第157話 食品衛生法
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「うっ、うっ……感動したであります……こんな切ない恋愛ドラマを見たのは人生で初めてであります……」
「思ってたよりすごく面白かったよね。余命数か月の彼氏が生きているうちに生レバーを食べさせてあげようとするヒロインの姿には私も感動しちゃった」
ある日曜日、私、野掘真奈は同じクラスで漫研部員の宝来遵さんと一緒に恋愛映画『牛の肝臓をたべたい』を見に来ていた。
宝来さんはオタク女子なのでいわゆるリア充の人々に人気の映画は敬遠していたが実際見てみると普通に感動できたらしく、帰りには映画館の売店でパンフレットや限定グッズを買い込んでいた。
「今から家に帰ってこのグッズを親にプレゼントしようと思います。真奈さんも少し上がっていきませんか?」
「ぜひぜひ、まだ宝来さんの家に遊びに行ったことないし。お父さん確かお巡りさんだったよね?」
宝来さんはそう言うと私を連れて自宅まで戻り、今日は特に用事もないので私もお邪魔させて貰うことにした。
「はじめましてであります、いつもうちの娘がお世話になっています」
「どうも、同じクラスの野掘真奈です。こちらこそ宝来さんにはいつも仲良くして頂いてます」
「お父さん、今日は映画館でこんなグッズを買ってきました。美味しそうなのでプレゼントするであります」
「何っ、牛の生レバーは食品衛生法で禁止されていますよ!? ああ、これは赤こんにゃくの生レバなので問題ないでありますね」
宝来さんがお父さんにプレゼントしていたのは映画のグッズである真空パックの味付き生レバーで、食品衛生法に触れないよう赤こんにゃくで作られた代替品だった。
今日はお母さんはご近所さんと主婦旅行に出かけているとのことで私も夕食をご一緒させて頂けることになり、お父さんは行きつけの鹿児島料理店に出前を注文していた。
「そういえば宝来さんって鹿児島出身だったよね。お父さんの転勤でこっちに引っ越してきたんだっけ?」
「覚えていてくれて嬉しいであります。今も祖父母の実家にはよく帰省しているんですよ」
リビングで話しているうちに出前は到着し、私は宝来さん父子と楽しく話しながら鹿児島料理を味わっていた。
「何かこのお刺身みたいなのすっごく美味しい。食べたことがあるようでない味だけど何のお魚なの?」
「ああ、それは鹿児島名物の鶏刺しでありますよ! 火を通していない新鮮な鶏肉を使っているのであります!!」
「ぐはあっ!!」
「真奈さんどうしたでありますか!? それは鹿児島県民のソウルフードで法律でも規制されていないんですよ!?」
知らずに生の鶏肉を食べさせられたショックで気を失いかけつつ、私は食品衛生法の規制基準って誰が決めてるんだろうと思った。
(続く)