第90話 後始末
そうして、暫くあれこれと話しながらも、肉を拾い集めていると、徐々に人出が増え始める。
氾濫も終わり、戦闘に参加できない人々も、周囲の大量に転がる収集物を拾い集める作業に、駆り出されたのだろう。
そんな中、オユキも聞き覚えのある快活な声が聞こえる。
「あ、オユキちゃん。お疲れ。怪我とかしてない。」
「ええ、この通り。流石に夜明けからですから、少し疲れてきましたけど。」
「そっか。もう少ししたら、日も沈み始める時間だしね。お疲れ様。ありがとうね。」
「いえいえ。助け合いとはこういう事でしょう。」
元気いっぱいと、そんな様子で話しかけて来るフラウと会話をしながら、オユキはただただ肉を運び続ける。
拾う手がいい加減脂で滑り出し、匂いも気に始める。
痛んだようなものではないのだが、それでもこれだけ大量に肉が集まると、特有のにおいがして、それが鼻につき始めてしまう。
セシリアも、早々に匂いにあてられて、肉からは離れて、辺りに落ちた、それこそ草原の中、少し背の高い草に紛れてしまう魔石を探して、拾い集めている。
氾濫が終わったとはいえ、そこはまだ町の外。
まばらに魔物はどうしても現れるため、人が増えれば、その分護衛の手がいる。
先輩の狩猟者であったり、傭兵達は、最初の内は回収に参加していたが、今は方々へ散って、護衛をしている。
「少し手を洗いたくなってきました。」
「あー。」
ついにオユキがそう零せば、フラウがよくわかると、そんな顔で頷く。
「いいんじゃないかな。これから町の人も出て来るだろうし。」
いうが早いか、フラウは肉の積み上げられた一角で、記録をつけているギルドの職員に声をかける。
「すいませーん。ちょっと休憩してきてもいいですか。」
「ええ。構いませんよ。疲れましたか。」
「私じゃなくて、オユキちゃんが。脂がひどいみたいで。」
「ああ。狩猟者の方ですし、武器が持てなくなるほどだと、気になりますよね。
大丈夫ですよ。人手はまぁ、あるに越したことはないですが。」
その言葉に、オユキは頭を下げてお礼を言う。
職員と、フラウに。
「その、わがままを言って申し訳ありません。」
「いえいえ。そもそもこうなってしまえば参加は任意ですから。
そうですね。ついでにギルドへ伝言をお願いしても構いませんか。
そろそろ荷車を出して、町中に運び始めたほうがいいでしょうから。」
「分かりました。それでは、少し失礼しますね。」
オユキはそう断ってから、町中へと向かって歩き始める。
トモエは、少年たちと一緒に行動しているが、離れるオユキに気が付き振り返る。
それに、手を一度指さしてから軽く振ると、言いたいことが分かったのか、遠目にも分かるほどに苦い顔をしてから頷いて答える。
どうやらトモエも手指にまとわりつく脂に、辟易とし始めているらしい。
直にトモエたちも抜けてくるだろう、そう考えながら、門を抜けると、そこは朝方と違い、人がずいぶんと増えており、門の脇では治療を受ける物もいれば、提供されている食事を食べながら座り込み、寛いでいるものもいる。
「お。どうした。休憩か。」
門番にそう声をかけられ、仮登録証を差し出しながら、オユキは反対の手を軽く振る。
「はい。肉を拾うにも、脂がひどくて。」
「ああ。まぁ、仕方ないとはいえ、気になるよな。
あっちで、肉を料理するために準備してる一角がある。お湯を貰って流すといい。」
「ありがとうございます。」
オユキが言われた一角に行けば、そこでは気が早いのか、それとも膨大な量を片付けるにはそうしなければいけないのか。既に料理が始まっており、見覚えのある顔もあった。
「すいません。お湯を貰っても。」
「おや、オユキかい。無事でよかった。流石にここで体を洗うのは難しくないかい。」
「いえ、手の脂を落としたくて。」
「ああ、石鹸の類は持ってきてないからね。完全には落とせないかもしれないね。」
そう言うと、フローラが木でできた器にお湯を入れて、それをオユキに手渡す。
