第53話 おじさん構文
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)
「うーむ……これはどうしたものか……」
「寒下さん、何かあったんですか?」
ある日の硬式テニス部の練習前、喉が渇いた私は2年生の平塚鳴海先輩と共に学生食堂を訪れてジュースをおごって貰っていた。
営業時間帯を過ぎた学食のテーブルでは調理師長の寒下丹次郎さんが椅子に座ったままスマホを眺めて悩んでおり、私は近づいて声をかけてみた。
「ここだけの話なんだけど、高校生の一人娘が最近不良化してしまってね。夜遅くまで出歩いたり親の財布から紙幣を盗んだりするので叱ったんだが、今度は口もきいてくれなくなってしまったんだ。それでスマートフォンでメッセージを送ったんだが……」
「それは大変ですね。ちなみに、どのようなメッセージを……?」
コミュニケーションにすれ違いが生じていれば対話の糸口はつかめないと思い、そう尋ねると寒下さんはメッセージアプリの画面を見せてくれた。
>ルコちゃん、オッツー!(^^)!パパは今日も、沢山の中高生に、ご飯を作ったよ~(・ω・)ルコちゃんにも、おいしい料理、食べさせてあげたいナ~(^O^)ルコちゃんは、食べちゃいたいぐらいかわゆいもんネ~(*´ω`*)ナンチャッテ(゜∀゜)またメッセージ送りまする!(^ω^)
「こ、これは……」
「寒下のおっちゃん、これ完全におじさん構文やで! 年頃の娘はんにこんなん送ったらそらキモがられるわ」
「先輩、はっきり言いすぎです!!」
「やはりそうなのか。どうも私はこういうのに慣れていなくてね……」
なるみ先輩は私も思ったことを直球で口に出してしまったが、寒下さん自身も薄々気づいていたらしくため息をついて落ち込んでしまった。
「大体なあ、こんな真面目なおとんがおるのに勝手にグレてまう娘なんて甘やかしたらあかんで! ちょっとうちに貸してみ!!」
「あっ、先輩!」
「ここは若い人に任せてみるよ。女子高生同士なら話も通じやすいかも知れないし……」
なるみ先輩は寒下さんからスマホを奪って勝手にメッセージを打ち込み始め、送信するとドヤ顔で画面を見せてくれた。
>養育打ち切りに関する最終通告のお知らせ(予告)
>この度ご通知致しましたのは、貴方をこれまで養育してきた私たち両親並びに教育資金を拠出した祖父母により不良行為への対応として養育の打ち切りが決定されたためです。
>貴方にかかる教育費、生活費、遊興費その他の費用が今後回収される見込みがないとの結論に変更がない限り、来月末をもちまして養育の打ち切りを行います。
>このまま貴方が不良行為を中止しない場合は両親の立ち合いの下、貴方の自室にて資産の差し押さえを行う予定です。
>養育打ち切りの取り下げに関する相談は本チャットルームで承っておりますので、必要の折はご本人様からお問い合わせください。
「野掘さん、あれから娘は不良行為をやめて、ちゃんと門限までに帰ってくるようになったよ! あの先輩にもぜひお礼を伝えて欲しい!!」
「それは本当に良かったですねー……」
数日後、わざわざ高校1年生の教室まで来て満面の笑みで報告してきた寒下さんに、私は北風政策も時には大切だなあと思った。
(続く)