第58話 トレパク
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「ミズ野掘! チョトワタシの描いたアートを見て貰えマセンか」
「スノハート先生、これ漫画ですか? すごく上手じゃないですか」
ある日の休み時間、廊下ですれ違った英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生は持っていた原稿を私、野掘真奈に見せてきた。
「そろそろワタシもジャパニーズ・マンガにチャレンジしてみタイと思っていたのデスが、普通のアートばかり描いていたセイで絵柄がキャラクタリスティックでないのデス。どうすればイイと思いマスか?」
「うーん、私も絵には素人なので……」
スノハート先生は以前から水彩画を趣味としており、美術部の副顧問も務めていたが漫画の絵柄は丁寧すぎて個性がないように見えた。
「そうだ、先生は日本の漫画が好きだから自分も描いてみようと思ったんですよね? それなら、好きな漫画の絵柄を真似してみればいいんじゃないですか? デッサンの腕前も役に立ちそうですし」
「タシカにそれはグッアイディアデス。早速描いてきてミズ野掘にお見せしマスね」
スノハート先生はそう言うと上機嫌で職員室に戻っていき、私は先生の漫画をまた読んでみたいと思った。
その翌週……
「ミズ野掘、マイフェイヴァリットマンガの『いにしえの塔の罪人』を練習のためにトレスしてインターネットに投稿したのデスが、トゥレパクと言われてしまいマシタ。トゥレパクとは何なのデショウか?」
「あー、直接元の絵に被せて写し描きをしたら分かる人にはすぐ分かるらしくて、トレースはちゃんと表明しないとトレースによるパクリだって叩かれるんですよ。練習のためなら別に悪くないはずですけど」
スノハート先生は日本の文化を知らずにトレースした絵をインターネットに投稿して炎上してしまったらしく、私は悪気がないのに批判された先生を気の毒に思った。
「先生はデッサン力があるんですから、どうせ模写するなら元の絵を目で見て写せばどうですか? それならちゃんと芸術として認められますよ」
「ナルホドデスね。ワタシも一度水彩画の原点に立ち返ってみタイと思いマス」
それからスノハート先生は商業漫画をトレスして投稿した絵を削除し、私にもイラスト投稿サイトのアカウントを教えてくれた。
そして……
>奇才現る!? 青年誌の血みどろバトル漫画を水彩画で美しい世界に!
>完全に一致!! 『いにしえの塔の罪人』オリジナルOVAを勝手にコミカライズ!?
>模写の神「硝子こころ」の正体は私立高校の講師!? 独身女性との噂も
「ミズ野掘、ついにワタシにもマガズィーンのインタビュー依頼が来マシタ! 模写100連発企画とのコトデス!!」
「は、ははは……」
トレパクを超越して模写の神になってしまったスノハート先生に、私は一次創作ではないがこれはこれで一つの芸術だなあと思った。
(続く)