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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
13章 千早振る神に臨むと謳いあげ
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第470話 連影の

獣は既に檻の中にいる。だというのに立場は何処までも逆だ。

檻の中を自由に駆け回り、見えぬ壁を駆けあがり、何もない宙を踏みしめては狩人たちに襲い掛かる。

此処は狐の巣穴。誘われたのはお前たちの方だと、そう言わんばかりに。


「まぁ、よくやっているとは思うわよ。」


盾役の二人は、既に疲労が根深い。

縦横無尽に動きまわる相手に、守らなければならない者を常に背を置き続ける。そのためにはやはりこちらも動き続けなければならない。そして、己の剣では届かぬ以上、攻撃を担う相手が、それを叶える時間すら作らなければならないのだから。アベルの剣ですら、かすりもしないとはトモエにとっても想定外ではあったが。

狐火、それが巻き起こす陽炎。化かし、欺く。それに騎士二人が実にきっちりと嵌っている。攻撃は確かに防ぐが、攻撃が。トモエの目に見える敵の位置、それとは違う方向に向けている。

そういった認識を持ってはいるが、トモエとしてもそれは自己認識に過ぎないと理解している。まだ、一太刀たりとも届いていない、ならば惑わされているのはトモエかもしれないのだから。


「それにしても、思い違いだったかしら。」

「まだこれからです。」


届く言葉は、ここに至っても揶揄うように。

この場が始まり、既に10分は超えた。その間、そこに当たり前のように浮かぶ狐火を潜り、荒れ狂う風の中を太刀で切り裂きながら進み続ける。そんな事をしていれば、呼吸の制御ですら難しくなる。距離が空くたびに、どうにか整えて、それぞれがようやく動くという物だ。

そして、追っているはずの自由な獣は息一つ乱すこともない。加減されている事すらありありと分かる。


「いえね、だって、あなた達、あの日よりも冴えないわよ。」


そして、確かに目を届ける存在が、はっきりと評する。


「加護を与えてもいいかなと、それも思い違いだったかしら。」

「それは。」

「他人の心配、そんな余裕があなたにあるのかしら。」


トモエにしても集中は浅い。最も、それをするのはオユキ以外では父だけであった。

アイリスは、オユキが崩れ落ちそうになるのを見ただろう。トモエには話さなかった事、どれだけの負担を得たのか、それもよくわかっているのだろう。


「最低限、それすら出来ないのなら。私も同じよ。最低限もする気は起きないわ。」

「オユキは、果たしたのです。」

「なら、貴女も。」

「ええ。今更ではありますが、全霊をもって。」


改めて、アイリスの毛並みが輝きを放つ。


「私の与えた物で、私に向かう。流石にそれは愚かという物よ。」

「それ以外があります。」


トモエとしても、それについては言いたいこともある。しかし不足を補うには仕方がない物だろう。大会で見た時よりは良くなっているが、それでもそこにあるのはまだまだ力技だ。技を支えるだけの鍛錬、身体の制御、その不足を力で補っている。

こちらも術理に組み込むというのなら、この状態でも鍛錬を積んだほうが良いのだと、そう話さねばならないなとそんな事をトモエは考え、いよいよ己が散漫になっていることに改めて気が付く。


「で、そっちは。」

「ええ、少々疲労が。」

「それだけじゃないでしょうに。」


極論、トモエはこの相手を己が挑むべき相手として、認識しきれていない。場の主役はどうした所でアイリスであるし、ここで求められるのは突き詰めた技ではない。相手は獣としての流儀を崩さない。荒れ狂う暴力そのものの動きで、トモエたちに向かっている。

