第481話 彼らの今後
「今後、ですか。」
「はい。何も私の下でずっとという事も無いでしょうから。」
こちらに来る人々は、各々望みという物を持ってくる。
そもそも、死んだ後もこうして未練たらしく過去に存在した舞台に上った者達が。我執、未練、言葉は何であったとしてそれをするだけの動機を持った者達だ。今はここに来るにあたっての前提が与えられているため、手っ取り早く日々の糧を得るために現状を得ているだけだ。
それこそ真っ当に商業活動を行うには、基盤が無ければ魔物と戦う選択肢が唯一。カリンはともかく、他の二人はそれが出来る訳もない。しかし、この町においては既に二人とも存分に能力を見せている。ヴィルヘルミナは既に問題ないだろう。アルノーが、そもそも素材が無ければ、身一つでというのも難しいところがあるため少々難儀するくらい。
「私は、暫くお世話になってもいいのなら、お願いしたいわ。今後という事であれば、それこそ歌を求めてあちらこちら、それには都合がいいとも聞いていますし。」
「まぁ、私たちにしても観光が目的ですから。」
「一応、歌を披露する場、それくらいはとも思うけれど。」
今、こちらではそれが軽視されている。
そう言った物を大事にするであろう国もあるが、そちらはここからは遠い。
「私もそうですね。十年単位でご厄介になれればと。店舗を構えようにも、一人だけでは難しいですし、生臭い話になりますが。」
「珍しい食材、他国のそれ等を求めればそうもなりますか。」
「お恥ずかしながら。」
アルノーにしても、確かにその方が都合がいいだろう。年数にしても、彼の補佐を行う人員を育てるとそういった事も考えての事と考えれば、納得のいくものでもある。
残った一人、ではそちらはどうかと視線を向ければ。
「この体に馴染むまでは、お世話になれればと。」
カリンがそう言えば、トモエとオユキ揃って頷いて答える。恐らく彼女が早々に庇護下から出ていくことになるだろう。
「折に触れて、機会があれば。それは考えるのですが。」
「毎年、この国の王都で開かれる大会には参加しますから。」
カリンから求められる物については、それを叶える盛大な舞台もある。オユキの参加については、次回から難色を示されそうなものだが、トモエはでないという事がないだろう。
それこそ形式によってはどうなるか分かった物では無いが。
「王都ですか。では、私はそちらで生活の場を整える事を考えましょう。」
「そうですね。その辺りはこちらでもお手伝いしますね。ヴィルヘルミナさんの物はすぐにとはいきませんし、私たちだけでという訳にも行きませんが、アルノーさんも。」
二人がトモエとオユキの物とから離れると決めたのであれば、その時にそこまでのお礼も兼ねてとするのがいいだろうと、オユキはそう決めておく。いつぞやにも口に出したこともあるが、オユキとしては財をため込む趣味はない。そして、今回は諸々が重なったこともあり既にかなりの物がため込まれてしまっている。
高額な買い物でもと、そのような事はオユキも考えるがそもそも嗜好品もそこまでだ。お酒を嗜む位はするが、現状もそうであるし、以前にしてもそこまで量を求める性質でもない。
「厚かましいお願いをしても宜しいかしら。」
「舞台衣装の類でしょうか。」
ヴィルヘルミナが少し恥ずかし気に声をかけてくるため、オユキもその先に気が付く。歌を披露するにしても、なんというか今の格好のままという訳にもいかないだろう。客人扱いであるため、衣類の類もトモエが頼んで追加を手に入れてはいるが、それにしてもこちらで手に入る物でしかない。
「その、私も。」
「まぁ、舞を披露する以上は、そうでしょうとも。」
そして、歌を披露する相手がそう言えば、踊り子も勿論という物だ。
「布は相応に余っていると思いますので、仕立てられるでしょうが。」
そういってオユキはそのままトモエに視線を向ける。
「正直な所、まだ分けられていないのですよね。それこそ、今頃ゲラルドさんとカリンさんが大いに行ってくれているかと思いますが。」
「仕事の対価として得た物はともかく、陛下から下賜された物については、私たち自身の物を誂えるのが先ですから。」
そう、今届いている物は気軽に他人に渡して良いものばかりでもない。
「陛下から、下賜ですか。その神職としての位を頂いていると、そうとだけ伺って流していましたが。」
「まぁ、色々と。」
「私にお話ししてくださった方からは、多くの神々からの頼まれごとを既に果たされておられると。要人であり、本来であれば下にも置かぬ扱いをと言われましたわ。」
それを望んでいないから、今の扱いに落ち着いている。
「ただ、そういった事もあって、なかなか私たちの予定だけをという訳にも行きませんから。移動も多いので、見て回るにはいいでしょうが、片道の困難は変わらずにあります。」
「片道、ですか。」
「おや、既に話に上っているかと思いましたが、転移を可能とする門をこれから各地の神殿に。戻る時にはよほどのことがない限りは、それを使ってとなるでしょう。」
始まりの町に直接か、王都を経由してとなるかは未定ではあるが。
「そういった流れもありますので、色々と融通は利く立場です。」
「そうであるなら、確かに色々と有難い物ですね。」
アルノーとヴィルヘルミナがそれを殊更喜ぶ。
