第466話 祭りの時こそ
朝からの事はいつも通り。前日から教会に泊まっていないのは、既に住人に広く知られている事と、安全である、この二点がただ大きい。道をふさごうにも、祭祀に臨む式典装備の騎士たちの前など、始まりの町、長閑なそこで暮らす人々が叶えられるような物でもない。ただ、いつもと違う、明らかにそうと分かる神授の品が教会に置かれていることも手伝い、特別になるはずの祭りに期待を込めて、静かに。ただ、尋常ではないと分かる熱量で後をついてくる。
「では、オユキ様。この後は。」
「ええ、どうにも面倒を見ている子たちに世話をされることになるというのは、気恥ずかしくもありますが。」
そして、馬車の中では初日に一日同じ屋根の下で過ごして以来のリオールと共に祭祀の最終確認を行う。執務室に飾られていた衣装を着こみ、今この馬車はオユキだけを運んでいる。アイリスは異なる祭りを執り行うため、一括りにできない。トモエは以前と同じように巫女の隣に立つものとして、どうにか形だけ覚えた先導を熟している。身振り手振りによる細かい指示など覚えられるはずもなく、実際には副官が全ての采配は行っているが。
「最悪の予想は、すでにお伝えさせて頂いていますが。」
「この身の不徳をただ嘆くばかりではありますが、私よりも確かな奇跡の担い手が。」
「流石に位を返上した身として、祭りの場に立てぬと言われていますから。」
カナリアにオユキの事をと頼むものは多かったのだが、彼女はあくまで魔術師で神職ではない。それがただ解答となった。今は妥協点として、教会の裏手に控えてもらっている。いざ事が起これば、アナがオユキをそこまで運ぶとそういった手配になっている。教会では、既に朝日が昇るころから祭りの本番、勿論傍目には準備と見えるが本番は既に始まっている。既に月と安息の巫女により、場の清澄が願われ設置予定の門、それに対しても祈りがささげられている。オユキの役どころは結局のところは異邦の者。巫女でもあり神授の品を運ぶ神使としての役割も重なりはするが、そこまで多くはない。そう言った細かい所までを改めて確認すれば、馬車が止まる。目的地に着いたらしい。
「それでは、オユキ様。」
「ええ、お手数かけます。では、リオール。案内を。」
此処からは明確な公の場であり上下がある。神に直接使いの役を与えられた物が、早々こちらで暮らす人々に遜ってなどいられない。気は進まぬが、尊大に。オユキの下げるもの、その上には神々が乗っている。
「数多の神々からの覚えめでたき、戦と武技の巫女、異邦より訪れた貴き御方を助祭リオールが案内仕った。」
空けられた扉の先は、膝を付き首を垂れる騎士が道を作っており、その先では司教と月と安息の巫女以外も平伏している。そこに向けて、足が取られぬようにと気を付けながらオユキはただゆるりと歩を進める。向かう先は門の収められているのだろう箱が置かれている場。ただ、そこから視界を動かせば隣に並べられている場も目に入る。それなりに広い空間を、朱色の鳥居が四方を確かに切り取り日の光が差す方向に向けて、小さな社も置かれている。作り方は、やはり部族に確かに伝わっていた物らしい。オユキとしてはそれこそアイリスの方でも教会用の箱と同じような物を与えられるかとも考えていたのだが、その辺りが神とそれ以外の差だという事でもあるのだろう。
「この度は、遥か遠い彼方より、我らの暮らす此方まで。」
「如何な距離とて、神々にとっては些末な物。お呼び頂けた、機会を頂けた。ただその感謝を示すだけの者です。」
素性を知ってしまえば、脳裏に空言をなどと言った感想も浮かぶがそれを口に出せる訳もなく。
「特に御身は既に多くの使命を果たされております。」
そうロザリアが、改めて宣言すればこれまでの事をゆっくりと顔を上げた助祭の口から集まった人々に向けて告げられる。周囲を固める騎士達は当然の帰結と言えばそうなるのか、皆王都で顔を見る機会のあった相手だ。差はあるが、誰も彼もが揃いとわかる明らかな勲章を身に着けてこの場に臨んでいる。
「これほどの事を既に成し遂げられた御方。この祭りの場よりも早く訪れて、既に多くの新たな奇跡をこの世界に。加えて誰の目にも明らかな、それもとても大きな奇跡をこうして新たに運ばれた御方。」
「感謝、それは私がこちらの世界に捧げるだけを、勿論皆様から確かに受け取りましょう。しかし、こうして位は頂けどもやはり私は異邦の身。あまりに不足が多く。今もこうして多くの方の手を借りているのです。故にどうぞ、私に手を貸してくださる方々へも。」
「ええ。勿論ですとも。」
格式ばった挨拶が。何度も顔を合わせている、事前に散々話した相手とまるで初めて会うかのような話が終われば、いよいよオユキの仕事、その本番に向けて場が進み始める。教会勤めの者達も、迷いなく揃った動きで立ち上がれば揃って体の向きは屋外に置かれている物に。準備が朝から。今となっては昼が少し過ぎた頃。時間はあるが、この後の予定もある。進行は滞りなく。
「新たな奇跡、これは繋ぐもの。これ一つで意味を成すものではありません。」
司教が朗々と。歩きながらだというのに、声がぶれることも無ければ屋外だというのに不思議と周囲に響く声音で語る。
「これとは異なるまた一つの奇跡、町の外、そこに作られる物ともまた異なる、それぞれを繋ぐ門。世界はあまりに広く、壁の外は戦いを生業としない者達にとってはあまりにも苛酷。
多くの事が変わり、少ないものたちをただ見送る、それだけではままならぬときにこうしてそれを解決するための手立てが確かに神々より頂けました。
