第72話 少年の謝罪
翌朝、身支度を終えれば、二人で狩猟者ギルドへと向かう。
昨夜指摘されたことで、あの後二人で、どうするべきか、それを少し話したが、死ぬよりは良い、結局そう落ち着いた。
そうして、二人でのんびりと狩猟者ギルドに向かい、中に入れば、そこには昨日と変わらぬ五人組の姿があった。
「おはようございます。」
オユキとトモエがそう声をかければ、少年が、隣に立つ少女に小突かれ一歩前に進み出て来る。
その表情は、昨日のどこか終始焦ったような、そんなものではなく、落ち着いた、それでも少し暗い、そんなものになっていた。
「悪かった。」
シグルド少年は、そういって二人に頭を下げる。
「なによ、そんな言い方はないでしょ。」
「他に、言いようがないだろ。庇われて、怪我までさせて。
それで、訓練までつけてもらって。悪かった。俺が馬鹿だった。」
そういって頭を下げる少年に、オユキよりも先に、トモエが口を開く。
「謝罪は受け取りましょう。緊張、焦り。実戦は、思ったようなものではなかったでしょう。
それが分かり、生きて帰ってこれたのですから、それを喜びましょう。」
トモエはそういって、少年の下げた頭を軽くたたく。
オユキも、まだ三角巾でつるされたままの腕を軽く動かして、心配げに見る少女に微笑みかける。
「大事を取ってこうしているだけです。明日には問題ないと、そう言われていますから。
助けると、そう決めたのは私ですから、その結果に関して、何か言ったりしませんよ。」
少女が、でも、と何か言いかけようとしたところに、総合受付の女性、ミリアムから声がかかる。
「オユキさん、トモエさん。ちょうどいいところに。
昨日の件ですが、決まりましたよ。」
少年たちに、少し待っていてください、そう告げて、二人はミリアムの元へと移動する。
「お手数おかけいたしました。」
そう、オユキが声をかければ、仕事ですから、そう返ってくる。
「ただ、イマノルさんの分ですね、ご本人が傭兵としての仕事中、その出来事と固辞されましたので、傭兵ギルドへ収めるそういう形になりますが、お二人はそれで構いませんか?」
「私たちは構いませんが、それだと、傭兵の方に無理を言う、そんな前例になりませんか。」
「そういった懸念もお伝えしたのですが、まぁ、結果としてはそのような形でしか。
そのあたりは、仕事を受けるときに話し合うから問題ないと、傭兵ギルドからは答えを頂きましたが。」
そういって、ミリアムも苦笑いを浮かべる。
例外が過ぎる状況で、処理も型どおりにはいかない、そういう事なのだろう。
そう、ひとまずオユキも納得して、トモエを一度見れば、頷いている。
「それでは、そのように。この後、何か必要なことはありますか。」
「算定も終わっていますから、不服がないようでしたら、そのまま報酬を受け取ってください。お二人が最後でしたからね。」
「ああ、そうなのですね。トラノスケさん達は、もう外に?」
「そうですね。ミズキリさんが10名くらいを率いて、間引きに出て下さっています。
ああ、それから仮登録、初級の方は状況の終息まで、必ず傭兵ギルドを頼るか、中級以上の狩猟者とパーティーを組んでくださいね。」
「分かりました。」
そう返して、報酬の受け取り、数が数であったためか、なかなかの金額となっていたそれを受け取り、少年たちの元へと戻る。
「お待たせしました。」
そう、オユキが声をかければ、一連の流れを見ていたのだろう。
少年たちも、どこか歯切れの悪い、それでもどこか嬉しそうな、そんな顔をしている。
「その、良かったのか、俺たちまで分け前を貰って。」
「ギルドの方が、その報酬を得るだけの働きをした、そう認めて下さったのでしょう。
なら、それは確かにあなた方の成果ですよ。」
オユキがそう言いながらトモエを見れば、トモエもそれについて何を言うでもなく、今日の予定を口にする。
「さて、こうして集まっているという事は、訓練の続きですね。
やる気があって宜しい。それでは、早速行きましょうか。」
そう言うと、特にそれ以上は語ることなく、トモエは狩猟者ギルドを後にし、傭兵ギルドへと向かう。
それにぞろぞろと、少年たちがついてくるのを把握しながら、オユキはトモエに話しかける。
「毎度毎度、場所だけ借りる、いえ、訓練用の武器もですか、申し訳なくなってしまいますね。」
「そうですね。場所だけであれば、向こうとは違って直ぐに用意できそうではありますが、武器まで、となると難しそうですからね。」
「ギルドのように、木製とはいえ、数を揃えるのは大変そうですからね。」
「ええ。まぁ、借りられるうちは、有難くお借りしましょう。
氾濫というのが落ち着けば、町の外で実践を行いながら、そうなるでしょうから。」
「早く落ち着くとよいのですが、こればかりは。」
そんなことを話しているうちに、揃って傭兵ギルドへとたどり着く。
道中何か話しかけてくるのかと思えば、特にそういう事もなく、覚えのある緊張感を漂わせて、少年たちは黙々とついて来ていた。
昨日は外での活動はあったが、今日は一日訓練、さて、彼らはついてこられるだろうか。
オユキはのんびりとそんなことを考えながら、入り口をくぐると、受付から早速声がかかる。
「おう。今日はどうした。
それと変異種、ありがとうな。おかげでうちも臨時収入が得られた。」
「こちらこそ。イマノルさんがいなければ、どうにもなりませんでしたので。
本当に良かったのですか、イマノルさんのご迷惑にならなければいいのですが。」
「なに、契約に気を付けるだけの話さ。それに、今回は例外中の例外だ。
門の外を少し歩いたら、変異種に襲われましたって、そんなもん、頻繁に起きてたまるかよ。」
そういって、見慣れた受付の男性は、陽気に笑う。
「分かりました。それで、今日も場所を貸して頂ければと。」
「外に行くわけじゃないのか。」
「私も、怪我をしていますから。」
そういって、オユキがつるされた腕を振ると、それもそうかと頷く。
「ああ、成程な。無理をしないのはいい。これをもって同じ場所だ。」
そういって、料金について言及するでもなく、男は木札を受付の台に置く。
「昨日と同じ額でよろしいですか。」
その様子に、トモエがそう聞けば、男は手を振って応える。
「いいさ。うちのもんも、相手をしてもらったらしいからな。
また手の空いてるときにでも、揉んでやってくれ。
なかなか、対人の技を教えられる手合いは、このあたりにいなくてな。」
「分かりました。拙い技でもよろしければ。」
「さんざん能力差があるのに、意表をつける技のどこが拙いか、俺も教えて欲しいもんだよ。」
そういって、男がにやりと笑いながら、いったいった、そういわんばかりに手を振る。
その様子に、トモエとオユキは頭を下げて、訓練場へと向かう。
そこに入る直前、少年たちが息を呑む、そんな音が聞こえ、オユキは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
後からついてくる彼らには、もちろん見えていないだろうが、さて、今日は時間もあるので、昨日よりも厳しいものになりますよ、そんなことを胸中にだけ隠して。