第67話 少年の願い
「なんでだよ。」
床に打ち付けた手をそのままに、少年がそう呟く。
その様子を見て、オユキとトモエは視線をかわし、オユキが話しかける。
「なにをそんなに、憤っておられるのでしょう。」
ぐったりと、上体をギルドの壁に預けるようにしている少年に、オユキがその正面に座り込んで話しかける。
オユキにしても、少年のやるせなさ、それがなにから来るかについては、予測がある程度たつものではあるが、まぁ、自分で話すほうが、吐き出してしまうほうがいいだろう、そう考えて尋ねる。
「なんで、お前は戦えるんだよ。」
オユキと目を合わせることもなく、顔を下げたまま、少年がそう呟く。
その答えは、オユキにしてみれば簡単だ。
今の体、その性能はともかく、技術も、精神も、他人にそうだと言えるだけの積み重ねがある。
「訓練をしてきたからです。」
オユキがそう答えれば、目を潤ませた少年が顔をあげ、荒げた声でオユキに訴える。
「俺だって、俺達だってしてきたさ。
毎日、皆で。孤児院で、今のパーティーで、毎日模擬戦をやったさ。」
「訓練が足りないのでしょう。丸兎相手に、たった30分武器を振っただけで疲れる。
それを十分な訓練などとは、呼びません。」
安易な慰め、それとも現実か。わずかに考えるが、そもそも命のかかったことだと、オユキはただ現実を彼に突きつける。
オユキの言葉に、少年はまた顔を地面に向ける。
「その模擬戦というのは、どの程度の時間、行っていたのでしょう。
疲れた、その程度で休みましたか。町の外に出れば、休むこともできず、魔物が襲って来るのに。」
「毎日、やったんだ。みんなで、疲れるまで。」
「それでは不足です。今日、よくわかったでしょう。」
「なんでだよ。他の狩猟者だって、自分で鍛えて、強くなってるじゃないかよ。」
少年の呟きに、オユキはそういえばこちらの事はよくわからないと、そう思えば、直ぐにイリアが口をはさむ。
「そんなのはごく一部だよ。大体傭兵ギルドで、徹底的に仕込まれてる。
まぁ、あんたらと変わりないさ。調子に乗ってできると思い込んで、それで痛い目にあって駆け込むのさ。
で、それを聞いたあんたらは、明日から頭を下げれるのかい。」
「俺は、一番強いんだ。」
「は。子守が必要なありさまで、よく言えたもんだね。」
そう言うと、イリアはまたトラノスケ、トモエとの会話に戻る。
向こうは向こうで、明日以降、怪我で動けない間の話をしているらしい。
イリアの辛辣な言葉に、傍目にもわかるほどに、少年はこぶしを握り締める。
「イリアさんの仰る通りです。私もあなた方が戦う様を、傍目に見ましたが、まるでなっていません。
ギルドの資料は読みましたか。丸兎を始め、魔物を想定した訓練は行いましたか。
あなた方が今日5人で囲んだ相手は、魔物の中でも、最も弱いとされる相手ですよ。」
オユキがそう告げれば、少年だけではなく、その隣に座る、次に呼ばれるのを待っている少女も、顔を青くする。
「戦っていれば、強くなるんだろ。」
そう、それでもどうにか言葉を絞り出す少年に、包帯のまかれた腕を持ち上げ、オユキは告げる。
「その間に、あなたの友人に怪我をさせてですか。今日、私がそうなったように。」
そう、オユキが言えば、聞こえるほどの歯ぎしりをする。
「自分で、自分が強いなどと、今日の結果を考えれば、言えるわけがないでしょう。
イマノルさんがいなければ、私達はみんな仲良く、グレイハウンド達のお腹の中です。
町まで逃げることはできたでしょうが、それはあなた達、イリアさん、ああ、追われていたお二方ですね、を見捨てれば、そういう条件の元、そうなるでしょう。」
「俺達だって、出来たさ。」
「丸兎相手で、疲れていたあなた達が、町まで、グレイハウンドに追われながら、無事に走り抜けられますか。」