それを御して見せろと、それが試しの形だと言われているのはトモエにも分かっているのだが。


「ええ、ですが任されました。その分は。」


そして、この場では教え子も見ている。ただ、必要な目がやはり足りていない。余分な目が多すぎる。弟子ではない、全ては使えない。


「制御を忘れずされど自在に。」


忘れがちな心構えをトモエは改めて口に出す。そもそも挑むことも稀になっていたのだ。試されるなど猶の事。全力をとしてと望まれているのに、枠を作って縮こまっている。

人の世はままならない。それこそオユキと共に何度も口に出したものだが、その煩わしさも楽しいのだ。それが楽しいと教えてくれた相手がいれば。

トモエは今一度心を整えて斬りかかる。そもそも、何故アイリスに遠慮をしなければならないのかと。

これを果たすべきは彼女だろうと、そのような話はしたが、それに不足があるほうが悪いのだ。お膳立てして、それでも出来ないのであれば、トモエがやったとて構うまいと。それで何か言われてしまえば、そちらの不足が原因だとそう返してしまえばいい。


「オユキさんには、また手間をかけますが。」

「おい、今度は何だ。」


どうやら、アベルの耳にもトモエの呟きが届いたらしい。


「いえ、こちらから動きます。巻き込まないように気を付けはしますが。」

「これは、アイリスの。いや、それでか。」


イマノルはわからぬといった風でもあるし、敵はこうしてこちらが息と改めて立ち向かうための気構えを作る時間を与えてくれているのだ。皆伝だからと、驕った振る舞いが許されない相手。戦と武技とも違う、侮らず、敬い、挑まなければならない。

外からは軽く見えるように、しかし地を抉るように力を入れて、体にまっすぐに通せば敵は目の前。どうせ衆目の下で見せた速さを生む動き、それはもう構わない。だから、トモエはそれを使う。見る者が少ないほうが良い、それは事実だが、いい加減覚悟も決まる。

知られた分は、こちらで新しい物をまた積み上げればいい。人の出来る事が何処までも増えている。ならば確かな礎としつつ、そこにさらに積み上げるのだと。


「遅い。」


相手がトモエの太刀を防ぐために、咥えた剣を振るがそれにしても見えている。そもそも口で加えているため、可動域が狭い。防ぐためにと首を動かせば、そこから先には体を回すしかないが、今相手はそこまでを考えていない。


「ガッ。」


それに刀を合わせて、ただ力を放つ。侮っているのは、そっちもだろうと。正しく足先から伝わり、加護も含めた弾きは確かに行われる。大いにバランスを崩し下から上、それを切り返して上から下に。鉄断ち、それを躊躇いなく。

流石にオユキに与えられたそれを試すわけにもいかなかったが、この相手の持つものなら構うまいとばかりに。

しかし、ようやく向こうもこれまで抑えていた物から一段上げる。確かに、かすかな物でしかないが。それでもあの獣の持つ剣は斬れた。その感触が確かに手元に返ってきた。

そのまま宙を踊る相手に、離れた場所を斬るための太刀を振るえば、離れているせいもあり、身をよじって躱される。斬撃が飛ぶわけでもなく、太刀の延長として確かに叶えられる、他に使う物も見た事がない技だというのに。


「あなたのそれは、危ないわね。」

「目で見て躱される、今はその程度です。」


使っている当人ですら見えていないというのに。

ただ、トモエに意識を割けば、そこには当然もう一人。裂ぱくの気合と共に大太刀をもって躍りかかる相手がいる。そちらを後ろ足でけりつけるが、アイリスはその場で足を動かしそれを交わし、間合いに入った相手になんの躊躇もなく振り下ろす。


「いいわ、ようやく集中できてるじゃない。」


試されるものが、他に意識を移すのはそれは確かにいい気はしないだろう。


「改めて、来なさい。時間もあまり残っていないわよ。」


その言葉に、トモエもアイリスも直ぐに動く。短い物でしかないが、アイリスを交わした反動で地に舞い戻った獣に直ぐに距離を詰め、また太刀を振るう。剣で防がず、獣が飛んで逃げれば上空から、何もない其処を足場に跳ぶアイリスが降ってきて、その勢いも併せて太刀を。

