第42話 千人計画
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)
ある朝いつも通り登校した私は、野球部員たちがグラウンドでorzになってくずおれているのを目にした。
野球部員には特に知り合いがいないので、私はちょうど近くを歩いていた新聞部員の朝日千春さんに事情を聞いてみることにした。
「あれってどうしたのかな? 朝日さんは何か知ってる?」
「埼玉県の田舎にある野球強豪校のピエール学園中高が来年度から全寮制になることになって、この辺りの野球が得意な中学受験生が皆引き抜かれちゃうんだって。うちの野球部は強くないけどそこまで弱くもないから、エースがいなくなるって嘆いてるらしいよ」
そもそも試合で勝つ気がない状態ならともかくマルクス中高の野球部は地区大会ではそこそこいい成績を収めていたので、見込みのある新入部員が来なくなるのは確かに困るだろう。
「野掘さんも朝日さんも、そんな風に事態を傍観していてはいけません!」
「あっ、国靖さん」
後ろから歩いてきたのは柔道部員にして無神論者の国靖まひるさんで、彼女はマルクス中高の広報委員も務めているのでこの事態は看過できないようだった。
「マルクス中高の運動部の活躍が失われることは避けるべきですし、引き抜かれる先が宗教団体が母体のピエール学園というのはもっと許せません! 私たちも何らかの対策を打つべきです!!」
「まあ、何もしないのはよくないよね」
国靖さんが個人的に宗教が嫌いなのはともかく、ただ単に新入生を引き抜かれて終わりにするのは確かに面白くなかった。
「ですが、私にも具体的なアイディアがある訳ではないのです。野球にはそもそも素人ですし……」
「まひるちゃん、それならいいやり方があるよ! 中華人民共和国国務院の施策を参考にして……」
「なるほど、それは名案ですね。早速広報委員として学校に意見を伝えてきます」
朝日さんは政治に詳しいのでこういう時には頼りになると思いたいが、例によってろくな結果にならないような気もした。
その翌月……
「本日のオープンスクールではマルクス中高が企画する千載一遇の人材計画、略して千人計画へのご参加を検討されている中学受験生の皆さんに集まって頂きました。それでは現役野球部員との交流をお楽しみください」
夏休みを前に開催されたマルクス中学校のオープンスクールで、国靖さんはグラウンドに集まった小学6年生たちに開会の挨拶をしていた。
「今日は一緒に野球の練習をして、僕らが普段どんな活動をしているかを見ていって欲しい! お昼ご飯は女子マネージャーの皆さんが準備してくれているから、それも楽しみに頑張ろう!」
「「はいっ!!」」
ユニフォーム姿の野球部員たちは大勢の中学受験生を引き連れて部室に向かい、有意義な交流会ではあるがこれだと普段のオープンスクールと変わらないのではないかと私は疑問に思った。
「いつ見ても中学受験生たちは瞳が輝いていますわね。わたくしも腕が鳴ります」
「うちもゆきには負けへんで、純真なチビっ子たちを悩殺したるわ」
「ゆき先輩となるみ先輩じゃないですか。どうしてここに?」
グラウンドに現れたのは野球部のユニフォームを着た堀江有紀先輩と平塚鳴海先輩で、2人は硬式テニス部所属の2年生なのでもちろん野球部とは何の関係もない。
「まあその内分かりますわ。……あら、あなたは迷子かしら?」
「そうなんです。野球部のせんじん計画? っていうのに参加したくて来たんですけど、集合時刻に遅れてしまって……」
グラウンドをキョロキョロ見回していたのは中学受験生らしい男の子で、今日は何らかの理由で遅刻してしまったらしい。
「それでは、わたくしたちと一緒に部室まで行きましょうか。手をつないでもよろしくてよ」
「あっ、ありがとうございます! お姉さんたち、野球部の女子マネージャーですか!?」
「せやで! うちの野球部に入ったら美人女子マネージャーたちと仲良くなり放題! もしかしたらあんなことやこんなことも!!」
「ファッ!?」
なるみ先輩は男の子に堂々と嘘をつきながら3人で野球部の部室へと歩いていき、私は一連の流れを見て唖然としていた。
「いかがです野掘さん、私たちは少ない予算を野球部や中学受験生のために使うのではなく、他の部活から美女を集めるために使ったんです! これこそが私たちなりの千人計画ということです」
「は、ははは……」
自らの計画を得意げに語った国靖さんに、私は最後まで計画が破綻しないといいね、と心の中で呟いた。
(続く)