第28話 シビリアンコントロール
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「皆さんも既にご存知と思いますが、わが校には最近、盗撮犯や靴泥棒が出没しています。彼らは保護者を装って学校の敷地内に侵入し、先週は女子バスケットボール部の部室が荒らされる事件まで起こりました」
臨時で開催されたクラブ部長会議で、マルクス高校教頭の琴名枯之助先生は沈痛な表情でそう言った。
犯罪者の出没については校内でも噂になっており、硬式テニス部長の代理で会議に参加していた私、野掘真奈も被害に遭わないよう気を付けようと思っていた所だった。
「そういう訳で、本校では男子生徒を中心として自警団を結成することにしました。2年生の裏羽田君と治定度君が実働部隊のリーダーを務めてくれますが、自警団は実力装置なので文民による統制が不可欠です。そこで、運動部所属でなく武道の心得もなく、素行優良である点をもちまして2年生の金原さんを自警団の総責任者として選ぶことになりました」
「ご指名を預かりました、金原真希と申します。学校の治安を守るため、自警団総書記として全力を尽くして参ります」
金原先輩はそう言うとパイプ椅子から立ち上がってぺこりと頭を下げ、私はこの人が出てくると例によってろくなことにならないのではと内心で危惧した。
それから1か月後……
「金原先輩、硬式テニス部は今のところ被害報告なしです」
「ありがとう、野掘同志。定例報告を忘れないでいてくれて助かるわ」
1週間に1度は行うよう定められた盗撮並びに盗難被害の報告のため、私は生徒会室の一画に設けられた自警団総書記のオフィスを訪ねていた。
金原先輩はいつも通り制服を着ているが態度は何となく尊大になっており、私のことを何故か同志と呼んでいた。
「先輩方のご尽力のおかげで、最近は盗撮犯や靴泥棒も出没しなくなったみたいですね。本当にありがとうございます」
「そう言って貰えて光栄だけど、最近は自警団の風紀が乱れてきてるのよね。……あら、お客さんみたい」
金原先輩と話していると生徒会室のドアがノックされ、開いたドアの向こうからは金原先輩の従兄である裏羽田由自先輩が入ってきた。
「どうしたんだ真希、いきなり呼び出すなんて。僕は放課後の校内パトロールに行かないといけないんだが」
「総書記と呼びなさいって言ったでしょう。裏羽田同志、あなたは今日遅刻したそうですね」
「遅刻? ああ、道端で倒れたおばあさんを助けていて、10分ほど遅刻したよ」
笑顔で言った裏羽田先輩に、金原先輩は両目をギラリと光らせると、
「どのような事情があれ、学校の授業に遅刻するのは精神的に堕落している証拠です。あなたを1週間のシビリア送りとします!」
「ええっ!? うわっ何だ君たち、やめろおおおおおおお!!」
金原先輩が処分を決定するとオフィスの別室から現れた男子生徒たちが裏羽田先輩を取り囲み、彼を集団でかついで生徒会室から運び出していった。
「金原先輩、シビリアって何なんですか?」
「校舎に併設された反省室のことよ。治定度同志もこの前校歌の歌詞を暗唱できなかったから、シビリアで共産党宣言の暗記に励んでいるわ」
「は、ははは……」
金原先輩はどこか遠くの世界に行ってしまったらしく、私は彼女の気に障る前に生徒会室を後にした。
それからさらに1か月後……
「体制改革を実施するため、自警団総書記として新たに朝日さんを選出します」
「新総書記の朝日千春です。治安向上に向けて情報公開を推進するため、今月から校内新聞の発行を月2回に増やします。自警団の皆さんには毎月500円の寄付をよろしくお願いします!」
再び開かれた部長会議では新聞部員の朝日さんが新たに総書記として選出され、私はこの人も結構ひどいがシビリア送り乱発よりはマシかなと思った。
(続く)