今はまだ少なく、限られた場所だけを。しかし我らが歩みを進めれば、いづれの日にか新たな道とそうなるでしょう。」
一先ずは、オユキ達の手によって神殿に。勿論、それ以降の予定もあるらしい。
「ですが、神々はただ便利に、そういう訳でもありませんが。」
そして、司教が言い含める事を忘れず、最後に言葉を付ける頃には四隅を支える台の上に置かれた大箱の前に司教を先頭に巫女二人が立つこととなる。まずはこれが前半その最たるもの。
まずはオユキが口上を。
「確かに此処に、神々より預かった門を。しかし私は今後も次の場へと歩くことが決まっています。」
「存じ上げておりますとも。片側だけでは意味がないのですから。」
「然るに、得た奇跡、預けられた物ではありますが、それを確かにお渡ししていかなければならないのです。当然、門ですから、両側に用意もいるでしょう。」
「神の奇跡、その管理であるのなら私どもが間違いなく。」
「本来であれば、私も同じ場でとなるのでしょうが、生憎と漂泊の身。」
一先ず屋敷の用意はある。しかしそこに長居するのかと言われれば、また難しいのだ。
「ですから、お預けいたします。どうぞ、神々の下さる新たな奇跡、それに恥じぬよう。また、その新しい奇跡がこの最古の町、始まりの場からとなったその意味を。どうかお忘れなきよう。」
「司教ロザリア。始まりの町、最古の教会。そこを預かるこの身が身命を賭して。」
「恐らく、神々は人、そちらを大切にせよと仰せになるでしょう。では。」
そこで言葉を切ってオユキが練習通りの形に印を切って、まずは門の収められた箱に手を触れる。未だにこれの呼称が決まっていないこともあり、各々好きに呼んでいるものではあるが。それでも、そこはこちらの人々がこれまで大切にしてきた作法に則って。
場を整える、それが月と安息の役割でもあるため、そちらの巫女が話の終わりに合わせて神話を謳う。恐らく、これまで聞き取れなかった、他に聞こえていた部分も今となってはオユキも多少なりとも聞き取ることができる。それは朗誦であって、勿論意味のない言葉ではない。随分と間延びして、長くゆったりとしたものに聞こえていたものが、今は間隔も詰まってきている。それだけの情報を知っても良いと、そうされている。ただ、これについては、こちらの世界に暮らす人々も同じであるらしい。神話の中に、今月と安息の巫女が歌い上げるその中に、確かに門の存在が含まれているのだから。
「今は人々の間から失われた、異空と流離の神その奇跡が新たに。」
そして、初めて聞く名前の神、それも確かに聞こえる。そして、主に司る物も。名前通りではあるのだが、それだけではこうして二カ所を繋ぐには足りない。その名前の中に語られる物に繋ぐ場所を切り替える、そう言った物が含まれていない。半生をかけた、流石にそこまでではないがそれでも存分に楽しんだはずのそれで、知らぬ事のなんと多いものか。オユキはそんな事を考えながらも語られる門にまつわる話を聞く。勿論、その間も習った所作をこなしながらではある。そして、向かいに立つ司教からは齢を重ねた深見はあるが、何処か見覚えのある微笑みが作られ脳裏には別の声が響く。
色々あるから、本当はもっと時間を使って欲しかったのだと。
ただ、それこそ大前提が崩れた。その結果全ての予定もドミノ倒し。ならば、そればかりはこちらにそれを押し付けなかった瑕疵の分は飲み込んでもらいたいという物だ。そこまでやるには制限があるのだろうと、そう想像は付きはするのだが。オユキとしてはそのように反論するしかなくなる。そして思考は正しく伝わったようで、やはり複数の苦笑いが返ってくる。そろそろ司教の出番が始まる。語られる神話も区切りがつけば、後は巫女が異邦の歌姫と歌を捧げ、感謝を表す供え物を持祭の少女たちが運び、並べれば。ただ、その前にとオユキからは確かに司教に門を渡す。互いに箱に手を添え、向かい合った姿勢のまま掌を合わせる。
「では、確かにお任せします。」
「畏まりました。」
そもそも一応巫女の位も持ってはいるが、それはあくまで予定に必要な一部。正式な物では無い。正しく届けられるべき相手に渡れば、これまでは薄い色を浮かべるだけの透き通った、しかし中身の見えない箱だったものがいくつもの紋章と輝きで彩られる。
当たり前のように、恐らくこちらの神話として最も正当な10の神、それが見覚えのある配置で大きく。そしてそれぞれから恐らく意味のある、見る事が許された紋章が。戦と武技、そこから別に伸びる物が少なく見えるのは、オユキの想像の正しさを示すのだろう。
「さて、どれだけの方が、どれだけの紋章を見ているのやら。」
「オユキさんとトモエさんは、それなりに多いと思いますよ。こちらで暮らす多くの人も主たる10の神以外に見ることは叶いませんから。」
「戦と武技、そちらが少ないのが個人的に反省すべき点なのでしょうね。」
「お気づきなのでしょう。」
そもそも本来の流れ、それを考えた時にはという物だ。戦と武技の神、そちらをトモエが。トモエにはオユキよりも連なる紋章が多く見えているだろう。しかし、この世界の始まり、根幹の設計を行った使徒に連なるオユキには、創造神、その上とそこから伸びるいくらかが見えるのだから。
「大きなヒントとなります。」
「この後、相応にかかる負荷、それへの褒美なのでしょう。これを覚え探してみましょう。こちらにある物は、まだ見せては頂けないようですから。」
「後で、手紙だけはお渡ししますね。」
笑いながらだけと言い切るこの相手。オユキばかりをやり玉に挙げる物が周りにいるのだが、それよりもどうにか話を聞かなければならない相手など多いだろうに。