魔術のお時間
さあさあ、本日も、魔術を楽しむ時間がやって参りました。
取り出したるは、小さなガラスの器でございます。
使い慣れた、実に手にしっくりと来る、小さな器でございます。
こちらに、何の変哲もない水道水を注ぎまして。
とっておきの魔術の元を、ポンと入れてみたならば。
しゅわ、しゅわ、しゅしゅしゅ、しゅわ、しゅしゅしゅ!
弾ける気泡に、ソーダ色の充溢。
遠くなった耳にかすかに届く、魔術の音がします。
霞むようになった目にわずかに映る、魔術の色が見えます。
あっと言う間に魔女の魔術のもとが完成!
ふふ…すごく、きれいです。
私…この瞬間が、一番好きなんです。
準備は整いました。
さあ、今から、とびきりの魔法を執り行います!
混沌を纏いし秘伝の神器を、そっと…沈めると。
ああ…見る見るうちに、澱みがはがれてゆきます。
ああ…見る見るうちに、穢れが溶けてゆきます。
ふふ…すごく、きれいです。
私…この瞬間も、大好きなんです。
つまらない日常を華やかにする、魔術の時間が楽しみなんです。
かわり映えのない日常を彩る、魔術の時間が待ち遠しいんです。
延々繰り返される日常を忘れる、魔術の時間が救いになってるんです。
魔術の時間が無ければ、はしゃぐ瞬間が訪れないんです。
魔術の時間が無ければ、想像する喜びが得られないんです。
魔術の時間が無ければ、楽しいと思う事すら難しいんです。
ああ…魔術の効果が、薄れていく。
ああ…魔術の時間が、終わってしまう。
魔術は、15分間の、奇跡の時間。
15分だけ、夢見がちだった時代に返る。
15分だけ、現実を忘れることができる。
15分だけ、将来の事を考えずにいられる。
楽しい、魔術の時間が、終わってしまった。
私は、コップの中から、洗浄済みの入れ歯を取り出した。