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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
13章 千早振る神に臨むと謳いあげ
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第473話 古木かな

教会から、与えられた自宅への帰還。それは実に滑らかに進んだ。アイリスがアベルに、トモエはイマノルに肩を借りながら、オユキはシェリアに抱えられて。そのような有様での移動ではあったが、教会の正門、そこにまで入ってきた馬車にそれぞれが放り込まれ、奇跡の代価を支払った者達が休むと、そう宣言がなされれば人が綺麗な道を作った。かけられる言葉に返すことができない残念はあるものだが。

馬車の進む道、その左右を固める人々からは意味のある言葉に聞こえはしない歓声が響きその中を騎士が周囲を固めて進む。何とも物語の中で語られるような行進が行われ、たどり着いた自室でそれぞれに休む為の場所に放り込まれれば、ここまでの忙しさ、その一連も終わりだ。そこから一日はいよいよオユキとアイリスだけでなくトモエも疲労が本格的に体を蝕んだため、しっかりと寝台の住人となった。

トモエにしても、足首の骨にひびが入っただけかと思えば筋肉痛に体を支配され、動くたびに苦笑いとそういった有様だったのだから。

そんな中でもマルコの薬と、カナリアの協力により、翌日にはそれぞれ起き上がり離れた祭りの喧騒に耳を傾けながらお茶を楽しむ程度は出来るようにもなるという物だ。


「たった一日で、随分と様変わりするものですね。」

「祖霊様の力を直接土地が受けたんだもの。これはあくまで余剰でしょうね。」


まだ少々の引きつりは感じるとはいえ、もう話す事には何の問題もないオユキが口を開けばすぐにカナリアからかえってくる。そして、オユキの言葉に応えるアイリスにしても、なんと言えばいいのか。これまでは艶やかな、たとえ本人が不満を覚えていようともそう形容するにふさわしい毛並みを誇っていた人物にしても、ぼそぼそと、そう表現するしか無い在り様だ。換毛期それが近い事を考えたとしても、随分と荒れている。


「アイリスさんは。」

「まぁ、無理をしたもの。生え変わりも近いしそれ待ちね。」


そうして、深々とため息をつく。以前毛並みが良くなったと喜んでいたこともあるし、気にしているのだろう。


「その、シェリア様、申し訳ないのですがゲラルド様を。」

「畏まりました。それとオユキ様、屋外では。」

「ああ、それもそうですね。」


屋外、一応簡単に気で組んだ柵程度はあるが周囲の耳目はあるのだ。


「また、何かあるのかしら。」

「いえ、変わった日程の確認ですね。」

「そう言えばそうね。少しは、いえ、落ち着いてないわね。」

「かなり離れているとも思いますが。」

「それでもわかる位には賑やかよ。」


人の耳では全く聞こえないが、アイリスにはしっかりと聞こえているらしい。


「あの三人の匂いもしないし、もうあっちに出ているのでしょうね。」

「皆さま楽しまれているようで何よりです。」

「そう言えば、昨晩祭りの席で気になる肉があったのだけれど。」


用は空腹でもあるらしい。オユキの方では気分の悪さが勝っているため、食べるのはまだ遠慮したいのだが。


「どれかは分かりませんが、確かに簡単につまめるものでもあればと思いますね。アルノーさんがいないとはいえ、軽食くらいであればと思いますが。」


そうして二人が話していれば、ラズリアが一度頭を下げてからその場を離れる。


「確か、狩猟者ギルドの長から、以前も頂いたハモン・ベジョータの原木もあったはずです。そちらから切り出して、アイリスさんに。トモエさんは。」


オユキの方でも、手間のかからない肉を具体的に頼んでおく。以前の席にはアイリスもいたためしっかりと覚えがあるようで、何やら嬉しそうだ。トモエの方でもどうかと思い確認すれば頷かれるため、それなりの量を頼んでおく。相応に日持ちがするものであるし、アルノーと相談の上、少々まとめて買い込んでおいてもいいかもしれない。彼も日々楽しそうにしてはいるが、やはり賄うべき量が多いこともあり、教会の子供たちにも仕事を任せながら、大量に作れる物が主体になってしまっている。騎士達の方でも、オユキが製作を頼み持ち帰った屋外の調理器具をすっかりと使いこなすくらいには、彼ら自身で料理もするのだが。

ウーヴェの方に、現在この町で数薄くない鍛冶職人の彼に頼みたいといった風ではあるが、まだまだ準備が必要であるらしい。加えて狩猟に出る物も、戦闘を行うものも増えている。緊急性の高い物がある以上、それを行う立場の者であるからこそそちらに優先順位を置くという物だ。


「料理を頼める方、増やせると良いのですけど。」


そう呟いて残る近衛のタルヤに視線を向ければ、緩く首を振られる。


「口に入れるんだもの、それは簡単に良しと出来ないでしょう。」

「それもそうですね。騎士様方の分だけでも分ける事が出来ればと思いますが。」


教会の子供たち、そちらに支払う対価については問題ない。そもそもがオユキ達の望んだ人員ではない。予算の出所は別だ。内情を知る近衛たちは若干苦い顔をしてはいるが、ダンジョンに向かう事を望んだのはそもそも騎士達だ。

加えて今となっては王都では高級食材、鮮魚の類も溜め池に釣り糸を垂らせばそれなりに手に入る。そして、それを十全に完成された皿として提供できる技術者もいる。メイを誘っての茶会の折、酒の生産量と消費量、その悩みについて相談されたことを思い出すという物だ。


