第485話 次の道行きを
さて、枕として書かれている箴言や恨み言を一度おいておけば、そこには今後行うべきことが3点ほど書かれていた。これまでのように小箱でもなく、夢で呼び立てる訳でも無い。恐らく、その辺りに何か制限がありそうだと思い至る物だが。
「また、なかなか難儀な物ですね。」
「ええ、まったく。」
書かれていることの一つ、他を経由して、それこそ戦と武技になるかと思えば巫女経由でとなったのか、気が付いたからより気安くなったのか。アナに渡すべき装飾に変わる石。トモエが弾き飛ばしたことを、若干気にはしているが、突然前兆を感じられて頭上から落ちてくれば、そうなるのもやむなしとしか言えない。
とにかく、預かったそれを今日この後司教に渡すのは構わない物だとして。
「領都の南区の一部を、ですか。必要は分かりますが。」
「領都、ですか。」
「はい。」
カレンが不思議そうにしているが、そちらにオユキはすぐに応えずに相槌だけを返す。
元々そこで暮らす者ではある以上、気になるというのは理解が及ぶのだが、それにしてもカレンでは無く公爵に話すのが先だ。神々から直接送られた物であるため、除き込むような不作法は当然する訳もない。そう言った理解はあるが、読めるかどうか、その確認をしてしまいたいという欲もオユキにはあるが。
「失われた安息の加護、それに対しての物ですね。」
散々オユキ達が振り回した結果、勿論寄子のメイもその中に含まれているのだろうし、シグルドの贈り物、それが神々に接収されることもあるのだろう。そう言った諸々への補填として、南区の一部、勿論以前まで同じとはいかないが、一部を安息の加護下に改めておくと、そう言った事が書かれている。
ただし、同じことが近々起こるようであれば、それは他へも波及せざるを得ないとの条件もあるが。
都市の管理体制、それにも関わる事でもあるため、オユキとして布告を出すわけにもいかない。勿論公爵からそれの一端を担う事は求められるだろうが、それこそ相談の上で形を決める必要がある。
「こちらは、急ぎメイ様に連絡を取って頂くしかありませんね。その、ご心配頂く事ではありません。領都の加護、それを一部戻すとそのようなお話です。」
それを単純に嬉しそうに受け取るカレンと、シェリアの差が実にわかりやすい物だ。
勿論、これにしても相応に仕事が増える事ではあるのだが、これまで程ではない。
問題は、最後の一つ。
「祭りともまた違う、祈願の儀式、ですか。」
祭祀の手順、それについても特に記載がない。ただ、それを王都で執り行うようにとしか書かれていない。
「お二方は、こう、何か思い当たる事が有ったりは。」
トモエとオユキで分からぬなら、現地で暮らしているものはと話を振ってみてもその反応は芳しくない。
「祈願、ですか。何をともわからぬのでは。」
「魔物の討伐の折や、国王陛下が代替わりを為される時、これまで節々に神殿が主導して行われてきましたが。」
カレンからは心当たりがなく、シェリアの方でも具体的にでは何を祈願するのかがわからなければ、という事であるらしい。そして、手元に来た手紙にそういった記載は一切ない。ロザリアに聞いて明確な回答があるとも思えず、恐らく王都の神殿には話が言っているだろうとは想像がつく。そして、それについて問い合わせればこれ幸いと準備があるから王都に早く、そう求められるのは想像に難くない。
早く行こうにも、領都でやらなければならない事が有るのだから。そして、それを前面に押し出せば公爵の統治者としての手腕が問われるという物だ。
そういった諸々を最初から王家のひも付きに伝えずにという思考もあるにはあるが、それこそ神殿が把握していれば意味などない。マリーア公爵は、巫女に神事よりも己を優先させる存在だとして、より攻撃される材料を抱える事になってお終いだ。だからこそ、伏せてもよさそうな部分は伏せた上で、重要だとしなかったと言い訳が通る範囲で伏せながらオユキは話して聞かせている。
ここまでの期間で、シェリアの方でも役割分担の理解が進んでいるらしく、探るような視線をトモエに向けた上で胡乱な者を見るかのようにオユキに視線を送っているのだが。
「儀式であれば、門かとも思いますが。」
そうしてシェリアが作る言葉は、分かった上での事だろう。
「そうですね。それもあります。その日程についても、未だにお返事は頂けていませんが。」
言外にそれは今回の件ついて該当していないと、オユキからはそう返す。恐らく神に関わる事で虚言を弄すれば、その負担は自分たちに返ってくるとあまりにはっきりと理解できているから。
伏せている事など単純だ、トモエとオユキの負担それでしかない。参加は無理だと言われたオユキは、無理に場に飛び込み結果を作るための一助、トモエからは少々苦言を、心配もあって呈されたが、それがある。トモエの方でも神が己の武器として持ち込んだもの、そのほんの端とはいえ切る事に成功したのだ。場としてはアイリスに、この町に与えられた功績、それ以外が確かにそこに存在している。
始まりの町にはすでに過剰な物が与えられると決まっている、では残りはどうるのかと言えば、他に与える事になる。その忙しさがそこに生まれるという物だ。
「こちらに来ている者達も、日程が定まっていないとそのように。」
「面倒をかけていますね。」
