第160話 外国特派員協会
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「うーん、そう言われても私たち新聞部は定期試験の難易度にどうこう言える立場じゃないんですよー。大学入試の問題ならともかく定期試験は同じ学校の生徒だけが受ける訳で……」
「そんなあ、マスメディアの役割は弱者を助けることのはずだよ! 自分たちが成績いいからって権力と癒着するなんて許せないよー!!」
「はたこ先輩、朝日さんに何かお願いしてたんですか?」
ある日の昼休み、珍しく食堂でお昼ご飯を食べてから教室に戻った私、野掘真奈は硬式テニス部所属の2年生である赤城旗子先輩が新聞部員の朝日千春さんに何やら騒ぎ立てているのを目にした。
「うちの高校は大した進学校でもないのに定期試験が難しくて、この前ハテシナ先生が赴任してから理系科目が余計難しくなっちゃったんだよ! それで新聞部に学校を批判して貰おうと思って……」
「いや、それは単なる先輩の勉強不足では……」
はたこ先輩は先日この学校に赴任してきた数学科・情報科主任の果科大空先生と非常に折り合いが悪く、スパルタ教育を旨とする果科先生の方針により難化した先日の定期試験では案の定玉砕していた。
「オーウ、ワタシはミズ果科は嫌いではありマセンがマスメディアが弱きヒトビトのアライにならナイのは問題デス。校内マスメディアの新聞部がクリティサイズできナイのであればワタシが|フォーリンコレスポンデンツクラブ《外国特派員協会》にハナシを持って行きマスよ」
「スノハート先生、何のことかよく分からないけど学校を批判してくれるならぜひお願いしたいです! これで私の正当性が客観的に証明されるよー!!」
「ええ……」
教室の前を通りがかった英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生は学外の伝手を頼ってこの問題を議論して貰うことにしたらしく、その是非はともかく具体的にどうするのかさっぱり分からなかった。
その翌週……
「他校の新聞部の皆さん、この度はマルクス高校の定期試験の難易度問題に関する記者クラブにお集まり頂きありがとうございます。今から問題提起者の赤城先輩がお話をされますので、どうか皆さんのご意見をお聞かせください」
臨時で開かれた全校集会では体育館の壇上に立ったはたこ先輩の周囲に他校から招待された新聞部員たちが集まり、彼らは司会を務める朝日さんの話を受けてさながら外国人記者クラブのように取材の準備を始めた。
「……という訳でこの学校は試験問題が難しすぎるんだよ! ほら見てよこの問題冊子、たった50分で数学の大問を8つも解かせるなんて正気の沙汰じゃないよ!!」
「質問よろしいですか、開栄高校新聞部2年生の日下です。たった50分で大問が8つとのことですが、この問題形式は明らかに東大数学を意識していますよね。難易度は定期試験相応ですし一概に問題とは言えないのでは?」
「えっ?」
「私も質問します、青嵐高校新聞部1年生の長谷川です。見たところ大問8つのうち半分はマーク式ですがこれは大学入試センター試験の対策も兼ねているのではないでしょうか? このことの是非についてはどうお考えですか?」
「あの、えーと……」
「追加で質問させて頂きます、緑山高校新聞部3年生の桜田です。マルクス高校では伝統的に一般入試よりも指定校推薦入試で有名大学に進学する生徒が多いですが、その実情を踏まえれば定期試験で生徒間に差がつく仕組みにも妥当性はあるのではないでしょうか? この学校における定期試験の難化と調査書の評定との関連性について教えて頂けますか?」
「うわーんもう勘弁してよー! そんな難しいこと聞かれても全然分かんないよー!!」
近隣の進学校の新聞部員たちからクリティカルな質問を投げつけられ続けてギブアップしたはたこ先輩を見て、私は問題提起は部外者相手に行えば必ず同意して貰える訳でもないなあと思った。
(続く)