第476話 変わる予定
案内を頼めば、問題なくお茶会という程格式ばった場でもない、ただ昼までの時間をゆったりと過ごす場に、見知った顔が現れる。聞けば異邦人の3人も併せて一度戻っているらしく、身支度を整えて貰った後に、こちらに一度顔を出してもらうように頼んでおく。今後の予定、家主が相応の期間離れるのだ。その間の各人の身の振り方というのも聞いておかなければならない。それこそこの場でという事もなく、予定を伝えて今は考えてもらうというだけだ。
「巫女オユキ様、この度は神々に与えられた役目、それを十全以上に果たされました事まずはお喜び申し上げます。」
見知った顔相手だからこそ、緊張もそこまで得ずに練習できるとの判断だろう。持祭の少女3人が、そう言った振る舞いをするのであればオユキはそれに応えるしかない。殊更その辺りに面倒を感じるアイリスが、気だるげな顔をするものだがそれこそ役目と飲んでもらうしかない。
「事前に彼の神を始め、お言葉を頂いた故です。私共がそう願い、可能な限りの手を尽くした。それを誇る事はあるのでしょうが、神の慈悲は確かにありました。であればこそ、神々に頂いた配慮、そちらにこそ感謝を向けるべきでしょう。」
「いいえ巫女様。神々が与えた試練、それを成し遂げた物こそ称賛されるべき。私たちはこれまでそうしてこの地で生を得て来ました。神々の試練は誰の下にも。しかしそれを、あまりにも大きなそれを果たしたものがどれだけいた事か。神に仕える者、その行いの記録を持つ私たちだからこそ、それを為した方々に敬意を。」
社交としての言葉を返せば、真っ先に先頭にいるアナが言葉に詰まりアドリアーナがその後を継ぐ。どうにも、言い回しであったり、振る舞いであったり。そう言った部分にしっかりとこの少女達も向き不向きを抱えているらしい。
「さて、こうしてわざわざ足を運んでいただいた理由となりますと、本来予定されていた事、それを改めていつ行うのかが決まったのではないかと、そう考えていますが。」
「はい、巫女様。御身の体調がなにより優先されはしますが、明日の夜が調度祭りの半ば。そこが良いのではないかと。」
アナからの言葉にオユキは判断をカナリアに任せる。今この場でオユキの体調、その判断を最終的に誰が行うのかと言えば、この人物以外居ない。
「事前に伺った範囲では、祭りの来歴を改めて語るとともに、巫女様方からお言葉をとのことでしたが。」
「はい、そうです。」
巫女ではない人物、この場にいる以上こちらにも言葉を選ばなければならないが、アナが知った顔ということもあり常の口調で答える。
「降臨祭の来歴は、創世の下りもありますし、数時間に及びますから。他の神職の方のように立ったままという事では無く、巫女様方には席を用意して、そうであるなら。」
オユキとしても、動きながらという訳でも無く、楽な衣装でもなく、そう言った状態で数時間立っていろといわっれば、恐らく中ほどで貧血による症状に襲われることは想像できる。
そして、座ったままだとしても、夜に行われるというのであれば昼の間に一度寝ておかねば持たないだろうという事も。
「そうなると、事前の打ち合わせ、変更などの対応は難しいですね。」
「そちらについては、事前の通りにと。その、変更をお願いしたいこととしては、護衛の手を。」
「ああ。」
散々派手にやらかしたのだ。それこそ畏れはあるのだろうが、近くにいるなら個別にと願う物も当然出てくるだろう。
「こちら迄外の様子は聞こえていませんが。」
「相応の数を既に。」
「そうであるなら、アベル様は、メイ様の方に出向かれていますし、シェリア様から何かおありでしょうか。」
茶会の場でもあるため、侍女としての振る舞いを取っている相手に、やむを得ず近衛としての意見を求める。それこそこの場にしても少し離れたところに騎士は立っているのだが、彼らはどちらかと言えば指示を受ける側だ。
オユキが最初に視線を向けはしたが、反応が無かったため、やむを得ない。
「こちらで、恙なく。」
「では、そちらの話し合いは任せましょう。屋敷からの移動、そこからの事になるでしょうから。」
オユキとしても、これからしばらくは休日と決め込んでいる。これまでであればある程度自身でも計画を考え、それを行う場で把握をしていたが、流石に現状もあり今はそれをすべて担当できるものに任せてしまう。
結果として大仰な物になるであろうし、これまでこちらの町で暮らす人々が見神の話を気安く、近くで聞いただろう祭りとは趣も変わるのだろう。それについて申し訳なさは確かに覚えるが、此処にも門ができる。創造神の分霊がいることもあり、そうなるのだからこの長閑な町もまったくこれまで通りと行くわけもない。
どういった形で、少なくとも今の空気を残したうえでどうしていくのか、それは今頃メイの下に向かったアベルとミズキリ、それからファルコとリヒャルトが頭を寄せ合って話している事だろう。
王都の神殿から、この町まで、既にダンジョンの運用が始まっているこの町まで移動が叶うのだ。報告書以上の事、それとの相違がないのか、見落としがないのか。王都の騎士団にしても、訓練、各地のダンジョンに対応する戦力としての役割が発生する彼らも、都合の良い演習の場ができるならと、そう言った事も当然言い出すだろう。そして、それを行うための魔石、そう言った人物達が仮の宿とする場所、そう言った物が求められる事だろう。