それを体の半ばまで降って剣で弾けば、そこが隙だとばかりにトモエが飛び込み、しかし剣よりも間違いなく危険な爪、それがトモエを襲う。そしてその爪は既に端々がちぎれ飛んだ盾、それを持つイマノルが防ぎ、そのまま彼は地を転がる。鉄人形の変異種。10mを超える鋼の塊、その攻撃ですら一歩も下がらず受け止め、盾に凹みすら作らない者達だというのに。他方のアベルにしても、装備と技術の差だろう。イマノルに比べれば損耗は少ないが、相応の有様にはなっている。しかし、獣をさらに追い込むことには成功した。

守るばかりでは無く、無理に動いた獣をアベルが盾で殴りつけ、それがようやく届いたのだろう。初めて聞くくぐもった音が漏れる。そして、お返しとばかりにアベルも弾かれ、少しの滞空があったアイリスがもう一度上から襲い掛かる。トモエは合わせて身を低くして、地に残る足を狙って太刀を振るう。体制は崩した、逃げ場はもう一か所だけ。加えた剣を振るうために身を戻せば、トモエの太刀は甘んじて受けるしかない。だから、獣は空いた空間に向けて跳ぶ。

ただ、そこには神授の短刀が投げ込まれている。

鼻が良いことが災いしている、耳にしてもそうだ。散々オユキが作り上げた場だ、そこに匂いは残り、気配の薄い状態で来れば、気が付くのも遅れる。足音も、呼吸の音も多すぎて余裕を奪えば、気が付ける物でもないだろう。そう思っていたのだが。


「気付いているわよ、勿論。」


しかし、投げられた短剣は動いた反動で剣を放り投げ、空いた牙で弾かれる。


「な。」


そして、そこに流れる血をオユキが放ち目を潰す。

喉元、トモエが貫き切り裂いたその傷がまた広がったらしい、そこから溢れる物を飛ばし、視界を奪う。そして、ようやくの大きな隙、時間をかけ作ったそこにトモエとアイリスが襲い掛かる。囲んだ場所からは既に抜けられている。改めてそれをふさがねばならない。そしてアイリスが最も信頼している一太刀を放とうとしているのだから、それはトモエの仕事になる。

トモエにしても、そもそも他派の物であり、早々使う気もないのだが。高く飛び、そこから。空中を足場に、それが出来れば他に取れる手もあるのだが、やむを得ない。これで囲みが完成する。血を流し、長い黒髪をたなびかせながらオユキも太刀を。上から抑え込む様にトモエが。その時に視線をわずかに交わせば、オユキが楽しそうに笑っている。恐らくトモエもそうだろう。そして、その二刀から逃れた先、アイリスが鋭い息を吐くとともに、袈裟切りを。

しかし、獣も尋常の存在ではない。身をよじり跳ね、アイリスに向けた頭、それを真っ向から唐竹割にと、そう振られた物を、これまではまだ視認できる速度でしかなかったというのに、突然と、そうとしか見えない速度で移動を叶えて躱す。先ほどまで獣のいた場所には、斬り飛ばされた毛先が。周囲に浮かぶ狐火と、焚かれたかがり火を移して黄金に輝き舞うのみだ。


「正直、まさか、よね。」


そう獣が言えば、それがこの場の終わり、その合図だ。

アイリスは振り切った体勢からそのまま膝を付き息を荒げている。トモエは倒れるオユキを支えに走り、今はその体を支えなければならないため、もう剣は振れない。

騎士二人は、作られた場の外に叩きだされたため、もう資格はないだろう。故に、終わったのだ。祭りの場の試しが。毛先ほどを与えると言われた加護、その毛先をアイリスが切り取り、額に僅かに滲む赤さえ、オユキの物以外のそれさえ作ったアイリスの手によって確かな成果を得た上で。

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