「道具もない物。オユキに遠慮してというところもあるのよ。」

「ああ。とはいっても、流石に直ぐには私も体質は変わらないでしょうし。」


今となってはこの屋敷の別館、そこで暮らす騎士も多い。そして、その人数分を賄うだけの肉を焼かれると、オユキはそのにおいだけで食欲が減退する。


「食事の必要性は理解していますし、こう、屋敷の中まで届かないようになればいいのですけど。」


それこそカナリアに頼めば叶えられるのだが、あくまで一時的な物になる。

オユキの顔色を見て、折に触れてシェリアが頼んでくれたりはするが、常設の魔道具にするには色々と手間がかかると言われてそれは叶っていない。そもそも宿舎には調理をする場がない。そうなればどうした所で場所は屋外だ。空間として切り取ることが難しい、範囲としての明確な指標が無く、区切るために短杖を使うにしても上空が際限なく空いているため、難しいという事だ。では新たに炊事場をとなれば、鍛錬の場が削れるためオユキとしてもトモエとしても難色を示さざるを得ない。そもそも一時的な人員に過ぎないわけでもあるのだから。


「オユキ様。」

「ああ、お呼び立てして申し訳ありません。」


考え事をしながらもカップを傾けていれば、声がかかる。

こちらもここに集まる人員同様、少々くたびれた様相を見せるゲラルド。

どうしても最前出の対応を求める為、オユキ達が忙しくしている間は、彼に負担がかかる。そして、それの一助とするためにもオユキはこれまでの様な提案では無く、決定事項として彼に告げる。

判断を仰ぐような、解釈を委ねる様な。そう言った言葉では無く業務命令に近い物をはっきりというのは、さていつ以来であったか。


「明日から一週間、休みます。既に決まっているもの、教会の仕事は引き続き行いますが、あらゆる連絡、返答、訪問。その全てにお応えするつもりはありません。友人が遊びに来る、見まいに訪うというのなら断りはしませんが、その他一切全てをお受けしません。」

「畏まりました。それが宜しいかと。」


流石に、教会というよりも祭りそのもの。そこでは引き受けた仕事もあるし、引き起こしたことも多い。それを過剰にやらないと言い切るわけにもいかず、残った仕事は簡単な物であるためそちらは継続するとして。

ただ、新規の物、その一切は止めろと命令する。

ゲラルドからは実にあっさりと。彼を連れてきたシェリアが少し不安げな顔をするがそちらには、言葉を加えておく。


「現状の報告は、この後認めます。身勝手、身分の差もありますが、王太子妃様は良き隣人とそう考えています。」


王妃の方は仕事というか、政治の色が強すぎるため遠慮は求めるが、オユキ自身が原因を作った王太子妃については流石に配慮する。


「公爵様にも、よほどの事でも無ければ。」

「勿論です。よほどの事など、この場以上に起こる物でも無いでしょう。」


ゲラルドからしっかりと棘は刺されるが。それはもう笑って流すしかない。


「流石に、私も疲れました。勿論それ以外の方にも無理をお願いしましたし、移動もありますから。」


トモエは見落としているが、これほどまでにいろいろ起こったのだ。事前の調整、確認。そういった事を考えれば祭りの前に、そこでどういった情報を改めて開示するのかの協議を含めて、やはり予定よりも早く移動しなければならない。

神々、この世界における最上位が予定を前倒ししたのだ。下々の者たちに影響が出ないはずもない。


「日程の調整などは。」

「いつにつきたいか、それはこちらで決めますが、移動の日程は騎士様方にお願いするでしょう。専門家の方々ですから。移動に向けた準備なども、そうですね傭兵ギルドにも頼むことでもあるでしょうからそちらと連携を取って、実際の素材の収集は狩猟者ギルドで。馬車に関わることはカナリアさん経由で魔術師ギルドに。」


さて、オユキとトモエが、ついでにアイリスも。休むと決め込んだのなら、これまで自分である程度考えた事というのも全て他に投げなければいけない。


「初めて門をくぐる相手、恐らくメイ様の元で働きますが、見知ったかたと思いますし、こちらの仕事に慣れていただくためにも、纏め役を任せるといいでしょう。」

「オユキさん、また言われますよ。」

「大丈夫ですよ。」


トモエから苦笑いしながらオユキはそう言われるのだが、口ではなんだかんだと言われても、実際には必ずオユキを助けてくれるとそういった信頼がある。何せ。


「今の私は重傷を抱え、休まなければいけませんから。」


そう、傷口が開く事など、マナが不足すればどうなるかなどここまでの間でオユキは散々実感していた。

ならば、それすら予定に組み込むのは当然の事だ。


「そこまで踏まえた上で、きちんと話を聞いてくださいね。」

「いえ、流石に無体はしないかと。」

「そこまでが計算の内、そう分かればあの人も色々言いたいこともあるでしょうから。」


オユキの腹積もりなど、トモエにもわかる。実際にどういった思惑で、今後の影響を考えて。それは分かる物では無いのだが、寧ろ直近、身の回りについてはトモエの方が良く分かる。

トモエがそう断言すれば、オユキはただ肩を竦めるのみだ。

間違いなくトモエの言うとおりになるのだろう。それはオユキにもわかるのだから。何やら周囲から呆れたような、何処か諦めを含むようなと息は聞こえるが、休むと決めた。それも現状反対できるものなどいない。

流石にこれ以上の一切は過剰だと、傷を治すというお題目の下、改めてのんびりと過ごすのだ。トモエと共に。

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ツギクルバナー アルファポリス
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