第２４話 情報教材
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は（後略）
「なるほど、これがハウツー本というものなのですね。勉強になりますわ」
「ゆき先輩、さっきから何を読んでらっしゃるんですか？」
硬式テニス部の練習の後、堀江有紀先輩は部室のベンチに座って文庫サイズの簡素な本を読んでいた。
「１年生の梅畑君が書いたゲーム必勝法の本ですわ。ゲームには詳しくありませんけど、文章がお上手で結構面白くてよ」
「そういえば自費出版したらしいですね。でも、どうして先輩が？」
ゆき先輩は普段ゲームというものを遊ばない人なので、プロゲーマーの梅畑君が書いた本をわざわざ買って読んでいる理由が分からなかった。
「デート券を売るだけでは収入が安定しませんから、わたくしも情報教材を売って一儲けしたいんです。ひとまずは美容の心得をまとめて本にしてみようと思い、メモにまとめているの」
「そうなんですか？ 私もゆき先輩の美しさの秘訣には興味あるので、見せて貰ってもいいですか？」
興味津々で尋ねてみると、ゆき先輩はメモ帳にまとめた情報教材の草案を見せてくれた。
＞男性は一般に胸が大きい女性に注目しがち。大豆や大麦などの健康食品や切り干し大根など食物繊維が豊富な食品を摂取し、そして何よりも牛乳を飲んで動物性蛋白を摂りましょう。
＞カロリーの高い清涼飲料水はダイエットの大敵。お茶やお水以外は飲まないか、カロリーのある飲み物は少しだけを楽しみましょう。
＞自分より美しさで劣る女性と過ごして自分を良く見せようとする女性がいますが、それでは自分の価値が低く見られてしまいます。むしろ自分より美しい人と交流しましょう。
「いかがかしら？ 私自身の経験を基に書いてみたのですけど」
「どれもためになるアドバイスだと思いますけど、この書き方だと情報教材としてはちょっと弱いですね。誰かに添削を頼んでみたらどうですか？」
「ご意見ありがとう。知り合いに伝手がありますから、頼んでみますわ」
ゆき先輩の情報教材はその１か月後にインターネット上で自費出版され、私もお小遣いから１０００円を払って情報教材の電子書籍を購入してみた。
＞女性の魅力の結晶である胸には意思があり、わたくしは胸からの伝言を読み取ることができました。大きな胸になるためには、大豆や大麦、大根といった「大」という文字を含む食品を摂取し、豊かな胸を想起させる牛乳を飲むことが大切です。
＞カロリーの高い清涼飲料水を飲みたいあなたに、耳寄りな話があります。清涼飲料水の１００倍希釈を３０回繰り返した液体には元となる清涼飲料水のオーラや波動、パターンが含まれており、高カロリーに対する人体の抵抗力を引き出してくれるためダイエットにはむしろ有効なのです。
＞美しい女性は全身からビューティーイオンを放出しており、男性は無意識的にそのイオンを感受しています。ビューティーイオンは美しい女性が集まれば集まるほど濃度を増しますから、美しくなりたいあなたは積極的に美しい女性と交流しましょう。
『今日のズームインレフトウイングでは最近話題の美しすぎる女子高生作家にスタジオまで来て頂きました！ 堀江さん、読者の皆さんに一言コメントをお願いします』
『わたくしの情報教材をご購入くださり、誠にありがとうございます。情報教材の内容は個人の感想ですから、使用は自己責任でよろしくお願い致しますわ』
「マナちゃん、堀江先輩の情報教材って実は私が色々アレンジしたんだよ。売り上げの１割も貰えて万々歳！」
「は、ははは……」
電器店に並んでいるテレビモニターを見ながら言った朝日千春さんに、私はメディアリテラシーという言葉を思い浮かべた。
（続く）