「ええと、話を戻しまして、私たちが個人的に買い求めた物もそれなりにあるのでしょうが。」
オユキはそういってトモエに視線を向けるが、首を振られる。そちらにしてもトモエが確認して購入した物では無い。王都でそれをしようと思うころには、そのような時間がトモエとて取れなかった。
「一応、既にいくらか届いてはいます。しかしそちらは土産としてあちこちに回して、あまり残っていません。」
「ああ。元々その用途でしたね。」
「いくらか残ってはいますが、選択肢が無くても良いのなら。」
用は、先に来た人員と荷物分はその程度という事らしい。オユキ達個人の物よりも、当然下賜された品が優先される。
「後でゲラルドさんとカレンさんに確認をしましょうか。」
祭りが終わってしばらくすれば、また移動となる。その前にはどのみち片づけなければならない仕事だ。
「一先ず一月後には王都に向けて。そこから先は知識と魔の国ですね、そちらに。道中は相応に苛酷ですので、それを一度試されてから、その先の予定はお伺いしましょうか。王都での生活も、色々と不都合は無いでしょうから。」
そこで言葉を切って、オユキはシェリアに視線を向ける。
王都での住まいが何処になるか、その辺りも今は調整中であろう。
「そうなると、新年を祝う祭りは、王都で参加されるのですね。ならば私もそこで歌を歌う場があればと。まだ、あの公園は残っているのかしら。」
「滞在中、私はほとんど見て回れませんでしたが、ご興味があれば観光をされるのも良いかと。神殿への訪問という事でしたら、私たちに同行して頂くのが簡単かとは思いますが。」
「ええと、ミコで良いのかしら。」
「カリンさんには伝わっていますが、そうですね、ヴィルヘルミナさんとアルノーさんは文化圏が違いますからね。」
こちらの発言が音としてだけ伝わっている、その様子でヴィルヘルミナが口にするため、オユキはそれに少し考えた上で端的に説明する。
「神の声を聴きやすい存在、というのが大きい物です。そうであるため、併せて色々と現世における用事を言いつかるといいましょうか。」
「では、預言者であると。」
「そう言った括りであれば、異邦人は皆そうなる気もするのですよね。」
言葉を預かる者、そう言うのであれば異邦人は皆そうだ。直接神に会い、その上でこちらに来ている。そこでいくらかの言葉を交わし、使命を与えられて。では誰も彼もをそう呼ばず、違いがあるのは何かといえば。オユキについては両親が、トモエにしても義父がこの世界の根幹に関わっている、それがある。
その関係性もあり、殊更気安いのだろうと理解はできる。
「その辺りで言えば、アイリスさんも巫女ですし。そう言えば、祖霊様との兼ね合いは。」
これまで何となく流していたことに思い至り、オユキからアイリスに話を振る。お茶会の席にはあるまじきと思いはするが、懐かしい料理に近い物もあるのだろう、一人で愉快な量を次々と口に運んでいた相手に。
「流石に神々の方が上位だもの。祖霊様には連なる者としての感謝を、頂いた役割は別だわ。」
「部族としての兼ね合いについては。」
「それについて、細かいことが必要になればそれに合わせてお言葉があると思うわよ。とはいっても、人向けの物であれば貴女もいるし、分担は問題ないでしょう。」
「それもそうではありますが。」
オユキとしてはそこについて心配もある。
「何と言いますか、始まりの町だけ、そうはならない気もするんですよね。」
この町の変更、それを大きくするのは難しいというのは想像ができる。
そして、この町の規模、それを考えたときに勿論国を支えるほどの生産など叶う筈もない。では、どこが良いかと言えば、空いている場所も多い王都、それこそ公爵の領都、そう言った場所も候補に上ってくるだろう。
「あら、言っていなかったかしら。」
そして、そこについてアイリスが首をかしげる。
「祖霊様に私の太刀で傷を付けられたもの。ちょっと面倒はあるけれど、それを使って王都にも加護を与えるわよ。そう言われてもいるし。」
「聞いていませんね。となると、社も。」
「まぁ、私も疲れていたもの、忘れる事もあるわ。そうね、新年祭に合わせて社を置くわ。場所は、まぁ、王都につけばわかるでしょ。」
護衛達から、何やら慌てたような気配が広がるが、まぁそれはそちらで対応してくれというしかない。
「皆さま、お忙しそうですわね。」
「ええ、如何ともし難く。」
さて、ヴィルヘルミナが大きくまとめてそう楽しそうに笑う。少なくともこの場にいる異邦人、それは生前寿命を全うしてから改めとなっているのだ。老いた体では叶わぬ忙しさ、それを楽しむ気概を持っている、そう言った者達でもある。
「ただ、皆さんもそれぞれに忙しくなりそうなんですよね。」
アルノー、名を馳せた料理人。こちらの人々が知らぬ知識や技術を多く持っている。勿論、それらを披露することを求められるだろう。
ヴィルヘルミナ、歌姫にしてもそれを楽しむ余裕をある人々から、異邦の地のそれをと求める声も上がるだろう。
カリンにしても、王都に行けば闘技場がある。そこに顔を出せば、彼女とて大いに目を引くだろう。
積み重ねたもの、確かなそれを各々に持っている。過去それで名を馳せてもいるのだ。改めてそれに目を向けよと神から言葉があった以上、当然のように多くの耳目をそれぞれが集める事に違いは無いのだから。