第104話 メディアリテラシー
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)
「蓮くんいらっしゃーい、美味しいお菓子とジュースを用意してあるよ」
「まなおねえちゃんこんにちは、おじゃまします」
ある土曜日の午後、私は玄関先でお隣さんの子供を出迎えていた。
まだ頭身の低い6歳の男の子は村田蓮くんといってお母さんは区議会議員を務めており、そのお母さんと私の母が小中高の親友かつOL時代の同僚であったことから現在も家族ぐるみで付き合いがある。
今日は専業主夫である蓮くんのお父さんが実家の法要で遅くまで帰らないため、幼稚園の土曜保育が終わった後は夕食前までうちにいて貰うことになっていた。
「正輝が新しくゲーム買ったらしいから、後で一緒に遊ぶ? 私のハムスターも見せてあげるね」
「ありがとうおねえちゃん。でもそれより、ぷろあくしょんれこーどってもってない?」
「プロアクションレコード? よく知らないから、一緒に正輝に聞いてみようね」
蓮くんが口にしたプロアクションレコードという用語についてリビングで待っていた弟の正輝に聞いてみたところ、主に小学生の間で流行しているゲームの非公式改造ツールらしかった。
「ようちえんのともだちにぱけもんのおぱーるをかしたら、なかなかかえしてくれないの。しかもぼくのでーたをけしちゃったっていうから、ぷろあくしょんれこーどですごいでーたにしようとおもって」
「うーん、確かにそのツールを使えば一瞬ですごいセーブデータが手に入るみたいだけど、本来の問題は友達がゲームを返してくれないことでしょ? 中古で買ったソフトみたいだけど、ちゃんと返して貰わなきゃ」
パケットモンスターの「オパール」は10年以上前のゲームソフトなので今では中古で安く買えるが、人から借りたものを返さない友達には厳しく接するべきだと思った。
「なんかいもかえしてっていったけど、いつもはなしをはぐらかされちゃって……」
「そうかそうか、じゃあ蓮くんにとっておきのアイディアがあるよ。今からこのサイトにある『シャドウライ入手法』を印刷するから、お手紙と一緒に封筒に入れてその友達に送るんだ。こうすれば絶対返してくれると思うよ」
「そうなの? ありがとうおにいちゃん、ぼくもていねいにてがみかくね」
正輝は通常入手不可能の貴重なパケモンであるらしい「シャドウライ」を裏技で入手する方法が記されたウェブサイトの画面をスマホで蓮くんに見せ、蓮くんは正輝の指示のもと友達に送る手紙を書き始めた。
その翌週……
>きみをさぎざいときぶつそんかいざいでうったえます! りゆうはもちろんわかってるよね? きみがぼくをこんなうらわざでだまし、せーぶでーたをはかいしたからだよ! かくごのじゅんびをしておいてください。ちかいうちにうったえます。さいばんもおこします。けいむしょにぶちこまれるたのしみにしておいてください! いいですね!!
「おねえちゃん、ともだちがこのてがみといっしょにぱけもんのおぱーるをおくってくれたよ!!」
「は、ははは……」
ガセネタの裏技を試したせいで「暗黒の世界」から二度と出られないセーブデータになってしまったゲームソフトが友達から返却されてきたと報告した蓮くんに、私は幼稚園児にメディアリテラシーを要求するのは流石に酷だなあと思った。
(続く)