現段階でのオユキの想像では、恐らく町の隣に別の町が出来ると、そう踏んでいるのだが。
「なんにせよ、護衛の段取り、そちらは別で行って頂くとしましょう。」
「畏まりました巫女様。宜しければ、既に御身が得られた神授の品、今はそちらを警護されている騎士様方に対しても。」
「おや、何か問題が。」
「その、此度の祭りの象徴でもあり、祈りを捧げたい人も多く。」
「こう、ある程度まで近づいて、それを認める様にとは私からも伝えられますが。」
どうやら少々過剰な対応が行われているらしい。
ただ、誰でも気安くとするにはオユキの方でも問題がある。運ぶ先が決まっているのだ。それこそ、何かあれば彼らの首が物理的にどうなるか分かった物では無いのだ。
「はい、それだけでも。置いてある場所も教会の隣で、教会に出入りする人に迄。」
「確かに、そこまでとなれば過剰ではありますか。」
この町で日々を暮らす人々が、王都の騎士に威圧されてしまえば身がすくむどころの話ではないだろう。
「私たちも、その。」
「来客に対する不手際は、私の不手際でもありますからね。そちらについては一度私から話をしておきましょう。」
教会関係者、その中でもこの少女達、少年達については見知っているものも多いだろう。今後も何くれとなく司教からの用事を頼まれてこちらに来ることも分かってはいる。一度来客としてオユキが認める人々、それについて改めて宣言しておく必要がある物らしい。
「それなら、私からも話して置かなければいけないわね。」
「アイリスさんも、ですか。」
「ええ、私もオユキと一緒に運ばなければいけないわけだし、そうなると仮の物でしかないけれど社の手配も頼まなければいけないもの。」
「私たちが見ても大丈夫ですけど。」
「あなた達も、必要があれば一緒に移動するでしょ。」
そうアイリスが話せば、実に不思議そうな顔が三つ並ぶものだ。
「魔国は別ですが、この町で、この町の教会で水と癒しの神殿におられる方々と面識があるのは皆さんですから。」
そして、それにしても最近訪れた者達だ。王妃に連れられて、他の日には王太子に連れられて。合間に休日とした日にも、彼らは彼らで足を運んでいたとも聞いている。なんとなれば国王陛下に晩餐に招待されてもいる。全く、子供たちを伴う必要があるというのは、まさにその通りとオユキとしてはため息しか出ない。トモエにしても、苦笑いを浮かべて少女たちを見ているが。
「国王陛下とも面識がありますし、祝祷であったりと、あちらの作法にも覚えがあるでしょう。皆さん意外にいませんよ、適任は。」
「ああ、それで。ここ最近修道士の人がより一層厳しく。」
「そう言う事も、まぁ、あるでしょうね。そうなると、この席にお誘いは出来ませんか。」
オユキとしては、せっかく来たのだからとそのようにも思うが。
「嬉しいんですけど、明日に向けてお掃除とか。」
「まぁ、貴方たちにしてみれば、今が仕事の本番だものね。」
「では、また別の機会に改めてお呼びさせて頂きましょうか。用件は今の所は、それくらいかと思いますが。」
「はい。司教様から伝えて欲しいと頼まれたのと、聞いて来てほしいと言われて事はこれで。」
「それとは別に、オユキちゃんとアイリスさんは大丈夫かなって。」
仕事の事も当然あるにはあるが、少女たちとしてはそれが本題であるらしい。それについては、立って行うはずだったものが出来ないと、そういった事もあって随分と不安げな視線が向けられる。
オユキの方では包帯がまかれている場所は隠れていない。アイリスにしても、毛並みが乱れているので分かりやすい。トモエにしても隠れている場所にはきっちりと包帯がまかれているが。
「ええ、大丈夫ですよ。流石に休まなければなりませんが。」
そして、その休みにしても始まりの町に戻ってからの事ほどではない。派手に神々からの頼まれごとを達成したのだ。すっかり色を失ったはずの功績を貯める器にしても、今では実に色取り取りに輝きを放っている。それを身に着けていれば、怪我の回復にもそちらがしっかりと補助をしてくれるだろう。
「どうにか、大丈夫なだけですからね。」
ただ、カナリアからきっちりと釘を刺される。
「そうなんですか。」
そして、少女達もそちらに信頼を置いているらしい。
それについては、直近でオユキがやらかした事がある。
「はい。やはりマナについてはお二人とも枯渇しています。この度得られた功績の補助があるので、無事に振舞えているだけです。それが無ければ、とてもではありませんが。」
「えっと、オユキちゃん、本当に大丈夫なの。」
「はい。幸いにも此度の事をお認め頂き、授けられた物がこうして助けて下さっていますから。」
そう、大事にならない程度には、やはり配慮がちゃんとあるのだ。
だからこそ、こうして安穏と、多くの事を人に任せた上でしっかりと休んでいる。
そうしてのらりくらりとかわそうとすれば、カナリアが派手にため息をついて零す。
「トモエさんにしても骨折と筋断裂。普通であれば立ち上がるのも難しいという人もいますのに。」
「あまり体重をかけないようにしていますし、添え木も当てているので。」
加えて、やはりこちらでは向こうで感じるほどの痛みが強い物では無い。
それもあって、トモエにしても休みを満喫できる状態ではある。