シェリアがため息とともに零す言葉については、オユキも同意しかない。
そもそも、今後の予定、それは後続の人員が持ってくると誰もが考えていたのだ。しかし追加でこちらに来た第二騎士団、それが預かっていないと、そう言い切るのだ。
「繰り返しの確認となって申し訳ありませんが。」
「後続は、一部残っているのは確かです。ただ、それも本来であれば既に到着しているはずなのですが。」
「予測はありましたし、オユキさんは事前に話していたわけですから、そこまで遅れが出るとも思えないのですが。」
「通例であればそうなのですが、こちらの状況も変わっていることが多く、受け入れの準備が整っていないと先遣隊からの報告もあり。」
とにかく色々と重なって、本来の予定、王都から追加で送ろうと考えた人員にしても動かせていない物がいるという事であるらしい。
「その辺りは、アベルさんに確認するのが早いでしょうか。なんにせよ、こうして巫女としての職務を改めて、いえ名を頂いた神という訳ではありませんが、仰せつかったわけです。」
書かれている神事、それを今この場で口にしないのは結局のところ公爵経由で調整を頼まなければ厄介が増えるだろうという想像による。つまり、他者による確認が行われる手紙として、事前に相談できるものではない。届けられる手紙にしても、王家から以外の者であれば、近衛はその職責に置いて、王家から下された勅命に従って確認し、写しを作り、それを送る。オユキとトモエが書くものについては、そもそもメイにすら確認されている。その証拠に、メイから贈られてくる手紙の中には、もう少し詩作であったりを勉強してはどうかと、そう言った言葉も含まれているのだから。
「マリーア公爵に、予定より早くなりますが、ご足労を願うか私たちが移動を早くするか。」
相談では無く、今はこれを考えている、それを示す為にオユキはそれを口にする。
「今日は手紙だけ、この後は夕方に向けて休むと決めていますので、カレンさんから第二騎士団に。現状の戦力で領都まで移動するのに不足はないのか、そうであるなら移動に必要な工程を決めるようにと。」
「畏まりました。」
オユキの方でも、勿論現在の体調は旅には不安であるが、それこそこれまでのように体を動かすなどと言わず、荷物として扱われていれば問題はない。トモエにしても同様だ。
ただ、実際の準備は祭りの後に始まるため、そこまでを踏まえれば、どうにかなると、そう言えるものではある。予定の変更、そこでかかる負担。それについてはオユキが作った思考、それに対するものだとしてどうにか飲み込むしかない物ではあるのだが。
「騎士団から、私の体調についての不安があると、そう話しが出ればカナリア様に。王家へ収める予定があるとはいえ、奇跡、魔術文字そのものは私が授かったものです。旅の中で問題がないかを確かめると、そう言った言い訳も作れますので、それを用いた上で予定を立てるようにと。」
一先ずの事として、オユキはそう指示する。
言った先々で起こると、起こせと書かれていることについては伏せたまま。
トモエとオユキ、揃って面倒と考えているのは、王都での祈願というのもあるがそれに付け加えられていることが主なのだ。そもそも、そう言った神事など、これまで散々こなしてきた。日程を考えれば煩わしさを感じるが、こちらで暮らす上でと考えれば仕事以上の何物でもない。これまで通り、そう片づけられる。
そうでない物が、それぞれに。
オユキの方では、領都で禅問答に近い物をする必要があり、トモエの方でも五月蠅い小雀共を薙ぎ払うといった仕事があるのだとそう書かれている。要は、オユキは領都で過去の歪、これから滅びる事が決まった存在に汚染された相手との問答が。トモエの方でも大会、それがあまりに不公平だと声を空けるだけの手合いをねじ伏せるといった、仕事ですらないただ作業と呼べる事柄が待っていると書かれている。
そして、オユキもトモエも。それに対して何ら必要性を見いだせない。そうせよと言われたから、それを行う。作業以上の何かでは決してない。ただ、その場に於いて気を付けなければならない事が有り、準備がありと。ただただ、煩わしさがそこにあるだけだ。そんな事に時間を使うくらいなら、そう考えざるを得ない類の。
互いにそういった思考を作っているだろう、そう考えて目を合わせれば、やはり疲労がその目の奥に。
「こういう仕事も、まぁある物ですから。」
「ええ、そうでしょうとも。」
理解はできるが納得はしていないと、互いにその感情を共有して、ただため息をつく。
ただただ時間のかかる作業であり、トモエとオユキには何処まで言っても関係のない、それを達成したところで身内、見知った顔がそれを喜ぶこともないと分かっているその作業を行うと、ただ心に決めて。
それ以外の相手が、まぁ喜ぶのかもしれない、せめてそれを慰めに。
旧年中、拙作をお読みいただけました事お礼申し上げます。
誤字脱字を筆頭に至らぬことも多々あるかと思いますが、それでもお付き合いくださっている皆様に、改めてお礼を申し上げるとともに、今後も無聊を慰める一助になれる事を願いまして、新年のあいさつとさせて頂きたく存じます。
本年もどうかよろしくお願い申し上げます。
どうにも忙しい日々が続き、先を書く以上の事が出来ておりませんが、改めて纏まった休みが取れた折には手直しを始め、各種修正などを行わせて頂く所存です。