第496話 続く場を後に任せて
祭りの喧騒は時間に連れて、徐々に高まってきている。これが正式な祭りという話も流しているのだ。ならば、町にこれまで残っていた者達も、我も我もと外に出て来る。門番、内外を隔てるその人物に、本来であれば断れるであろう相手も。そして、ローレンツを始めとした騎士達も、町で警護の必要が無くなれば手が空いた物が出てきて、こちらでそれにあたってくれている。正式な功績、神々からの物は今の所ローレンツだけではあるのだが、戦闘を得てとしない者達から贈られたもので、どの騎士も飾られている。
「流石に、あれは騎士としてどうなのかと思いますが。」
「守るべき相手から、誠意をもって送られたのだ。騎士として断る事こそあり得ぬ。」
「子供が怯えていますのに。」
メイが苦言を呈し、アベルがそれに元の立場として応える。
一人の騎士がソポルト、熊の魔物を両断し、それが丸々残った。そしてそれを綺麗に頭部は残したまま飾りとして加工したものを贈られ、それを鎧の上からかぶっている。
皮をなめすにしても、綺麗に洗浄するにしてももっと時間がかかりそうなものだがそれを魔術で解決した結果ではある。他の騎士にしても、早速とばかりに作られた魔物の一部を利用した装飾を方々から贈られどうにかこうにか身に着けている。勿論、騎士だけでなく、魔物と戦い、その糧を持ち帰った物は数の違いこそあれど例外なく。
「あら、いいじゃない。」
そして、獣の理で生きる部族からは理解が得られるが。
「流石に私もどうかと。」
ただ、オユキの目から見ても既に騎士というよりも、蛮族と呼ぶ方がしっくりくる見た目の者達がいるのはどうかと思ってしまう。
「それはそれとして、祭りの条件ですが。」
「ええ。そこまで難しい物ではありません。魔物の加護を分かち合う、狩猟の成果を神々に返す、その素地があった上で安息の加護の外でそれを大々的に行えれば良い、そういう物です。」
外見ついては、そもそも騎士としての誓い、剣と盾に懸けた矜持がある以上どうにもならないとアベルが誰とも目を合わせないようにメイに言い返したことで理解はした。ならばそれは良しとしてオユキは話を変える。あれこれと今後に関する話も進み、食事や短い時間で用意された装飾の品評などが主になっていたこともあり、オユキから改めて司教に向けて話を振る。
「素地、ですか。」
「一時の物を神々はお認め下さりませんよ。困難に継続して、それが特に心に叶うものですから。特に今は木々と狩猟の神は遠い。」
「お忙しいとは、私も伺っていますからね。」
司教の言葉に従えば、そう言った素地の有無。魔物を狩り加護を得る、その指標としてこの祭りが開催できるかどうかも一つの指標になりそうではある。
「オユキとアイリスは、領都と王都でそれぞれ求められそうですか。」
「無いと思うわよ。先に教会でしょうし。私たちは戦と武技だもの。」
「時間との兼ね合いもありますし。王都は特に水と癒しの神殿もありますから、過去の逸話を考えれば。」
アイリスの発言ももっともだ。それこそそれぞれの領地で、木々と狩猟を祀る者達が主導しなければならない物であるし、領都ではたいして時間も使えない。そして、王都はその始まりに魔物を散々狩ったうえで訪れた相手に好意を持たなかった、そう言った話も残っている。
「ならば、一先ず予定に変更はなさそうですか。」
「いえ、それはまた別の話になるでしょうね。恐らく一週程早くなるでしょう。」
結論としてそれは確かに見えてはいるが、だからと言って事前に情報を共有しないで済むわけでもない。そして、この祭りの結果、それを報告もしなければならない。都市間の通信機能があり、それが行えるとしてどうにもこちらも制限があるようではあるのだから。ミズキリ、それに詳しい人間の言葉を借りれば、硬貨と魔石が求められる。特にこの町ではダンジョンの為にそちらを大いに使っている以上、最低限しか行えないはずではある。
「急げば済む話じゃないかしら。」
「私は、そちらを選択したくないですね。」
なんだかんだと傭兵として並んで駆け抜ければ済むアイリス、そちらからは実に乱暴な解決策が提示されるが。
「それに、道中寄らなければならない場所も多いでしょうから。話が逸れましたね。祭りとしては、こう、何か形式の指定があったりは。」
「いいえ、特には。彼の神は他の神々と違い、殊更それぞれが喜ぶことをお好みですから。」
「いよいよダンジョンへの感謝、そちらと同じような様相を呈しそうですね。」
よく言えば賑やかな、悪く言えば猥雑な。そう言った形式になるのだろう。治安を管理するものとして、メイが頭を抱えるのもよくわかる。そして、その際に戦力として間違いなく計上される傭兵達の管理者にしても。ただ、そちらにしても体制を構築するのは先の事。それこそ今から頭を寄せ合う必要はあるが、それでも直ぐに必要になる事でもない。ただ、それについてはオユキからも思うところがある。
「いっそ、ダンジョンへの感謝と纏めるのも良いかと。」
どちらも賑やかな祭りなのだ。ならば一緒にというのも一つの正解となる。
