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第73話 鍛錬の時間

「くそが!」

「大声で叫べば、呼吸が乱れますよ。」


大声で何かに対して罵りながら、少年が走る。そして、何を言うでもなく、もう何かを言う気力もないのだろう、そんな4人の少年が、ただひたすらに足を動かす。

彼の後ろでは、木製の幅広剣を片手にトモエが声をかけると、同時に、それを振って威嚇としての音を鳴らす。


「いや、元気があって実によろしい。」


屋内の訓練場を少年たちがただひたすらに、かれこれ一時間ほどだろうか、走るのを眺めながら、イマノルがそんなことを呟く。

そんな彼も、オユキの隣で見慣れない構えで、大剣を両手で持ったまま立っている。


「ええ、本当に。トモエさんも生き生きとしていますね。」


オユキも、昨日の夜、トモエと悩みはしたが、すでに解決済みであるため、その光景を懐かしみながら、昨日に引き続き、短剣を構えて、微笑んでみている。


「それにしても、オユキさんも昨日の槍術で技量は見たつもりでしたが。」


そういって、イマノルが首だけを動かして、オユキを見る。


「短剣もなかなか、堂に入っていますね。」

「短いとはいえ、剣の理合いが通らぬものでもありませんから。

 イマノルさんは、見覚えのない構えですが、それはどういった物でしょう。」


剣を立てて、体の前に。両脚は、正面に対して垂直に向けられ、重心もそのまままっすぐ下に。

構えた剣は柄が、肩よりわずかに低い、そんな程度の位置に置かれている。

そんな姿勢では、次に動くにも予備動作を行う必要があり、とても実戦で使えるようなものでもないだろう。

実際昨日の彼は、戦いの最中に見た限りでは、オユキの親しんだものとはまた違うが、今の物よりは、遥かに理にかなった構えをしていた。


「騎士団で、一番最初に仕込まれるものですね。

 己が身と、武器を盾に、背後にいる無辜の民、その一切に害を通さぬ。

 我らは武器の一切を隠さず、ただ正面から敵を討つ。

 そういった物です。」

「成程。儀礼的な意味合いも含むものですか。」

「ええ。流石に実践の場では、なかなか使いませんね。それこそ防衛戦の開始を告げる、そんなときでしょうか。

 あとは催事であったり、騎士同士の試合、その始まりの時ですね。

 ただ、まぁ、この構えを最低半日続けるのが、始まりですからね。」


二人で、5人が走る足音と、それを追い立てるトモエの声を聞きながら、穏やかに話し合う。

話している間も、意識は常に武器に向け、手足の延長、刃先迄が自分の体になじむ様にと、構えを続ける。


「ほら、追いつかれましたよ。」


そういって、トモエが遅れがちな少女二人を、軽く小突くと、さして変わりはしないが、速度を上げる。


「くそ。こんなのなんの役に立つんだよ。」

「喋る元気があるようで、実に結構。

 走るのは全ての基本です。敵から逃げる、敵に近づく。

 ついでに体力もつく。この程度の時間走っただけで息が上がるようだから、丸兎相手に疲労困憊、そんなことになるんです。」


そう言うと、トモエが速度を上げて、まだ元気な少年の後ろ頭を小突く。


「くそが。」


再びそう叫ぶと、少年は速度を上げる。

リーダーとして振舞うだけあって、身体能力は5人の中で、確かに頭が抜けているらしい。


「私の時は、理由の説明もなく、ただ殴られましたねぇ。」


そう、イマノルは懐かしそうに目を細めて呟くと、数年後には自分がそうして追いかける側になりましたがと、そんなことを呟く。


「世界が違えど、基礎訓練は変わりありませんか。」

「どうでしょうか、狩猟者の方がどうされているかまでは、流石に分かりませんから。

 ただ、私達の場合は、装備を身に着けて、ですから。なかなか大変でしたよ。」

「それは、大変そうですね。」


騎士団の正式な武装、それは昨日見た物だろう。

全身を覆う金属鎧、50キロは優にあるだろうそれを身に着けて、ただ走る。

それは確かに大変なものだろう。


「半月もする頃には、皆慣れますよ。

 何よりそれを行う先輩方も、同じ装備で余裕をもって新人を追いかけまわすわけですからね。」


そんな話をしていると、流石に限界なのだろう。

足を縺れさせて少女が転ぶ。そこにトモエが割って入って、抱き留めひとまずの終了を宣言する。


「はい、そこまで。少し休憩にしましょう。」


そう言うと、まだどうにか足を動かしていた残りの四人も、その場に転がるように倒れ込み、大の字になって荒い呼吸を繰り返す。


「くそ、息一つ乱しちゃいねぇ。」

「あなた達に合わせてましたからね。本来なら、普段使いの装備をして、走るんですよ。」

「分かってる。くそ。なんだってこんなに。」

「足りない物は、身につければ宜しい。」


そういって、トモエがオユキとイマノルのほうへと歩いてくる。

その姿に、お疲れ様です、そういってトモエは汗をかいているトモエに布地を渡す。


「ありがとうございます。今まで気にしていませんでしたが、水などはこちらで頂けますか。」


そう、トモエが少年たちのほうを見ながらイマノルに声をかける。

思えば、前の世界その感覚のままだったが、確かにあの様子であれば、必要だろう。

外に出るときも、特に水筒など持ち歩かなったなと、オユキは今更ながらに反省する。


「おや、出せませんか。」


イマノルはそう言うと、構えを解いて、出した手のひらの上に水球を出して見せる。

その様子に、トモエが目を見開く。


「魔術ですか、そういえば、魔術ギルドに行こうと、そう言ったきりでしたね。」

「ああ、そうでしたか。技を修めておられるようでしたので、そのあたりも一緒に習っているとばかり。

 異邦人の方でも、魔術に長けておられる方は、何度かお見掛けしましたので、てっきり。」


そう言うと、イマノルは少し待っていてください、そういって、これまでオユキとトモエは使った事のない扉へと歩いていく。


「失念していましたね。」

「そうですね。慣れというのは、やはり恐ろしいものですね。

 これまで、外に出るときにも、気にしていませんでした。」

「早いうちに、伺ってみましょうか。さて、それでは私も、人数分の食事を買ってきましょうか。」


オユキがそう言うと、お願いしますと、そうトモエが言いながら、財布を渡す。


「持ち運びの容易なものがあればよいのですが。」

「一度もよってはいませんが、屋台の類がありましたし、歩きながら口にしている方もいましたからね、そういった物を見繕ってきますよ。

 あの子たちは食べられそうですか?」

「少し休めば大丈夫でしょう。昨日も疲れたはずですが、筋肉痛などの素振りも見せませんから。

 確かに、鍛えれば鍛えただけ、はっきりと強くなるのでしょうね。」


そういって、トモエが楽しげに笑う。


「分かりました。それでは、また後程。」


そういって、オユキはトモエと別れて、傭兵ギルドを出る。

その際に受付に座る男に用件を伝えれば、熱心なことだと笑いながら言われもしたが。


そして、ギルドから出て、一人で街を歩く。

思えば、こちらに来てからこうしてトモエと別れて何かをするのは、初めてだな、そんなことを考え歩を進める。

空を見れば、まだ昼には少し早い時間にも思える。

さて、何か手ごろな店があればいいが、そんなことを考えながらオユキはあたりを見ながら大通りを進む。

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