第102話 主権者教育
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)
ある日の放課後、私は社会科の路堂久美子先生に呼ばれて職員室を訪れていた。
「先生お疲れ様です。私に相談って一体?」
「野掘さん、来てくれてありがとう。実は授業内容の改善について生徒さんから直接意見を聞こうと思って。この前教頭先生から来年度以降のカリキュラムについてお話があったんだけど……」
マルクス高校の社会科では1年生は「倫理、政治・経済」が必修、2年生は世界史が必修で日本史と地理からどちらかを選び、3年生は好きな科目(文系なら2科目、理系なら1科目)を選べることになっているが、文系でも理系でも例年3年生の「倫理、政治・経済」選択者が少ないとは聞いていた。
科目間で受講する生徒数に差がありすぎると同じ社会科の先生同士で負担が不平等になってしまうので、社会科の中でも公民科目を主に担当している路堂先生は教頭先生から「倫理、政治・経済」の選択者を増やすよう要請されたらしかった。
「私は今年度からこの高校に来たばかりだから詳しく事情を知らないんだけど、3年生で『倫理、政治・経済』を選択しない生徒さんが多いのはどうしてかしら? 一応この高校って革新系よね?」
「うーん、私も1年生なので詳しくはないんですけど、まず日本の大学で二次試験に倫理を使える所ってほとんどないじゃないですか。政治・経済も地理や歴史と比べると使える大学少ないですし、私立専願とかでそもそも社会科を受験に使わないなら地理でいいよねって思う生徒が多いみたいですね。あと理系コースは暗記量を抑えたいので地理を選ぶ人がほとんどみたいです」
「なるほど、やっぱり受験制度の影響が大きいのね。社会科を受験に使わない生徒さんや理系の生徒さんをどうにかこっちに引き込めればいいんだけど……」
私は文系志望かつ地理はあまり得意でないことから3年生では日本史と「倫理、政治・経済」を選ぶつもりなので、どうせなら「倫理、政治・経済」の選択者が増えて欲しいと思った。
「1年生の何人かに聞いたことがあるんですけど、倫理は物語性があって授業が面白いけど政治・経済は小難しくてよく分からないっていう意見が結構あるみたいです。特に政治分野は元々詳しくないときついみたいですね」
「確かに、前にいた学校の主権者教育の授業で日本政治史について教えたけど半分ぐらいの生徒さんは寝てたわね。こんなことまで聞いて申し訳ないけど、どうやったら興味を持って貰えるかしら?」
「そうですね、政治史といっても人間がやってきたことなので、上手く擬人化? して教えてみてはどうですか? 例えば自由民生党の成立なら、共通の敵だった社会党左派マンと社会党右派マンが合体してパワーアップしたので敵対していた自由党マンと民生党マンが手を組んだと考えれば分かりやすいじゃないですか。自社さ連立もこんな感じで教えられそうですし」
「そのアイディア大賛成! 早速次回の授業で採用してみるから、生徒さんからいいフィードバックが返ってきたら教えてね」
路堂先生はそう言うとノリノリで教材の準備を始め、私は先生の努力が実ればいいなと思った。
その翌月……
「まひるちゃん、今日の路堂先生の授業も面白かったね! ずっと大きな力を持つ自民党でも○○党がいなければ安心して存在できないっていう○○×自民の関係にはムズキュンしちゃった」
「朝日さん、その解釈は私には許容できません! 盤石な支持基盤を持つ○○党でも自民党と連立を組まなければ実力を行使できないという関係性はそのまま自民×○○ということになりませんか?」
「確かにそれはそうかも。最近では新進党とか国民民衆党とかも間に割り込もうとしてて目が離せないよね」
「そうですね。あと国民民衆党の分裂はある意味で立憲×国民の同一CPとも考えられて美味しいですね……」
「路堂先生、新日本党と新国民党とで同人誌を描きたいのですがどっちが攻めだと思いますか? 最後は愛憎の果てにどちらも解党する結末になるんですけど」
「あ、あはは……」
授業の終了後、1年生女子の間で政党BLが流行している光景を目の当たりにして、路堂先生は完全に何かを間違えたという表情をしていた。
(続く)