「懸念として、用意を考えることもあるのでしょうが、先に、時間がかかる者達はそれこそ事前に。ギリギリまで、それこそ良い素材を求める者達にはこの機会というのも、一つでしょう。どうした所で料理などは日持ちがするものでもありませんし。」
ともすれば制御を離れそうなことを何故、そんな顔が並んでいるのでオユキの考える理由を伝える。
「確かにな。装飾にしても、この日に手に入れた物を翌年の祭りで、それも一つではあるだろうな。素材のいくらかはどうした所で時間がかかる。」
「ふむ。分かち合い、長く持つものはそれこそ更なる手を加えてか。確かにそれも良いのではないか。我らとしても、全てを当日にと言われても手が足りぬしな。」
「祭りという口実があれば、税務についても別としやすいのはそうですけれど。」
ただ、メイの反応はやはり鈍い。それこそ先のダンジョンその祭りと同じことではある。忙しい、その予測があまりにも明快であるため直ぐに返答などできる物では無い。
「福利厚生、この言葉で通じるかは分かりませんが、ケレスさんの得意分野です。日程に幅がどうしても要りますし、あそこで安穏としているミズキリに素案を作らせれば、彼女の方で現実的な案と出来るでしょう。」
「異邦では、似たようなものが。」
「どういえばいいのでしょう、慰労会に近い物を含め、折に触れて行っていましたから。」
「ああ、それでお前はそれを好むのか。」
すっかりとアベルにしても口調が崩れている。呼ばれて暫くは、多くの人の前だからと多少は合わせた言葉を使っていたが、今となってはすっかり祭りの空気に流されている。一応、それぞれが持ち込んだものを下賜するときにはらしい振る舞いは行うが。
「全く、貴女方は本当に。」
そうしてメイがため息をつくが、一先ず納得は得られたらしい。
「流石に私は休むと宣言していますから、それが終われば報告書などは引き取りましょう。司教様も。」
ロザリアから話を聞き、過去にあった祭り、それをどのように行うのがいいか。それを報告する際には、やはり巫女という肩書きが効力を発揮する。関する神の名という部分で多少の不安はあるが、それこそそれをさせないだけの情報を集め、説得してしまえばいい。公爵の発言にも祭りの管理は各地の統治者が行うと、それもあったのだ。ならば始まりの町ではこのようなものだと、そう言ってしまえば片が付きもする。
今後移動の困難が排されて行けば、各地で独自色を抱えたそれを楽しみに行きかう人々というのも上手くすれば生まれてくるかもしれない。どうにも観光という行動にトモエが引け目を感じている事もある。ならばオユキとしてはそれが一般化されるのは先として、今後の流れを作るなどという言い訳の幾つかも用意しておきたい。楽しむべき時に、楽しませるべき相手がそれを十全と出来ない等。
「ええ、勿論より細かいお話などもさせて頂きますとも。」
「有難う御座います。」
そして、オユキとしてもそろそろいい加減に満腹が近づいてきている。今は気心知れた相手が持ってきてくれた、ウナギのぶつ切りなども併せて煮込んだ魚介のスープをのんびりと食べ進めている。同席している者達からも、好評を博しているため、今後、今も賑やかに陸に釣り上げては追いかけまわしている。
「さて、私たちはそろそろ引き上げましょうか。」
話すべきことも話したし、下賜すべき物も既に渡してしまっている。戻ると決め込めば、いくらかの騎士達も引き上げる事にはなるだろうが、今となっては傭兵達も狩りの手を休めてあれこれと町の人々に構われている。ならば護衛の手としても、そこまで必要になる物でもないだろう。
「今だ療養中とのことですし、そろそろ風も冷えて来ていますから、その方が良いでしょうね。」
「アイリスさんは、まだしばらくはといった様子ですね。」
「私もそろそろ戻るわよ。目当ての物が出てきたら、それで渡すつもりだし。」
ローレンツが仕留めたバイソンも、いよいよ解体が進みこれからステーキに適した部位が焼かれて饗され事だろう。切り取られた肉の塊を料理人たちがそれぞれに自分たちの炊事場に持ち帰り、それを前にあの手この手を考えている事だろう。アルノーがその中でも特に手早く処理を始めてはいるし、アイリスの視線もそちらにしっかりと向いている。ここまで既にかなりの量を口にしていただろうに、それを最後にするだけの構えはあるらしい。
「正直、俺も楽しみだな。」
視線の向く先では、随分と挑戦的な大きさの塊肉とまだ理解ができる範囲に切り出しているものがある。
「では、トモエさん達もこれ以上の戦闘は予定していなさそうですから、このあたりで。」
「ええ。ただオユキさんは、改めて巫女として品を下賜する所作を習っておいてくださいね。」
「いよいよ戦と武技の神の教会から人を頼まねばいけなさそうですね。」
それについては、王都に向かえばまた何かありそうでもある。あちらでは助祭に散々お世話になったのだ。それこそまた同じ相手をと願えば、叶えられそうではあるがそれにしても闘技場に置かれている神を象った像、その処遇の進捗しだいとはなるだろう。