、スパに入り、王族家族とディナーを頂き、夜は寂しいだろうということで、王妃様のベッドで一緒に寝た。
ここまでくると養子なのでは?もううっかり王女にでもなっちゃうのでは?という扱いだが、
私のお父さんとお母さんも、もちろん私を溺愛していたので、きっちり勤務が終わると回収‥連れ戻しに来た。
私も仲の良い優しい両親が大好きだったし、生まれ育ったほのぼのした相応の家に帰るとほっとした。
所詮は庶民なのだ。
そうして、王族家族と実の両親との幸せな?二重生活が続いていた5歳の夏、悲劇が起きた。
王都の近くの森に突然モンスターが大量発生し、討伐に行った両親が、モンスターの攻撃に遭い、亡くなったのだ。
両親の尊い犠牲により、モンスターは無事討伐されたのだが、私は孤児になってしまった。
仕事に出ていった両親が亡くなったことを受け止めきれず、パニックになりながら泣きじゃくる私を、
王妃様を筆頭にセイ兄様、カイが変わるがわる抱きしめ、ずっとそばにいてくれた。
そして、この頃にはすっかり私のただのファンと化していた王様は、関係各所に根回しをし、私を養子に迎え入れた。
「アリスの本当の両親には敵わないかもしれないが、私たちはアリスを娘として、惜しみない愛情を注いでいきたいと思っている。アリスもいつかこの城が自分の家だと、私たちが本当の家族だと感じてくれたら嬉しい」
王様はそう言うと、私の頭に小さなティアラを載せた。
そうして私は、アリス・ワンダー・リエラとなったのだ。