11 説得
私はすっかり涙がひっこんだ目を大きく開いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
勇気をだせ、アリス。
チャンスは今しかないっ!
「ごめんなさい、私セイ兄様のことは本当に兄としか思ってないんですっ!」
セイ兄様の膝に乗った状態で言うセリフでも無いと思うが‥言った!
恐る恐る兄様の顔を見上げる。
セイ兄様は、それが何かとも言いたげな顔で
「うん、知ってるよ。この前聞いたし。」
と、私のほっぺたを軽く撫でる。
ああー。
がくっと思わず項垂れる私。
そうだった、これは確かに言った。
な、ならば。
「あの、こんなこと兄様に言うのは酷いとは思うんですけど……。私、恋がしたいの!」
よし、今度こそ!伝わったんじゃないか?
私の勇気を振り絞った一言に兄様は
「うん、しよう。僕も頑張るから。」
と、ニコニコ笑顔で、私の頭を撫でる。
「え、何を頑張るんでしょうか?」
「もちろんアリスに惚れてもらう努力をするんだよ。今まで兄としか思ってもらえてないなら、今からスタートラインに立ったと思って、本気で頑張るよ。」
そう言って、私の髪を1束掬って、キスを落とす。
美形すぎる兄様がすると破壊力半端ないアプローチとも取れる行動に、キュンと胸の奥が締め付けられる音がする。
ここから本気を出すとは一体・・・。
秒で、秒で落ちてしまうのでは?
い、いやいや流されてはいけない。
伝わるまで伝えねば!!
「違います。えーとそうじゃなくて、重ね重ねごめんなさい。城を出て色んな人と出会ってみて、そこで普通の恋がしてみたいの!」
「駄目。」
恐る恐る繰り出したお願いは、兄様によって、即時却下された。
「アリスは全然自分の可愛さをわかってない」
はあーっと大きなため息をつきながら言う兄様。
「城を出たら、アリスの可愛らしさで、すぐに数多の男たちが、アリスの愛を乞うて殺到するだろうね。中には良くない立場のものや、強引な手段で連れ去ろうとする者も出てくるかも知れない。」
「私だっていざとなれば、レノア先生直伝の魔法で自分の身くらい守れるんですからっ。」
兄様の言葉に一瞬怯んだものの、拳を握って宣言する。
そうだ。伊達にすごい魔導士に魔法を習ってない。
いざ危ない目にあった時用に、防御魔法を中心に必要そうな魔法は一通り習得している。
「ふーん」
兄様の少し冷たさを感じる相槌の後、どさっと私の身体がベンチに押し倒される。
瞬く間に兄様の身体が覆い被さって、兄様の柑橘系のコロンの匂いが強くなる。
「ににに、兄様っ?!」
むぐ。兄様が私の口に手を押し当て、首筋にふぅーっと息を吹きかけた。
今まで感じたことのないなんとも言えない甘い感覚が背中をよじのぼって震える。
な、なに、なにが、これ何が起こって……。
兄様は見たことがないくらいの色気ある表情で、微笑みながら
「ほら?こうされて抵抗できる?」
そう言って耳元で囁く。
また、ぞくぞくっと背中に甘い感覚が伝って、私の顔は真っ赤になった。
兄様の頭越しに月が煌々と光って、青い髪を照らす。
私の大好きな兄様の顔が、未だかつてない近さにあった。
「いくら魔法が使えても、力では勝てない。実践経験もなければ、役に立たないよ。」
まるで知らない人のように妖しく煌めく兄様の瞳。
「わ、分かりました。兄様ごめんなさい。だからもうやめて。」
震える声で懇願すると、兄様はちゅっと私の額にキスをして、抱き起こす。
「分かってくれたならいいよ。」
ばくばくばく。
さっきの告白を聞いた時よりももっと
心臓が聞いたことのない速さで音を立ててる。
「怖かった?ごめんね。」
そう言って、兄様が優しく抱きしめてくれるけど、全く心臓が治まる気配がない。
顔の熱も引かず、なんだったら全身が熱い。
なにこれ、なにこれ。
アワアワし続けている私を見て
「じゃあアリス。もう諦めたよね?」
兄様は蠱惑的に微笑む。
兄様にゆっくりと頭を撫でられ、呆然とする頭が少し落ち着いてきたとき
いやだ、なんかいやだ。
急激に抗いたい欲が私を襲う。
なんかなんか・・
色気で私を陥落させるなんてズルイ!
「じゃあ兄様が考える安全な作戦でいいから、初恋がしたいです!」
思わず私は叫んでいた。
こうなったらもうヤケである。
兄様に作戦を丸投げするなんて意味がわからない。
いつものお願いを聞いてもらうスタイルで、こんな事を頼むなんて本当に馬鹿だと思うけれど、
なんだか頭が混乱してきたし、諦めたくないし、ただただ勢いで叫んだ次第です。
「安全な作戦?うーん……」
ところが、速攻で却下されると思っていたのに、兄様は何やら思案し始める。
え、もしかしたらもしかする?
「そうだねぇ。じゃあ王都から少し離れた街に滞在して、短期で学校に通うとか?」
嘘でしょ?公認で?そんなの
「い、行きたいです!」
決まってる。思ってもみない提案に全力で乗っかっていくしかない!
「実はサイラに、来月新しく全寮制の国立の学校が出来るんだよ。魔法に特化した学校で、難易度の高い試験を突破した、特別に魔力が高い若者だけがほぼ無料で学べて、成績の良かったものは、卒業後、国の魔道師団で優先的に働けるように斡旋する。父様が発案した学校で、僕も計画に加わった。」
サイラに?それは正に逃亡先の候補地じゃないか。
「そこなら生徒数は一期目の生徒だけで少人数だし、僕も試験や面接に関わったから、大体の生徒の素性は把握してる。」
「行く!魔法学校に通います!」
「ただし!期間は、僕の誕生日パーティーに間に合うように3ヶ月のみ。そしてアリスは素性を隠して、変装して通ってもらう。」
変装はもちろん良いとして……。
さ、三ヶ月?!短っ!
それ、恋みつかる?
「さらにここからが大事なんだけど、恋が成就しなかったり、相手が見つからなかった場合……。諦めて僕と婚約すること。」
うっ。兄様に有利な条件すぎる……。
でもこの条件を飲まなければ、どっちにしろ決死の覚悟で家出するか、そのまま半年後に兄様と婚約……。
「わ、分かりました。それでいい。約束します!」
こうなったら、何としても三ヶ月で初恋相手を探すしかない!
無理だったら、家出しよう、そうしよう!
「約束は絶対だよ?守れる?」
「はい、守ります!」
「約束出来るなら、いいよ。手続きしてあげる。」
兄様はそう言って、にっこり微笑む。
「‥まあ家出されるよりましだからね。」
兄様がぼそっと何かを呟いたけど、私は浮かれて聞いていなかった。
やったー!
勇気出して良かった。
兄様公認で、期間限定とはいえ、城を出れるなんてワクワクする!
早速ハヤテとカイに報告しなきゃ。
私は人生を勝ち取ったのだ!
しかし、私は全く分かってなかったのである。
全ては策士なセイ兄様の、手のひらで転がされているだけだったことを……。