第61話 狼に追われる人
その言葉に、何がと問うこともなく、オユキとトラノスケは、言葉通りに動く。
五人組の少年少女も、トモエに急き立てられ、困惑しながら、のろのろとオユキ達が立つ場所へと移動してくる。
「なぁ、なんだよ、急に。」
「さぁ。イマノルさんが警戒をしているようですので、相応の事態かと思いますよ。」
「なんだよ、まだ何も起こってないってのに、そんなびくびくしてみっともない。」
「何か起こった時には、もう手遅れですからね。」
仲間の一人、それが戦闘する間に少しは休めたのだろう。
どうやら、元気が戻っているらしい。
オユキが少年の疑問を、あっさりと流すと、何か肩透かしを食らったような、そんな顔をしている。
「トモエさんも、お疲れ様でした。」
「いえいえ、懐かしく、楽しいものですよ。
ただ、集団へという事でしたら、門外漢ですので、後でイマノルさんからご指南いただくほうが良いかと思いますが。」
「そうですね。何事もなければ、そういうのもよいでしょう。」
そう、オユキとトモエが二人で話していると、少年が早速噛みつき始める。
「なんだよ。ずいぶんあいつを持ち上げるな。
こんだけ人数がいるんだ、何があってもどうにかなるだろ。」
そう言う少年に、トモエはやはり辛辣に言葉を返す。
「少なくとも、私はあなたを戦闘の際人数として数えません。
何があっても、そこを動かないように。」
「そうですね、私も戦わなければいけない、そのような状況であなた方を守ってあげられはしませんから。」
イマノルが、徐々に緊張感を高めているのが分かり、オユキとトモエはそれぞれ武器に手をかける。
以前、二人が気が付く前に魔物の接近に気が付いていたトラノスケは、恐らく何が起こったのか気が付いているのだろう、既に厳しい顔で、武器を手に構えを取っている。
「なんだよ、戦ったのは俺たちだけで、そっちの三人はただ見てただけだろうが。」
「あなたが気づいていないだけで、丸兎を間引いていましたよ。
こんな見晴らしのいい場所で、数も多いというのに、何故常に一匹だけを相手にできたと思っているのですか。」
「ああ、皆さん。お話はそこまで。」
イマノルがそう言うと同時に、まだかなり距離のある森の切れ目、そこに灰色が見えるようになった。
そして、遠目にもわかるほどに、大きな灰色の塊も、そこには見える。
それを引きつけるようにして、二人組の女性が走っている。
「さて、位置が悪いので、なん体かは抜けます。」
「ああ、わかった。まぁ、強化されていても、グレイハウンド相手なら、なんとかなるさ。」
「私たちは、少し怪しいので守勢に回りますね。」
「ええ、あの二人が私たちの後ろに下がるでしょうから、4人で協力して対処をお願いしますね。」
既に森からあふれた灰色は、速度を増して草原の緑を塗り替えるように、オユキ達に向けて走ってくる。
逃げる二人も、イマノルに気が付いたのか、声を上げる。
「逃げろ。変異種だ。」
「お二人とも、そのままこちらに。」
こちらを心配する、そんな声に取り合うことなく、イマノルが返す。
遠目にはわからなかったが、両者とも相応に怪我をしている。
一人は肩を抑え、もう一人は、出血が離れていてもわかるほどだ。
両者とも、手に武器は持たず、声をかけられたイマノルに従うように、走ってくる。
その足はそれなりに早く、もちろんオユキに比べればかなり早いが、グレイハウンドに追いつかれることなく、駆け抜ける。
「すまない。」
どうにか、イマノルの横を抜けるときに、そう声をかけ、そのままオユキ達のほうまで抜けてくる。
イマノルは、彼女たちが駆け抜けると同時に、武器を一振りして、迫るグレイハウンドをまとめて蹴散らしている。
「お二人とも、薬の手持ちは。」
「逃げるときに、荷物は捨ててきた。」
「それでは、こちらを。あくまで軽傷用ですが、無いよりはましでしょう。」
「恩に着る。代金は後で払う。」
そういって、オユキとトモエがそれぞれに薬の入った袋を渡せば、慣れていると、そうわかる手つきで、それらを使い始める。
