第115話 地球儀外交
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「……という訳で我が校も少しずつ進学実績を伸ばしていきたいのですが、何かいいアイディアはありませんでしょうか。2年生の金原さん、いかがでしょう?」
「そうですね。この学校では伝統的に都内の私立大学に指定校推薦で進学する生徒が多いですけど、そのせいか日頃からの学習を怠っている生徒が多いように感じます。最近では推薦入試でも学力検査がある大学が多いですし、大学入学後のことを考えると今のうちから基礎学力を身に着けていけるような指導が必要だと私は考えます」
マルクス高校では近年日本の大学で広く導入されている教育内容改善への取り組みであるFD活動が試験的に導入されることになり、第1回FD集会には生徒からも各学年の代表者や委員長が集められていた。
私、野掘真奈は高1の学年代表である男子生徒が部活の用事で来られないため代理で参加を任されており、現在はFD集会の司会である教頭の琴名枯之助先生が2年生の金原真希先輩に質問を投げていた。
「なるほど、その意見は確かにもっともですね。また、我が校は有名私立大学への指定校推薦枠自体は多いのですが、昨今では国公立大学の受験に弱い高校というイメージも持たれてしまっています。この問題について金坂先生はどうお考えになりますか?」
「確かにこの高校から国公立大学に進学するのは毎年20数名ほどですけど、私は教員としてはあまり問題だと思いません。それぞれの高校にはそれぞれの強みがありますし、中学入試で受験生を集めている以上は子供を有名私立大学に進学させたい保護者にアピールした方が合理的だと思います」
硬式テニス部の顧問でもある国語科の金坂えいと先生も自分なりの根拠を示した上で現状への分析を述べており、この高校には何だかんだで頼りになる教育者がいると私は思った。
「皆様、素晴らしいご意見をありがとうございます。ただ、まあ……正直に言ってしまいますと、最近中学入試の受験者が減りすぎて理事会からいつも叱られているんですよ。どうにか国公立大学とか医学部医学科とか、そういう所への進学者を増やせませんかね?」
「皆サン遅れマシタ! ヴァイスプリンシパル、そのイシューについてワタシからアイディアがありマス!!」
教頭先生が苦笑いしながら実情を話すと、何かの用事で到着が遅れていたらしい英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生が会議室に飛び込んできた。
「ワタシはジャパンのユニバーシティやカレッジには詳しくありマセンが、ユニバーシティやカレッジはトーキョー以外にも沢山ありマス! グローブをフカンしたディプロマシーをエデュケイションにも取り入れれば進学実績はゼッタイにインプルーヴしマス!!」
「地球儀を俯瞰した外交といいますと……なるほど、できなくもないですね。それではこれより教員のみでのFDに移りますので、生徒の皆さんはお帰り頂いて大丈夫です。本日はありがとうございました」
教頭先生はスノハート先生の意見を受けて具体的な教育内容の改善に関する会議に移り、私は一体何がどう変わるのだろうと思いながら会議室を出た。
その数か月後……
「そろそろ冬期講習の申込みかー。塾行ってないしいくつか取ってみようかな」
マルクス中高では例年冬休み中に学校の先生方による無料の冬期講習を開催しており、私もまだ高1だがせっかくなら取ってみようと思い下校前のホームルームで配布されていた封筒を受け取った。
帰宅した私は制服姿のままリビングに入り、封筒を開いて……
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「姉ちゃん姉ちゃん、カリブ海医科大学対策講座を取ればスノハート先生が個別指導で英会話レッスンをしてくれるらしいんだけど」
「やめときなさい」
ちょうど帰ってきてマルクス中学校で配られた文書を手に話しかけてきた弟の正輝に、私は進学実績を伸ばすにしてももうちょっとやりようがあるのではと思った。
(続く)