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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
13章 千早振る神に臨むと謳いあげ
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第467話 憂く思い

一先ずの事が終われば、感じる気配だけでなく改めて周囲に目を向ける事もオユキは出来る。仕事場、昔と変わらずトモエの姿はそこにはないが、過去と違って今はそちらも仕事の準備中。大きな違いは庇護者たちが同じ場にいる事だろう。そして、周囲を騎士が固めているため近寄れるものがいる訳もないが、その外側には見知った顔とそれ以外が並んでいる。

見知ったそれは、何処か納得したような不満があるような表情を浮かべており、それ以外はただ喜びをあらわにしている。ただそれがオユキに向けられていたのは、あくまで僅か。巫女と歌姫が声を上げれば誰も彼もが呆けたようにそちらを見る。一度聞けば上げるべき声は難しいけれど、歌としては十分。よりよく聞こえるように合わせると、そう豪語した歌姫は、それ以上をこの場で成し遂げて見せる。楽器がない中で打ち鳴らす手と足で異なる彩を添えながら、ハミングでしかないはずの声を巫女に揃える。あまり期間もない為どうだろうかと、そう言った思いで頼んでみたのだが実に快く受け入れてくれたものだ。そして、少し開けた場所では二刀をもつ踊り子がその技を披露する。持祭の少女達もそちらに視線を取られがちになりながらも、それでも粛々と神に、この世界の礎を作ったものたちに捧げる料理を運び、それを確かに備える。運ばれるそれにしても、食べる事は勿論だが、何よりも目を楽しませることにも重きを置いた数々の菓子。パティシエではない、アルノーはそういって笑いながらもそれが当然とばかりに細工のこらされた数々の品を用意した。こちらでよくある、それこそ宿に行けばまず間違いなく出るポトフに始まり彼が最も得意とする一品、そしてまさに食べるために崩すことを躊躇われるほどの精緻な飴細工も。


「新しくする日にはまだ早いのですが、こうして新しいものが。かつて多くの使徒様方がそうされたように、異邦から運ばれました。新しい奇跡もあるこの場、この日。気の早い物ではありますが、それでも新しい形を。」


そして、祭りに沿える華、それのお披露目が終われば司教が次に話を進める。降臨祭はそれなりに日程をもって行われる。その期間中、華を添えている者達は大いに活躍するとそういった話になっている。そちらの問題点は、それこそアルノーが必要とした砂糖の量位の者だろうか。製菓には愉快な量が使われると聞いていたが、てっきりクリームを使う物に多いのだろうなどと考えていたが、寧ろそちらは少なかった。生地、主な部分。それと彩を添えるジャム等にそれこそ馬車一杯に積まれた砂糖が消える事になった。町の人口を考えれば、それで十分かと言われればそうでもなく食べやすいようにと控えめな甘さでそれだと言われた時にはオユキも少々表情がひきつった自覚はあったのだが。


「そして、神々からの確かな約束もありました。」


ここまでの色々を思い出しながら、あれこれと思考で遊んでいたオユキに対する合図がある。これまでの作業は問題がない。勿論参加者の一人として、以前感じた体から何か抜ける感覚も僅かにあるが他がそれを負担する意識が強く、そこまでひどい物では無い。最も過酷な物は、これからだ。

2点を繋ぐ門、それが一つだけしかないのではただの飾りだ。最低でももう一つ。望めるのならばバランスをとるために2つ。


「この門は、2点を繋ぐ門。異なる町と町を繋ぐ門。片側で意味を成す物では無いのです。」


大きな疑問として、何故ここなのか。それもオユキに無いでは無かったが、今となっては納得もある。


「そして、この度の奇跡を得る。神々からの確かな恩寵を受け取るべき者は既に決まっています。一連、その使命として。」


改めて告げられている内容は、既にオユキも承知している。身の回りに配置されている人員はすでに知っている事。ただ、先だって功績を話した事に加えて、今後も大仕事を控えている身だと、そう配慮を町の人々に求めるための物だ。あちこちに移動する必要がある。それに合わせて疲労もある。なので、休んでいる時には押しかけぬようにと、司教から改めて。そして、騎士達が剣を向ける事、それがやむなしと判断される場合もあり得るのだと、脅しとして。

そういった、今後の戒めが終わるころにはこれまた実にタイミングよく、司教がそれを計って話を進めたのだろうが歌が終わり、供え物が全て配置される。


「神々から頂いた奇跡、風雨にさらされたとてどうなる物でもありませんが、やはり門です。今後は周囲を囲う事になるでしょう。ですがその前に。改めて神々が我々にお与えくださる奇跡、それを皆の目の前に。」


他国と、神殿と繋がる門。職人たちが頭と拳を寄せ合って、どういった様式で覆うかをう今もまだ話し合っている。実物の大きさがわからなければ、どうにもならないというのもあるし、明かされた神の名前が無ければ主体となっている神、使うべき、主に飾るべき意匠も分からない。綺麗にまとめれば、そのような内容を職人たちが唾を飛ばし、拳を飛ばし、何なら職人自身も数度宙に舞いながら話し合っている。それこそ護衛がそっとオユキを連れ出した後に、職人たちが揃って行儀が良くなると、そう言った場面もあった。


「そして、初めて門をくぐる者達も。」


加えて、古い知り合いもこの場でこちらに来るものであるらしい。

そこで言葉を切った司教が改めて祈りを捧げる姿勢を取れば、直ぐに変化が現れる。

箱なのだ。中に何かが収まっているものかと思えば、そうでは無いらしい。それ自体が形を変え、明らかに元の立方体と釣り合いが取れていないと、そう分かるほどの変化が起こる。恐らく教会を建てる、それもこうなるのだろう。そう思わせる変化が。箱、それ自体も確かに開いている。上部から徐々に下に下がり、しかし内側からはさらに高い位置に向けて、そして横幅もそれを超えるほどに門がそこに建ち始める。では、徐々に地に向けて下がる箱自体はどうなるかと言えば地面に流れていきそして要所要所で別の構造物を作り始める。通りで供え物の位置、それぞれが何処に建つのかが細かく決まっているものだと、それを見ればよく分かる。