ただ、間の悪いことに、イマノルの横を抜けたグレイハウンドが、こちらにも接近しつつある。
数はかなり多く、イマノルが一薙ぎで、6匹ほどを片付けるとはいえ、それでも数が多く、トラノスケの横からも抜けてくる。
そんな相手に、トモエが剣を構えながら対峙する。
オユキはその横から、槍を油断なく構える。
少年たちは、あまりの数がいる群れと、傷だらけの二人を見てか、顔を青くして、動くこともできていない。
「私から仕掛けます。」
トモエはそういうと、グレイハウンドへと向けて踏み込み、剣を振る。
相手は、それを後ろに跳んで躱す。
着地を待たずに、オユキが繰り出した槍は、確かにグレイハウンドの腹に刺さったが、それだけで相手が消えることはなかった。
「以前見た物より、確かに強力になっていますね。」
「これで、数に囲まれれば、打つ手はないでしょうね。
お二人は、自衛できそうですか。」
「ああ、あっちの騎士様が数はかなり削ってくれるからな。
武器がないのはつらいが、まぁ、身を守るだけなら、どうにかなりそうだ。」
その声に、今のところ使う予定のないナイフを、声のするほうに向けて投げる。
「予備はそれだけです。」
「なにからなにまで、手間をかける。」
「いえ、今はとにかく切り抜けることが優先です。」
そう、オユキが声をかける間に、傷で動きの鈍ったグレイハウンドを、トモエが切り伏せる。
イマノルは、オユキにしても捕らえられない速さで、剣を次々と振りながら、森から津波のように流れ出てきたグレイハウンドを、次々と消し飛ばす。
そして、それを避けるように広がった相手は、トラノスケが、触れるを幸いと、次々と切り伏せる。
その様子を一度確認すれば、また、数匹のグレイハウンドが二人を抜けて、後方にまでやってくる。
今後も、少しづつ数は増えそうだ、そんなことを考えながら、トモエが牽制し、跳んだり、トモエに攻撃を仕掛けようとする、魔物を淡々と削る。
そうしているうちに、肩を抑えていた女性が、ナイフを片手に、トモエの側に立つ。
「前に出るぞ。」
そう言った女性は無造作に、そう見えるようにグレイハウンドに近寄ると、それが反応する前に、ナイフで軽々と喉を切り裂く。
そして動きを止めた相手に、トモエがとどめを刺す。
「お見事です。」
「まぁ、数がいなければな。」
「お連れの方は。」
「血を流しすぎた。命に別状はないが、戦えない。」
「成程。早く片付けばいいのですが。」
「それにしても、こんなところに騎士がいてくれて助かった。
すまないな、教導中だったのだろう。」
五人で固まるようにして、青い顔をし、かすかに肩を震わせる、そんな相手を一瞥して、そう声をかけてくる。
「人命が優先ですよ。そのために力を得るのですから。」
「そうできる人間は、なかなか少ないと思うがな。次、4匹抜けて来るぞ。」
まだ抜けて来てもいない、そんなグレイハウンドの数を、女性は口にしながら構えをとる。
そちらの方向に、目線は向けながら、オユキもトモエも、周囲に気を配る。
だが、実際には女性の構える方向に、ちょうど言われた数のグレイハウンドが、かけてくる。その勢いで、飛び掛かろうと。
グレイハウンドが、飛び掛かる、僅かに浮いたと、そう見えたときには、女性が戦闘の一体のすぐ横まで移動し、喉と足を切り、その後ろにいた物を蹴り飛ばす。
空中で切られ、勢いは残しながらも、体勢を崩したグレイハウンドを、トモエが切り捨て、オユキはその脇から攻撃を仕掛けようとする、そんな相手を牽制する。
そうしている折、意識を少しそらしていた、そんな5人から、一人が飛び出す。
「俺だって、やれるさ。」
そんなことを言いながら、オユキの牽制するグレイハウンド、に向けて、大上段に剣を構えたまま、少年が突っ込もうとする。
オユキが慌てて、少年の足を石突を回しながら払い、その勢いのまま、前に転がる少年を追い抜いて前に出る。
残った一匹は、既に女性のナイフの餌食になっているが、オユキが相手取っていた一体は、目の前の獲物に向けて、容赦なく牙を向ける。