道端にそれを置くと、オユキはそれに手を浸して、軽く揉みながら、どうにか気にならない程度になればと、手を洗う。
「まだ拾うなら、ちょっと奥に行った雑貨屋で、手袋を買うのもいいかもしれないね。」
そんなオユキの様子を見ながらも、大量の野菜を下処理しつつフローラがそう声をかける。
「今日だけで駄目にしてしまいそうですね。」
「仕方ないさ。ずいぶん早く終わったみたいだけど、魔物の数は多かったんだろう。」
「ええ。そこら中に、まだまだ肉が転がっていますね。」
「さっきから手の空いてるのが、出て行っちゃいるが、まぁ、これまで通りならそれこそ2,3日仕事だからね。」
「今回は、あと一日あればどうにかなりそうではありますが。」
オユキはどうにか気にならない、その程度まで脂が落ちたと、木の器から手を出すと、布で拭きながら、この汚れたお湯はどうしたものかと考える。
それをフローラが、手早く脇にひっくり返し、その場でお湯を捨てると、汚れものとして分けているのだろう、器がいくつか置かれている場所に、放る。
「あとで、このあたりもまとめて魔術ギルドの人間が洗浄しに来るからね。」
「成程。時間をとって、そういった技術も学びたいですね。」
「身ぎれいにしておくのは悪い事じゃないさ。私もだけど、それくらいなら使えるからね。」
そういってフローラが鍋に水を何もない空中から落とす。
そんな様子に、笑って礼を告げてから、狩猟者ギルドへと足を運ぶと、その中は人の姿は少なくとも、忙し気な空気が漂っている。
入り口から入ってきたオユキに、ミリアムがすぐに気が付き、声をかけて来る。
「あら、オユキさん。」
「休憩がてらではありますが。外の職員の方から、そろそろ荷台が欲しいと。」
「そうですか。ありがとうございますね。どうします、仮眠室、使われますか。」
「いえ、そこまで疲れているわけでもありませんから。」
そう答えたうえで、ふと気になって、尋ねてみる。
「そういえば、トロフィーを得たのですが。」
オユキがさて言葉をどう繋げようか、そう考える間もなく、ミリアムが歓声を上げる。
「まぁ、おめでとうございます。どうされますか。記念品にしますか、加工しますか。」
「そのあたり、ご相談させて頂こうかと。トモエも得ていますし、少し良い武器を、そんな話をしたところでもありますから、そちらの元手に、そうも考えたりしています。」
勢いに押されながら、オユキが応えれば、ミリアムは手早く取り出した紙に何かを書きつけると、それを他の職員に渡す。
「それは、なかなか難しいところですね。分かりました、しっかり相談に乗らせていただきますね。
トモエさんもですよね、先にこちらに運んできますので、お二人一緒に改めて来ていただいてもいいですか。
職員が運ぶので、それと一緒に。」
「外で、魔物の収集物を拾い集めなくても。」
「それは誰でもできますが、トロフィーはお二人の物ですからね。
神々からの頂き物です。放置するなんてとんでもない。」
その言葉に、そういうものか、そう納得してオユキは従うこととする。
荷車を引く、職員数名と並んで門のところまで戻り、少年たちと作業を続けているトモエに声をかけ、事情を説明する。
ただ、何を得たかは言っていなかったこともあり、量が多かったため、少年たちも手伝いを買って出て、10人程で運ぶ。
荷車からはみ出すほどに立派な、白くつややかに光る角、大人の上半身程は優にありそうな熊の顔。
それらが乗せられた荷車は、当然のように注意を引いた。
「随分と立派なもんだな。これは、お前らが。」
「はい。私が鹿を。オユキさんが熊を。」
門に戻っていたアーサーに声をかけられ、トモエがそう答えると、彼はトモエの肩を叩いて言祝ぐ。
「いや、技術は優れてると思ったが、よくやった。すぐにギルドに持っていくのか。
これからの祭りで、トロフィーがあればより盛り上がるが。」
それにトモエが職員に視線を向けると、職員達もそれに頷き、ひとまずここに置いて起き、一人が先にギルドで確認してくると戻ることとなった。