置かれた供え物の台を取り込む様に流れた物が覆えば、それを豪奢に彩る飾りと変わり、その両側に燭台として現れる。新しく周りを囲む柱も現れ、石畳に見えるが間違いなくただの石ではない道が門に向けて作られる。そういった変化を楽しんでいる中、それでも空けられた門の両側に、徐々に流れた物がまた新たな箱を作り始める。

一つの箱、その中に同じサイズの物が2つも入っているわけなどないだろうというのに。


「しかし、その前に。門、その使命を持つ巫女には、次に運ぶものが今ここに。」


オユキの方にも、そこで明らかな変化が起こる。

喜ぶべきは、十分な、色々と手を借りながら休んだこともありしっかりと2つ得られた事だろう。そうして箱が、新しい門を作るための種が出来上がっていくのに合わせて、冗談では無く、生きるための力、そう感じる物がオユキの体から抜けていく。

感覚にははっきりと覚えがある。それこそ末期の時。緩やかに己の寿命が迫っていると、そうはっきりと自覚した晩年、その状態に余りにも急速に体が向かう。その自分よりもあまりにはっきりと、よりひどく。生命として存在するための、生を続けるためのそれが急速に抜ける。鍛錬の中、うっかりと作った切り傷から流れる血、それを止めずに動いた時にも似た、あまりにもわかりやすい喪失感。

意識を失うほどではないが、視界が徐々に暗くぼやけていく。


「本当に、よくぞ果たしてくれました。」


聞こえる声、それにしても目の前の司教が発しているのか。


「特定の誰かに過剰な負荷を、そんな事は望んでいないのですけれど。それでも、早く行い事が有るのです。私も姉さまと同じ。この世界で生まれたというのならそれも愛しましょう。ですが。」


この世界で周囲を汚染する悪意、それは他から来たものだ。彼女の姉の世界、そこで生まれた物が、今こうして世界の管理者の頭を悩ませ、多くの制限を生んでいる。人口、それにしてもそちらが取らなければ、恐らくもっと増えていたのだろう。


「全て、力が強くなろうと変わらぬ事が有るのでしょう。」


司教に重なる影、オユキからはそちらに向けて。

試練、それを与えられるのは何も人ばかりではない。

こちらで暮らす人々が、この世界の神々の被造物だというのなら、元の世界の想念から生まれた神々でさえ、元の世界の被造物だ。ならば、こちらで暮らす者たちと変わらない。与えられた使命がある。世界として確かに存在を謳いあげるために達成せねばならぬ事が有る。こうして、そこで暮らす者たちに負担を与えて迄。それを悲しいと、そう思いながらも。


「ですから、全て納得していますとも。」


目の前、とはいってもオユキの視界は既に定かでは無く、立っているとはっきりと分るのはそれこそこれまでの鍛錬の成果でしかない。当時は何故ここまで、そんな事はオユキ自身も考えたが、結果として実に有難いものだ。どれだけ疲れ、視界がおぼろげになろうとも。それでも太刀を振り、相手の攻撃をかわす。それができるだけの鍛錬が確かに今のオユキを支えている。それこそ、それが過剰だというのなら、予定されたそれが全て終わり、オユキを運ぶためにと近づいたアナに対してうっかりとその手を取ろうとした動きを、自分で諫めなければならなかったことくらいだろうか。


「ごめんね、オユキちゃん。まだ急げないの。教会に、皆の目が届かなくなったら走れるから。」

「ええ。その、この後直ぐに下ろしてくださいね。アナさんの服も汚れますから。」


徐々に離れる気配、それを感じながらアナの声にオユキが応える。生憎と祭りの喧騒、それが遠くなっているのは、意識が遠くなったものか、物理的な距離が理由かは分からない。


「え、それって。」


ここまではっきりと生きるための物が失せたのだ。怪我を直す、治るまでの間を保証するための、補助としての、こちらで暮らす者たちに普く恵みを与える物が失せたのだ。

それなりに時間を過ごしたと言え、致命傷。確実に死をオユキに運ぶはずの一太刀、その結果が無かったことになっている。では、それをするために使われているものが無くなればどうなるか。そんな物は分かり切っている。

傷口が開く。これまでの時間では、回復が間に合わなかった傷が。

喉元、口にこみあげてくるものがあるため、既にオユキは返事が出来ない。ただ、まぁ、今も運んでくれているだろうアナにそれを吐きださぬようにと、そうするだけだ。

すぐ横から、ひきつった呼吸、息をのむ音が聞こえる。

意識を手放してもいい、しかし流血はまずいと、オユキとしては、ただ堪える。

遠く聞こえる祭りの喧騒、神を讃える声は実に賑やかで、喜んでいるとそうわかる。隣の少女と、体がさらに楽になった理由、恐らくもう一人慣れた少女の助けが入ったと分かるし、季節の変わり目とはいえ、肌にさす日差しの熱が失せた事から影に入ったことも分かる。

そうして、どこまでも表舞台で華やいだ声が上がる中、裏側などというのはどうしようもなくこうなるだろうと、オユキとしてはそんな事を考えながら、カナリアの下に運ばれるのを待つ。瀕死、その自覚はあるが死にはしないと確信はしているのだから。

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ツギクルバナー アルファポリス
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