少年はともかく、少女にはその自覚があるのか、言葉もなく、顔は蒼白というよりも、土気色、そう評していいほどのものになっている。
脅しすぎもよくはないのだが、オユキがそんなことを考えていると、少年がまた床に握ったこぶしを打ち付ける。
「なんでだよ。お前みたいな、俺よりも小さい奴ができて、俺にできないわけがないだろうが。
お前だって、あっちの赤毛がいなきゃ、町の外にも出られないんだろうが。」
「私とあなたの差、それは町を出る前に示しませんでしたか。
それに、あなた達が戦っている間にも、私は私で丸兎を討伐していましたよ。」
確かに、体格の問題で、歩きキノコ相手でも時間はかかるし、グレイハウンドに囲まれれば、かなり危険なことになる。
トモエがいなければ、もしくは二人でも危険で得あることには変わりがない、特に今の状況では。
「最も、あなたの言うことも間違いではありません。
危険だと、そう分かっているから、トラノスケさん、あちらの黒髪の方ですね、について来ていただいていましたから。
本来であれば、森の調査に向かう予定だったところを、曲げていただいたうえで。」
そう、オユキが告げれば、少年は勝ち誇ったように、そこがオユキの穴だと言わんばかりに、声を荒げる。
「なんだよ、お前も弱いんじゃないか。
なのに、なんだよ、偉そうに。」
「偉ぶってと、そう聞こえているなら謝罪しますが、あなたより強い、それは事実ですから。」
それにオユキがあっさりと返せば、少年はただ歯噛みをして、こぶしを握り締める。
その様子に、悔しいと、反骨心があるのは悪くはないが、そう考えてオユキは次の言葉を考えるが、それよりも前に、俯いた少年が、切々と訴える。
「なんでだよ。なんで、俺たちは弱いんだよ。
頑張って来たんだ。5人で。皆で、頑張って。
なんで、それで丸兎一匹簡単に倒せないんだよ。」
これまでは、意味がなかった、そういいたいのかよ。
ただ俯いたままの少年がそうこぼす。
さて、どう答えた物か、オユキがそう悩んでいると、トモエはそれに簡潔に応える。
「無駄とまでは言いませんが、効果はほとんどなかったのでしょうね。」
トモエの言葉に、少年はただ歯を食いしばる。
「そもそも、技術、体力、一切足りていません。
独学で大成できるほど、武の道は甘くありません。
それこそ、独自の流派を興せるのは、ごく一部の人間です。
また、その中でも誰からも教えを請わず、本当に0からともなれば、数百年に一人、それほどのものです。」
トモエは、ただそれが事実と、少年に告げる。
「傭兵ギルドに、教えを乞うといいでしょう。
そうすれば、少なくともあなた方のこれまでの努力とやら、それがどの程度のものだったのか、良く分かると思いますよ。」
トモエがそう言えば、イリアも横で頷いている。
他にもちらほらと、ギルド内にいる狩猟者は、何処か生暖かい目で、少年たちを見るばかり。
ようは、この年頃にありがちな、根拠のない全能感、それだろう、そう察して成り行きを見守っているのだろう。
イリアが口にしたように、このような状況でさえなければ、町の外で丸兎を追いかけまわし、それを繰り返すうちに、徐々に必要な能力が鍛えられ、足らぬことを知れば、その時に改めて傭兵ギルドへ訓練んの申し入れを行えば済むのだから。
今はただ、間が悪い、そういう事なのだろう。
「それとも、今のままで、ただ魔物の餌になる、それがお望みですか。」
そうトモエが告げれば、少年は何も言い返すことはなく、ただ俯いている。
その様子に、オユキがちらりと、トモエに視線を送れば、わかっています、そういうかのように、トモエが頷く。
「さて、私達は、今日明日は、休みます。まだ日も高いですからね。
あなた方が望むなら、これから訓練をつけてあげましょう。」
どうしますか。そうトモエが問いかければ、少年よりも先に、隣に座る少女が、お願いします、そういって頭を下げる。